ミニマム
その日、ブラックジャックの中は閑散としていた。
ロックとセリスはイチャイチャしながら街へ繰り出し、カイエンはガウを伴って武器屋と防具屋を巡っていた。セッツァーはブラックジャックの整備に忙しい。
マッシュは朝早くから出かけていた。その分用事も早く済み、みんなが出かけた頃にブラックジャックへ戻って来た。彼は街から帰る途中に抜けた森でくるみを見つけ、それを炒って食べようとホクホクしている。
「あ、くるみ? 美味しそう! 」
マッシュが台所でフライパンを出しているとエルがひょっこり現れた。
「おう、帰ってくる時に見つけて取ってきたんだ。俺の大好物さ。一緒に食うか? 」
「ありがとう! 食べる! 美味しいよね、くるみ」
エルは嬉しそうに頷いて、くるみの殻
を器用に割ってゆくマッシュの手元を見ている。
「上手ねえ」
「好きこそモノの上手なれ、ってな」
マッシュは全てのくるみを割り終わると、フライパンを火にかけた。乾煎りして、少し塩を足すとこれがまた旨いんだと力説する。
やがてくるみの香ばしい匂いが漂い始めると、今度はエドガーがやって来た。
「おや、ナッツの良い匂いがすると思ったら、マッシュだったか」
匂いにつられて来てしまったと、エドガーか照れたように笑う。
「おう、兄貴も食ってくれよ。そろそろいい頃合いだぜ」
マッシュはそう言いながらフライパンの中身を皿に出した。
程よく炙られたくるみはしゅうしゅうと音を立て、芳醇な芳香を放っている。三人は思わず込み上げる唾を飲み込んだ。
「さあ、出来たぞ。食ってくれ」
マッシュが皿を差し出すと、エドガーは人差し指を立てる。
「レディファーストだよ。どうぞ、エル」
「おう、そうだな」
双子たちに先を譲られて、エルはパンと手を合わせた。
「そう? じゃあ、お先に。いただきます! 」
エルはくるみを一つ摘み上げ、口の中に入れた。コリコリとした食感も、軽い塩味も、くるみの香りと相まって絶妙だ。美味しい、と言おうとしたその時、エルの視界が大きく変わった。
もともと大柄で背の高いマッシュとエドガーが、ますます高くなる。更に皿を置いているテーブルまで高く伸びてしまって、ついに見えなくなってしまった。
「エル? 」
焦って上ずったような声を上げるマッシュとエドガーを見上げると、彼らは青い顔をした。互いに血の気の引いた顔を見合わせて、口をパクパクさせている。それを二人は全く同じタイミングで同じ事を左右対称にするので、エルは面白くなってしまった。
「きゃはは! ふたりとも、なかよちだねー! 」
エルは舌足らずに話す自分に驚いた。
「え? わたち、どうなってるの? 」
キョトンとするエルに、双子たちは今度は2人してデレデレし始めた。
「か、可愛い……いや、いつも可愛いけど……」
「エル、君は今いくつだい……いや、やめとこう……」
流石に犯罪か、と大きな独り言を言ったエドガーは、悩ましげに目を伏せた。
不思議そうに首をかしげるエルは、見たところ5歳くらいの女の子に変わっている。
「エル、君、どこか苦しくはないか? 痛いところは? 」
エドガーは小さくなったエルの目線に合わせるように片膝を付いて問いかける。
「ないよ! だいじょうぶ」
エルはニッコリ笑って答えた。
「悪かった、エル……これ、くるみじゃなかったんだな、きっと」
マッシュが摘んだくるみだったはずのものを見つめて言った。エドガーも立ち上がり、腕組みをする。
「これを食べたらこうなったんだよな……」
エドガーとマッシュはくるみだと思っていた木のみを睨みつけてじっと考える。けれど、エルを元の年齢に戻すにはどうしたら良いものか。まるで見当もつかなかった。
「ねえ、エドガー……」
首が苦しいとエドガーが振り返ると、エルが後ろからマントを引っ張っている。
「ああ、どうしたんだい? 」
「あそぼ! 」
そう言ってエルは飛び上がり、エドガーの胸に飛び込んだ。それをエドガーは軽々と受け止めると、エルはきゃあきゃあと声を上げて喜んだ。それを何度か彼女が満足するまで続けると、今度は外を見たいと言ってエドガーとマッシュの手を引っ張り始めた。
