...02
もう1時間になる。リザがあんなに夢中になるなんて珍しい。一体何が面白いのだろう。俺にはさっぱりわからない。それでも”そんなもんの何がいいんだ”と口に出すと、手が付けられないほどに怒りだすからあれがこの部屋に来て以来俺は何も言わないようにしている。
「ねぇ」
今日は朝から天気が良かった。せっかくの休日だ。普段は出来ないような細かい部分を掃除しよう。そう思い俺が窓を拭いているとリザが声をかけてきた。
視線は俺ではなくしっかりと例の緑色の植物へとそそがれている。
「なんだ」
「サボテンも花を咲かせるって知ってた?」
「そりゃまぁな」
「うそ! どこで知ったの?」
「んなのいちいち覚えてるわけねぇだろ。テレビかなんかじゃねぇのか」
俺の返答が気にくわなかったのだろう。リザはむっとむくれた。そしてぱたぱたと寝室へ向かいリビングに戻ってくるとその手にはスマートフォン。どうやら調べる気らしい。
俺がお前に嘘を言うわけねぇだろ……。
心の内でひとりごちるがそれはリザには届くわけもない。
「うわっ!」
スマートフォンをいじり始めて1分もしないうちにリザはほんとだったんだと歓声を上げた。
「俺がうそ吐くわけねぇだろ」
「べ、別に疑ってたわけじゃないし……」
わざとらしく目を逸らして口を尖らせるリザ。こいつは嘘を吐くのが下手だ。
嘘吐け。がっちり疑ってたじゃねぇか。
「それにしてもすごいね〜。サボテンってほとんど水をあげなくていいのに花咲かせるなんて」
リザは心底関心したといったふうに言うと、指でつんつんとサボテンの棘をつつきはじめる。まるで子どもみたいだなと横目で見ながらその光景に和む自分がいた。
「どんな花を咲かせるんだろうね〜」
リザは無邪気な笑顔を浮かべる。それからさらに1時間。リザは棘をつつきながらサボテンを見ていた。
午後になると夕飯の買い物に出掛けた。いつも行く近くのスーパーだ。が、リザはそこを嫌がる。理由を訊くとあいつははしっこの”レジのおばさんがこわいから”と答えた。相変わらず子供じみた幼稚な返答に最早呆れるを通り越して笑ってしまう。
「すぐ終わるから待ってろ」
「うん、5分以内に終わらせてきてね」
「この間は10分だっただろうが」
「10分だと寂しくなっちゃったから今日からは5分」
あぁ……まったくこいつは……
「なるべく早く終わらせるから待ってろ」
そう言って頭を撫でてやると満足そうにしてわかったと笑った。
手のかかる子どもだと常々思わされるが、案外それも悪くない。
安売りだった人参とじゃがいもトマト。それからナス、ピーマンを買い、外に出ると、リザは犬のように(何処かの忠犬みたいに)ちょこんとしゃがんで待っていた。その忠犬は俺が声を掛けるより先に俺の存在に気付いたようで、顔を上げると嬉しそうに俺の名前を呼んだ。
「おかえり!」
「まだ家じゃねぇだろ」
「いいじゃん別に〜わたしのいるところがリヴァイの帰ってくる場所なんでしょ?」
チッ……こいつはいつも余計なことばっかり覚えてやがる。俺は前にそんな事を言ったはずだ。……はず。
「ね、帰ろ」
リザはぱっと笑うと自然と指を絡めて来る。後ろにはぶんぶんと勢いよく振られるしっぽが見えた。(気がした)
「場所をわきまえろよ」
「とか言っちゃって〜ほんとはうれしいくせに〜」
「ああ、帰るぞ」
まぁ、確かに間違いでもない。
「にんじん、じゃがいも、トマト…ナスにピーマンまで……ってことは……」
「カレーだな」
「えぇ〜いやだよ」
買ってきたものを広げているとリザがキッチンをのぞきこんできた。そしていちばん嫌いな野菜(トマト)を発見し、眉間に皺を寄せて不服そうな顔をする。
「文句があるなら食わなくていいんだぞ?」
「うぅ……ずるい……」
「お前は野菜を食え。肉ばっか食ってると体にわりぃだろ」
「お肉おいしいじゃん……」
「肉も入れるから安心しろ」
「でも野菜いっぱい入るんでしょ?」
「当然だ。お前のために作ってるんだからな」
こいつは単純だから扱い易いと言ったら聞こえが悪いが実際そうだ。今だって俺のひとことに顔を赤くしている。本当にこいつは心底俺の事が好きらしい。
