結婚発表は正式な場を設けて行おうと決めたのが先週のこと。そして焦凍に新たな熱愛報道がでたのが今朝のこと。
「またか!」
週刊誌を破ってしまったが、私は悪くない。なぜこうも彼はネタにされてしまうのか。そしてなぜ撮らせてしまうのか。
美人女優に腕を絡められて歩く後ろ姿。事前に護衛任務のことは聞いていたし、以前とは違って焦凍の気持ちを信じられるようになった為今回の一件について勘繰ることはないが……それにしたって脇が甘いのではないか。
「パトロール行ってきます」
「いや、今は出ない方が!」
同僚たちがどうにか気を紛らわそうと明るく振る舞ってくれていたが居た堪れず、私は制止の声を無視して事務所を出た。それが間違いだったのかもしれない。
「ショートの熱愛報道についてどう思われますか!」
事務所の前に集まっていた記者に取り囲まれてしまった。
「おめでたいなと思います」
主に頭が、と心の中で付け足す。まだ正式発表をしておらず、ただの元同級生だと思われている私がするコメントとしてはこれが正解だ。
それにしたってこういうことは本人か、彼の事務所に問い合わせて欲しいものだ。なぜ私なのだ。
「しかし結婚のご予定があるのでは?」
失礼しますと一礼をして立ち去ろうとした時、聞こえてきた記者からの質問。
結婚はまだ発表していない。それは正式な場を設けて発表しようと決めたからだ。このことを知っているのはあの騒動に関わった者のみだが、あの場にいたのは信頼のおける者のみ。情報が漏れるとは考えづらい。
「……どういうことですか?」
「あの、ショートが……」
足を止め、記者に向き合えば、少し緊張した面持ちでスマホを渡された。画面にはヒーローコスチュームに身を包んだ焦凍、いやショートの姿が。再生ボタンを押せば、画面の中のショートが動き出した。
「熱愛が報じられていますが、本当なのでしょうか!」
「熱愛について聞かせください!」
記者たちの声でショートが立ち止まり、カメラに顔を向けた。
「もう噂になっちまってんのか?」
ショートはきょとんとした表情を浮かべたあと、「早ぇな……流石ですね」と呑気な感想を口にした。
この様子だと週刊誌を読んでいないのだろう。美人女優との熱愛を報じられているとはつゆほども思っていないようだ。
「あぁ、でもお互いにヒーローだから正式に発表しようって決めたんで、この事についてはもう少し待ってください」
ショートの発言に、マイクを向けていた記者が「え」と声を漏らした。
「お相手の職業がヒーローとおっしゃいましたか?」
「ヒーローだろ?」
記者が動揺や戸惑いを表していることに気付かず、ショートは何を当たり前のことを聞いているのだという表情で首を傾げた。
「こちらの週刊誌の内容は……」
「誰だ? これなまえじゃねぇよな」
嫌な予感がする──
記者が例の記事が載った週刊誌を手渡せば、ショートはさらに首を傾げた。そして私の名前を口にした。
「なまえさんと言いますと、元同級生でありジーニアス事務所所属の……?」
一人の記者が恐る恐るといった様子で、自分の予想と違わないか確認をとった。それを聞き、ショートは大きな手のひらで口を覆った。
「やべぇ、これまだ言うなって口止めされてたんだった」
独り言にしては随分と大きく、マイクに音声を拾われていた。
どうにか誤魔化せないかと頭を悩ませているようで、手で首裏を摩っていた。数秒してから顔をパッと持ち上げる。
「……今んとこ、カット出来ますか?」
「生放送なので……」
「買い取るんで」
「いえ、あのもう流れちゃっているので」
彼は生放送という単語を知らないのだろうか。カットもできないし、買い取ったところでもうすでにこの映像は流れてしまっているのだ。
無意味な提案に記者は困惑した様子だ。
「せっかくですし、何か伝えたいことあったらカメラに向かってお話ししてください」
ショートの天然発言に惑わされながらも、コメントを取ろうとする記者のプロフェッショナル振りは賞賛に値する。この機会を逃すまいと「一言でいいので」と食い下がっている。
ショートは「一言……」と呟き、暫く黙り込んでから「あ」と何か思いついたかのように声をあげた。
「今日の夕飯何ですか」
一緒に食おう、その一言で映像は終わった。……は?
なるほど状況は理解した。あのど天然がやらかしてくれたのだ。
正式に発表することが望ましかったが、口を滑らせてしまったのだ。誰にだって失敗はあるもの。仕方がないと自身を納得させることができる。
しかし、夕飯何ですか……とは何だ?
一言を求められ、当たり障りのない感謝の言葉や、口を滑らした事に対する謝罪でもなく、ショートが口にしたのは夕飯の献立についての問い。地上波をつかって?
「いかがでしょうか?」
もしかしたら怖い顔をしてしまっていたのかもしれない。記者がそろそろとマイクを向け、声をかけてきた。
そうだインタビューの途中だった。
色々と言いたいことはあったが、一緒に食べたいと言った時の焦凍の呑気な表情を思い出すと、怒る気分にもなれない。つくづく彼に甘いと苦笑いしながら答える。
「……あのおめでたい頭に生放送の意味を教えておきます」
今日のパトロールは交代してもらった方がいいかもしれない。そう思い踵を返そうとしたところで、「あの」と声をかけられた。
「夕飯はどのようなものをお考えですか」
呼び止めてきた男性記者は恐らく新人なのだろう。顔を真っ赤にして、緊張から顔を強張らせている。
答えてあげる義理はないし、当たり障りのないように会釈だけして立ち去っても良かったのだが、新人記者の勇気を讃えて足を止める。
「抜きです」
簡潔に答え、事務所に戻った。
その後、『ショート結婚』がトレンド一位に。翌日には『ショートロス』で寝込むファンが続出し、関係があるのか定かではないが株価が下落した。
ショートが公式のSNSにあげた『今日の夕飯』という写真付きのツイートは爆発的に拡散され、夕飯あって良かったねと安堵の声や、トドメを刺されたとの悲痛な叫びが届いた。