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別れの会はこんな時勢とはいえ、故人の教え子達や関係者で50人を超える人数を集めていた。
故人を偲ぶのはもちろんではあったが、主催者である学校側はこれを縁に再び医療関係者の情報共有や教育の充実に力を入れる議論の場にしたいと話した。
それが、故人の意思であると。
それにより会はしっとりとした別れの場から転じて、互いにあの災害を乗り越えたことを讃え合い、これからすべき課題などの提案がなされる活気溢れる場へと変わり始めていた。
当面の課題はやはり衛生面の改善と星痕症候群への対策、とのことで皆自分の周りの環境や症例を話し合い始めたのは自然の流れであった。
ツォンは故人と付き合いのあった業者の人間を装い情報収集に努め、成果を上げることができた。
nameの方もできる限り多くの人間と連絡先を交換して人脈を広げたり、ツォンの情報収集に付き添い、医学的専門用語が相手の口から出てきた際にフォローに回ったりと活躍した。
十分な収穫が得られたところで、ツォンは彼女に合図する。
ここからは好きにしていいと。
彼女の協力のおかげでここでの仕事は問題なく片付いたといえる。
これ以上は彼女を拘束したくない。
ツォンは旧友と再会し、話に花を咲かせるいつもとは少し違う彼女を遠巻きに見守った。
燥ぐ、まではいかないにしても女性らしい華やかな笑みと笑い声で、nameは旧交を温めている。
もちろん彼女達も場はわきまえているので控えめにしてはいるが。
こういった場でなければもう少し賑やかになるのだろう。
クリフでの彼女は四六時中仕事の顔なのだな、とツォンは改めて思う。
それは仕方のないことなのかもしれない。
ルーファウスの看護は具合の思わしくない時など、24時間体制に及ぶこともある。
自分の代わりはいないという環境で、気の抜ける瞬間などほとんどない。
彼女も自分と同じ、なのだろうか。
緊張が続く中、張り詰めていた何かをふっと緩められる瞬間。
一人の弱い人間に戻る時間が、あの二人で過ごす時間で…
だから、何も言わずに受け止めてくれたのだろうか。
ツォンはさして広くない集会所の片隅で、一人では答えに辿り着かない問いを繰り返す。
そうこうしているうちに、別れの会という名の集いは幕を閉じたのだった。
その後、二人はエッジの町を歩いて回った。
ツォンは彼女の案内役だったが、部下達の報告で聞いてはいたものの、以前来た時とまた少し様子を変えている町の景色についつい仕事熱が湧き上がってくる。
ジャンク屋、路地裏の闇市、新手の酒場…
「いいですよ?その方がツォンさんらしい感じがします」
女性が好むウインドーショッピングとはおよそ縁遠いようなルートになっても嫌な顔をせず付き合ってくれる彼女に、ツォンは少し申し訳ない気持ちになった。
「いや、今日は君としか入れないような場所へ、と言われていたんだがな」
ツォンはルーファウスの言葉を思い出す。
そう、このままではレノやルードの外回りと変わらないのだ。
二人は大通りに出る。
そこはどこから集まってきたのかというほどの人で溢れていた。
よく見れば道の端には物乞いのような子供がいたり、ゴロツキのような集団も混じっていたりとまだまだ生活の水準は上がっていないことが窺われるが、それでもやはり人は逞しいと言うべきか。
店が立ち並ぶこのエリアに来て、ツォンは今日のもう一つの目的を達成しようと試みる。
「何か欲しいものはあるか?食べたいものでもいい」
ようやく自分を顧みたツォンに、nameはクスリと笑った。
「物は今のところ不足していませんし…あ、でも私ミッドガルに来た時は必ず食べていたものがあって…」
そういえば自分は彼女が好きな食べ物も知らない、ということにツォンは気付いた。
経歴などは知り尽くしていたが、そういった仕事上役に立たない情報の収集には励んでいなかったのだ。
彼女が口にした店の主があの災害を生き延びていて、このエッジで店を再開しているかどうか。
それは今の彼にはわからなかったが、ひとまずその好物のことは忘れないようにしようと彼は思った。
「同じ店ではないと思うが…似たようなものなら、そこの店でも用意があるだろう…行こう」
これから知っていけばいい。
彼女がどんな物に興味があって、どんな風に世界を見ているのか。
一番奥の席へ通された二人は、小さなテーブルを囲んで向かい合わせになる。