「じゃあ……いいよ。がんばって食べる」
「いい子だ」
軽く頭を撫でてやれば機嫌良さげに鼻歌を歌いながらリビングへ行って、窓際に置いていたサボテンを持ってくるとまた観察し始めた。そしてそれは俺が夕飯を作り終えるまで続く事になる。
本当によく飽きねぇなと、思わずにはいられない。
夕飯を食べ終えて片付けをしていると(結局文句をいいながらもカレーを完食した)リザが酒に手を付けていないことに気付く。
珍しいな……
「今日は飲まねぇのか」
サボテンに夢中だったリザが顔を上げると、むくれながらリヴァイがしばらく禁酒って言ったんじゃんと低い声で言った。
あぁ、そういえばそうだったな。
「この間のことがあったからしばらく飲むなって」
この間の事というのは俺が連絡も無しに遅く帰ってきたあの日の事だ。
あの日、帰宅をしようとした俺は会社を出てすぐに運悪くハンジに捕まりそのまま飲みへと連れて行かれ、今日は帰りが遅くなるとリザに連絡をしようとしたが会社に携帯を忘れてきたことに気付き連絡が出来ずと不幸に不幸が重なりあのザマとなってしまったわけである。
21時を過ぎたあたりになってようやくハンジから解放された俺は、会社に携帯を取りに戻ってから帰った。恐らく23時近かったはずだ。
するとリザがリビングに倒れていてその周辺には酒の瓶が2本転がっていた。
血の気が引くとはまさにこの事だろう。頭のてっぺんから足先までさーっと体温が下がっていく感覚に襲われた。
俺のせいだ……。
兎に角生きているかを確かめなければならない。口に手を近づけるとあたたかい息が触れる。手首を握り脈も確認したが問題無い。飲み過ぎて眠っているようだった。ほっと胸を撫でおろすと顔を真っ赤にして倒れていたリザを起こし、なんとか水を飲ませ、そっと抱き上げるとベットへと運んだ。前髪が汗で張り付いていたからそれを撫で払い、布団をかけて俺も隣で眠りについた。ごめんなと呟きながら。
「そうだったな……悪い……」
「うーん、ほっぺにキスしてくれたらいいよ」
「今か?」
「もちろん」
リザはるんるんとこちらへやってきて期待に満ちた眼差しで見上げてくる。俺がこの目に弱って事をこいつはよく知っているからな。ずるい女だ。
濡れた手をタオルで拭くと、リザの頬に触れる。さっきまで水に晒されていた手は冷たいはずだ。リザはぴくっと震えてから目を瞑った。
小さい顔だ。いつもそう思う。小さくて、繊細な白い皮膚に覆われた綺麗な顔。鼻は少し低いがそれもまた可愛らしい。長いまつ毛に縁どられたくりくりした目と淡く色づいた唇。幼さの中にほんの僅かな色気を孕んだ罪深いと言っていい程の顔だ。
目を瞑って背伸びをしながらこちらに顔を寄せてくる姿に男としての本能が疼かないわけがない。が、ぎゅっと唇を噛んで欲望を抑え込むとゆっくりを唇を近づけてあわい肌にかすかに触れる。そこでリザの肌も思いのほか冷たかったことを知った。
「へへっ、ありがと」
キスが終わるとリザは照れ笑いをしながらまたるんるんとリビングに戻っていった。
そしてまたサボテンの観察を始める。
本当に単純なやつだ。単純で少し変わってる俺の――
「ねぇねぇリヴァイ!」
今度はなんだ……。
「お水お水!」
「はぁ? 水?」
「そうそう! サボテンも水が必要なんだって!」
「サボテンにはしょっちゅう水やりしなくていいんだぞ」
「違うの! サボテンにも水が必要な時期があるんだって!」
ネットに書いてあったのと興奮しながら目を輝かせるあいつを見てこちらが折れるしかないなと悟る。リザは頑固なところがあるからな。
コップに水をそそいでいるとリザはもういいよと俺の手から強引にそれを奪い爛々としながらサボテンに水をあげはじめた。
果たしてその情報は本当なのだろうか。真偽は分からない。でもまぁ、あいつが楽しそうにしてるからよしとしよう。
「いつ咲くかな〜」
寝る直前までサボテンを見ていたリザはやっぱり幼くて、でもそんなあいつをいとおしいと感じた。例えこの関係が世間には簡単に理解して貰えなかったとしても。認めて貰えなかったとしても。愛さえあればいいんだと、俺達は思っていた。
2017 04/01