ハァ、と深い溜息が聞こえた。不死川様はこちらを見下ろしながら、頭を抱えていた。そう、私はまた猫になってしまったのだ。
「胡蝶のとこには行ってきたんだろォ……身体の具合は?」
足元でおろおろしていた私を抱き上げた不死川様は、耳や肉球まで異常がないか確認しながら、胡蝶様の診察について尋ねてきた。口頭で説明することはできないため、預かってきた文を渡せば、私を胸に抱いたまま目を通しはじめた。
「なるほどなァ……今回は鬼も殲滅済みなため一日もすれば戻るってことか」
不死川様の表情から強張りが消えた。心配をかけてしまっていたようだ。申し訳なさから耳がぺたんと倒れてしまう。
「分かりやすく反省してるみてぇだなァ」
感情の機微を汲みとってくれた不死川様は私の頭を撫でて、安心を与えてくれる。
「とりあえず湯浴みだなァ」
任務から帰宅したばかりの不死川様はそのまま風呂場へと向かわれた。なぜか私を抱えたまま──
「いつまでそうしてるつもりだァ?」
私は無心で壁を見つめる。決して振り返ってはいけない。なぜならば不死川様は私の背後にしゃがみ込んでいる、一糸纏わずに。
「いつもこれ以上のことしてんのになァ」
ケラケラと笑い声が聞こえるが、それどころではない。何度素肌を晒し、触れ合おうとも、慣れるなんてことはないのだ。
そして何より目線の問題もある。猫の身体になってしまったため、目線が地面に近い。自然と不死川様を仰ぎ見ることになる。
つまり振り返れば、まず視界に入ってくるのは不死川様の立派なブツなわけで……やはり私は無心で壁を見つめるしかないのだ。
「身体洗うからな」
不死川様の手が腹側にまわってきて、そっと触れた。落ち着かなくてジタバタと逃げようとするが、腰の辺りを押さえつけられてしまった。
全身をくまなく洗われぐったりとしている私の耳元に「まだへばんな」と吹き込んだ不死川様は、抱きかかえながら湯船に入った。
猫だった頃に何度かこうして湯浴みの介助をしてもらったことがあったが、どのような姿勢だっただろうか。落ち着かずに、腕の中でもぞもぞしていれば、胸に押しつけられる。
「そろそろ慣れろォ」
心臓が激しく脈打っていることが伝わってしまったようで、不死川様はクッと喉を鳴らして笑っていた。しかしこれは自然な反応だと思う。尊敬してやまない殿方の胸(胸筋と呼べと怒られるが)に顔を埋めることになっているのだから。
どうにか体勢を変えようと前足を突っ張れば、案外あっさりと抱擁がゆるめられた。前足にフニっと柔らかな感触がした。その感触を確かめるように何度か足踏みをする。
「……それ楽しいのかァ?」
不死川様がじっとこちらを見つめていた。それ、といわれて視線を自分の足元に向ける。私が前足で何度も押して、その弾力を確かめていたものとは、不死川様の胸だったのだ。
よく考えれば分かるものを、無意識のうちに行っていた。猫の本能に、無意識のうちに胸を揉むという動作が組み込まれているのかもしれない。
これは切腹ものだろうか。慌てて土下座の姿勢をとるが、ここは湯船の中。当然、水の中に顔を沈めることになる。
口や鼻から水が入り込んできて、反射的に目を閉じた。
「オイ」
焦ったような不死川様の声が聞こえた。身体をぐいっと引き上げられる感覚がした。
──次に目を開いた時には、私の身体は毛もくじゃらではなくなり、白い肌と長い手足があった。どうやら時間の経過によって血鬼術が薄まり、偶然にもこのタイミングで解けたらしかった。
不死川様に抱き上げられたことにより、私の目線は彼の顔よりもすこし上だ。つまり彼の視線はちょうど私の胸あたり──
「身体は」
「……大丈夫です」
不死川様は慌てた様子で身体の具合を聞いてきた。勢いに気圧されながらも、問題ないことを伝える。
不死川様は本気で心配してくれているし、この状況で恥ずかしいなどと思っていること自体がやましいことを想像している証拠なのだが。
「……もう一人で入れるので」
耐えられそうにない。身体を捻ってみるが、どうしたって腕からも、視線からも逃れることができない。
「人の身体を好き勝手触ったんだ、自分は駄目だとか言わねぇよなァ?」
両腕の下に差し込まれていた手が、ゆっくりと膨らみに近づき、掬いあげるように触れた。不死川様がにやりと口端を持ち上げて「覚悟しとけ」といって笑った。