「よしよし、わかったからちょっと待ちなさい」
「甲板へ出ようぜ。外が見えるぞ」
大人二人を引っ張って甲板へ出ると、エルはバタバタと走り始めた。その仕草は本当に幼児そのもので、エドガーもマッシュも心の中では冷や汗をかいている。
エルが甲板の手摺に近づいた。柵になってはいるが、隙間が大きい。今の#マリア#の身体では、その隙間から落ちてしまえるほどだ。これはまずいのではないかと考えた瞬間、エルは隙間から頭を出して外を覗き込み始めた。
「わー! ちょっと待て! 」
マッシュが慌てて止に行くと、エルは驚いてバランスを崩した。本当に落ちかけた所でマッシュが引っ張り上げて、事なきを得た。
だが、エルは何がなんだか分からないずに、大泣きし始めた。エドガーはオロオロするマッシュにの肩にエルを座らせ、ゆっくり立ち上がるように指示する。マッシュにエルを肩車させるのだ。
肩車の姿勢になると、エルはケロリとした顔で喜んだ。エルはワクワクしているがマッシュもエドガーもすっかり疲れてしまった。
あまりの疲れように、昼寝でもしようと言う事になった。マッシュとエドガーはそれぞれ部屋に帰ろうとするが、エルは「一人で寝るのが怖い」と泣いて嫌がった。
「仕方ない。そこのソファが大きいから、エルをそこで休ませよう」
エドガーがそう言って、ブラックジャックの中で一番大きなソファを指差した。普段使っている部屋ではないが、そこのソファは確かに大きかった。
「そうだな。仕方ねえか」
マッシュも同意すると、エルを真ん中に三人で座って、背もたれもたれかかる。大人が座るとやや倒れ気味の背もたれ、というくらいだが、子供の身体にはすこし起き気味のベットになった。
疲れていたのだろう。エルは直ぐに寝た。そして、同じくらい早く、大人二人も寝てしまった。
外出していた仲間たちが帰ってきた。ブラックジャックに残っていたはずのエドガー、マッシュ、エルがいない。仲間たちは飛空艇中を探し始めた。
セリスはドアの一つを開けてみる。そっと覗き込むと、行方不明の三人は仲良く一つのソファで眠っていた。
マッシュがエルに腕まくらをし、エドガーがエルの頭に手を置いた状態で寝ている。エルは既に大人に戻っていたので、二人がエルを取り合っているようにさえ見えた。
「これは、どういう状況かしら……? 」
困惑するセリスの後ろからロックも部屋を覗くと、返答に困った。
「何やってんだ、あいつら」
「怪しい関係、だとは思っていないけれど……」
ロックとセリスは目を見合わせる。
「もう、ほっときゃいいんじゃないか? 三人ともいい大人なんだし」
「そ、そうね、そうしましょうか」
二人は来た時のように、そっとドアを閉じた。
「見つかったのか? 」
ロックのさらに後ろにはセッツァーがいた。
「ああ、三人仲良くオネンネさ」
「……この部屋でか? 」
ロックが答えると、セッツァーは面白いものを見つけたように片側の口角を釣り上げて笑った。セリスはやけに楽しいそうなセッツァーに怪訝な顔をする。
「そうだけど、何かあるの? 」
「ま、あれだ。カジノをやってた頃に、いわく付きのカップルに提供してた部屋でな。大きなソファがあったろ」
セッツァーは放っておけと、手をヒラヒラさせながら去って行った。
「ま、大丈夫だろ……」
「そうよね……」
ロックとセリスも離れて行った。
エルが目を覚まして驚きで大騒ぎをするまであと少し──。
2020/05/17
頂いたリクエストは、『FF6長編設定で、見慣れない敵の魔法(FF6には登場しないミニマム)を受けて幼児返りしたヒロインがティナとセリス(帝国組)もしくはフィガロ双子に子守される小咄』ということでした。
大変大変遅くなりましたが、リクエストありがとうございました!!!
2020/05/18
あっ!
ミニマムは敵の魔法でしたか!
ごめんなさいちゃんと読めてなくてクルミにしちゃった……。
FF-D D+S m-ds
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