店内はまずまずの賑わいを見せていた。
簡素な造りの店内を興味深そうに見渡している彼女を眺めながら、ツォンは自分に芽生えた思わぬ執着心に戸惑いを覚えるのだが、不思議と心地良さも感じていた。
注文した品が運ばれてきて、二人それらに口をつける。
材料の調達もまだまだ安定していないと思われる中、そのメニューは味もボリュームもまずまずといってよかった。
ツォンが客の出入りを見ていると、復興ボランティアのメンバーとして把握している顔を幾人か見かけることができた。
どうやら店主はそういう人間と繋がりがあり、必要なものを互いに提供し合っているのだろうと知れた。
一方のnameにとっては久しぶりの外食であり、そのことだけで気持ちが盛り上がるというものだった。
「美味しかったです、とっても」
「…それは良かった」
「…ツォンさんと一緒だったから、かもしれませけど」
nameのその発言に、ツォンは目を見開く。
視線を向けられた彼女は、しまったとばかりに口を手で覆うと、少し恥ずかしそうに顔を背けた。
ああ、やはりハッキリさせておかなければ。
ツォンは無意識だとしても彼女に誘導させてしまったことを内心反省しつつ、彼女の手をそっと掴んだ。
その手は柔らかく、自分とは異なる体温を伝えてくる。
小さなテーブルの下では膝と膝が突き当たった。
「…ツォン、さん?」
驚いた様に自分を見てくるnameに、ツォンは意を決して口を開く。
「……君が、私と同じ気持ちでいてくれたらいい、ずっとそう思っていた」
nameの頬がほんのりピンクに染まる。
急に告げられた言葉に、動揺は隠し切れない。
何か返そうと開きかけた口からは何も言葉が出てこなかった。
「私は君の優しさに助けられる…もっと互いを知れたらと願うが…まだその時ではないと、形にするのを恐れてしまっていた…」
この関係と、この想いを。
それだというのに繋がりたい衝動に駆られて…
順序が間違っているということも、彼は当然承知している。
「自分勝手は承知の上だ…だがそれでも…まだ形にするのは早い、いつもそう考えてしまってな…」
我ながら本当に言い訳がましいなとツォンは思った。
真実はどうあっても偽れないというのに。
だが、nameはふっと優しく微笑んだ。
「…それが聞けただけで、十分です」
彼女の手を掴んでいた手が包まれる感触。
nameがもう片方の手を重ねてきたのだ。
「きっと、そう思っているのかなって…信じてましたから……その時が来るまで待とうって思ったんです…」
今の状態も理解し、待つと。
そう健気に言う彼女に、ツォンは心苦しさを覚える。
「…君は…そこまで…」
「大丈夫です、同じ気持ち、ですよ?」
そう微笑む彼女を、眩しい思いでツォンは見る。
想いが通じていたということと、彼女を多少だが安心させられたということへの安堵で少し胸のつかえが取れた様な気もする。
だが、ここで彼女に甘えては…これまでと何も変わらない。
今、ハッキリと形にしなければ意味がない、彼はそう思った。
「…私は君が好きだ、かけがえのないの女性(ひと)として愛している………同じ気持ちだと言えるか?」
こんな言葉を吐き出したのはいつ以来だろう。
ツォンには思い当たらなかった。
女性と付き合った経験がないわけではないが、これほどまでに相手へ自分を偽りなく伝えようとしたのは初めてだったのだ。
必死、そんな言葉しか当てはまらない。
求愛というより、これでは懇願だ。
内心そう自嘲するが彼女にはそうしてでもわかってもらいたいのだ。
ツォンはジッと彼女を見つめた。
初めに感じたのは手から伝わる僅かな震え。
そして、nameの頬に涙が伝うのが見えた。
呆然としていた表情は、やがてクシャクシャの笑みになる。
「…はい、もちろんです…うれしい」
その言葉は店の騒音に溶け込んで消えたが、ツォンの心からは霧を晴らし、ようやく未来への展望を開けさせた……はずだったのだが。
彼はすぐに、新たな問題と直面することになる。
真面目な彼らは寄り道も程々に帰路に着いたが、クリフ・リゾートに戻った頃にはすっかり夜になってしまっていた。
「ただ今戻りました」
ツォンはルーファウスがまだ起きていると聞き、報告に向かった。
ルーファウスはその日一日何事もなく過ごし、たまにはこのまま気分良く眠ろうと、既にナイトガウンに着替えた状態で私室にいた。
「ああ、ご苦労だった…報告は明日でも構わないんだが…」
真面目な部下にやれやれという様子で話すルーファウス。
だがツォンは引き下がらない。
どんな任務でも冷静にこなす彼だが、心拍数の増加をどうにも自覚せずにはいられない。
「お休み前に申し訳ありませんが、取り急ぎの件が一つだけ」
引き下がらないのではない、引き下がれないのだ。
ツォンにはどうしても今日の内に伝えておかなければならないことがあった。
とても明日には持ち越したくない火急の件が。
不自然に改まった様子のツォンに、ルーファウスはピンとくるものがあったらしく、ニヤリと笑ってソファの背に深く背を預けると、腕と足を組む。
「ほう?聞こうか」
ルーファウスのその態度で、ツォンは今から話そうとしている内容を上司が察したことを知る。
何とも気不味い。
胃が痛むような感覚を覚えるが、こればかりは仕方のないことなので、どうにか口を開き、告げる。
「…ご心配をおかけしていた件は、その…今後お手を煩わせることは、ない、かと…」
ツォンは帰る途上、nameから衝撃の事実を知らされていた。
それは…
『すみません、社長は…私が貴方を好きだということを…ご存知なんです』
ルーファウスがnameのツォンへの想いを知っていたということ。
もちろん彼女が恋愛相談を患者であるルーファウスに持ち掛けた、などということはない。
ただ、ルーファウスが自分の看護という面倒な仕事をnameが何故引き受けたのかを疑問に思い、彼女に理由を訊ねた際…彼女は言ってしまったのだ。
お話を持って来て下さった方が昔、命を助けてくれた恩人だったので、力になりたくて…と。
彼女を助けたのはどうやらジュノンがジェネシス軍に襲撃された時のことだったようだが、その時のことをツォンは全く覚えていなかった。
あの日は多くのジュノン市民を助け、避難誘導した。
nameには申し訳なかったが、それよりも今朝のルーファウスの不自然な命令はその所為だったのかと合点がいき、彼はそちらに戦慄していた。
ルーファウスのあの意味ありげな笑みは、二人の状況を把握まではいかずとも、ほぼ正確に推測してのことだというのは間違いないからだ。
「そうか、私のお膳立ては功を奏したというわけだな?」
「…いえ、あの…」
「ふ…それがわかれば十分だ、今夜はよく眠れるだろう」
「…社長…!」
ルーファウスはさも面白そうに喉で笑うと、立ち上がって寝室の方へと足を向ける。
ツォンは言い縋る言葉もないのだが、その背を追う。
「…早く彼女の所へ行け、今晩くらいは私も大人しくしていてやろう」
振り返らず、後ろ手で寝室の戸を閉めようとするルーファウス。
しかしふと手を止め、ツォンへと振り返った。
「…私がここまで言う必要はないとは思うが……据え膳食わぬは男の恥、という諺がこの世にはあるらしい…」
「…は?」
「男目線の下らん諺だが、カタブツのお前はそのくらいの気概でいいかもしれんな?」
ニヤリと口の端を吊り上げたルーファウスはそう言って寝室へと消えていった。
上司の消えた扉の前で立ち尽くすツォン。
ルーファウスが言いたかったのはつまるところ、女に誘われたら男は抱くものだ、という本来の意味では無く。
目の前の女が好きなら上司や仕事は気にせず男として動け、ということらしいと察する。
「…社長…」
盛大に溢れるため息。
全くもって自分の上司は油断ならない相手だ。
軽く一回りは年下だというのに。
ツォンは一生頭が上がらないのだろうなと悟りつつ、部屋を後にする。
ロッジの外へ出ると、 ひんやりした夜の空気がツォンを包んだ。
nameの部屋まで真っ直ぐに歩くツォン。
ルーファウスは体調も崩さずこのまま休もうとしているため、着替えてこちらに来る必要はないと伝えなければ。
足が自然と急ぎ足になる。
足を早めるのはもちろん、伝言があるから、だけではない。
彼女に会いたい。
そのことにこれからは理由を取り繕う必要がない。
「…name」
愛しいその名を呼んで、育む。
彼と神羅の未来はまだまだ濃い霧で見通しが立たないが…
彼と彼女の未来は…見上げた夜空のように、果てなく広がり、煌めきで彩ることが…できるのだから。
Thank you request!
2015.06.08
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史様のご好意で掲載させて頂いています。
許可なく転載・コピーは厳禁です。
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