「……何で、俺が振られたみてぇになっとんだ!」
春を迎えたとはいえまだ肌寒く、上着が手放せない時期だ。昼食を中庭でとるなんていう物好きも、最高峰といわれる雄英高校にはいないようで、風が木々を揺らす音だけが穏やかに流れていた中庭に、突如怒号とともに爆発音が響き渡った。
◇◇◇
ことの始まりは数分前に遡る。爆豪に面を貸せと言われ、渋々中庭にやってきたのだった。
「どういうことだテメェ」
「牛乳いる?」
「カルシウムは足りとんだわ」
かなり遠回しにカルシウム不足を指摘したのだが、舐めとんのかと怒らせてしまった。眉間にシワは寄っているが、目尻はそれほどまでにつり上がっていないし、いつも通り不機嫌なようだ。機嫌の悪さが極限まで達しているときは、目の角度が時計の2と11の位置までつり上がっている。
「……かよ」
「聞こえなかった」
爆豪にしては珍しく小さな声だった。廊下の喧騒にかき消され聞き取ることができなかった。一回で聞き取れやカス! くらいの罵倒はあるかと構えていたのだが、予想に反して爆豪は小さく舌打ちをしただけだった。
「テメェ、俺が好きなんか」
「え? ごめん、なんて?」
今度こそは聞き逃さないように、口元の動きにも注意を向けた。静かな口調で告げられた言葉はどうも理解ができず、もう一度聞き返してしまう。
「だから! 俺が好きなのかって聞いてんだ! 一回で聞き取れねぇやつはシネ」
「極刑すぎる」
聞こえなかったわけではないのだ。ただ、理解が追いつかず、反射的に聞き返してしまっただけなのだが、流石に三度目にもなると堪忍袋の緒が切れたようだった。それはもうブッチブチに。むしろ、ここまで切れずによく耐えたと感心してしまうほど、普段の爆豪からは考えられない姿だった。それにしても罪に対しての刑罰が重すぎるのだが。
予想通りのキレ方をしている爆豪の様子に安心したのか、ツッコミを返せるくらいには冷静になった。
いきなり俺が好きなのか、っていきなり俺様キャラに目覚めてしまったのだろうか。今時流行らないだろうに。
「俺様キャラは流行らないと思うよ。私は嫌いじゃないけど」
「目指してねぇンだよ。流行らすなら一人で流行らせとけ」
親切心で忠告をしてあげたというのに、ひどい扱いだ。しかし目指せ俺様キャラ! ではないのだとすれば、他に考えられる可能性は──。
「相澤先生のところ連れて行こうか?」
「個性事故じゃねぇ」
誰かの個性でおかしくなっているのではないかと思ったが、どうやらそれも違うらしい。俺様キャラを目指しているわけでもなく、個性事故でもなく……あと残された可能性は一つしかない。
「……ごめん、全然爆豪の気持ちに気付いてなかった。でも、ちゃんと考えるから! 前向きに考えるから心配しないで!」
爆豪が私に好意を持っているものの、素直に打ち明けられなかった可能性だ。誠心誠意伝えたのだが、何か彼の琴線に触れてしまったのだろう。
──そして冒頭の爆破につながるという訳だ。気難しい男だ。
「何で俺が振られたみてぇになっとんだ!」
「振ってないよ! 少し考えさせて欲しいってだけで!」
「だから、それがそもそも可笑しいだろうが! 俺は好きになんてなってねぇ!」
どうやら振られたのが納得いかないらしい。実際には保留にしただけなのだが。爆豪の声の大きさにつられて私まで声を張ってしまう。
「人が人を好きになることは何もおかしいことじゃないよ! 私は嬉しかったし」
「そういう話じゃねンだよ! 変なとこでポジティブ発揮すんなや! 脳内の花畑燃やすぞ」
好きになったこと自体を否定しようとする爆豪に、恋をすることは自然なことなのだと説いたのだが、響かなかったようだ。手のひらからは小さな爆発が起きている。
騒ぎに気付いたのか、ちらほらと人が集まりはじめ、こちらの様子を窺っている。「先生呼んだ方がいいのかな」なんてひそひそと話す声が聞こえてきて、ようやく冷静さを取り戻す。それは爆豪も同じだったようで、爆発が徐々に小さくなっていった。
「俺様キャラを目指してるのでもなくて、個性事故でもなくて、恋をしてるのでもなければ、なんなのさ」
「噂になってんだろうが」
「噂?」
「流したのテメェじゃなかったんか」
冷静にはなったものの、訳も分からずに怒鳴られたことに対する不満は消えない。不満だということを前面に出しながら、違和感しかない言動の真相を尋ねれば、爆豪は小さく舌打ちをしてからバツが悪そうに目線を逸らしながら話した。
「付き合ってるってやつ」
いつもの威勢はどこへやら、借りてきた猫のような態度だ。それほどまでに言いづらい内容とは思えないが、案外純情なのだろうか。
「誰と誰が?」
「一から十まで言わねえと理解出来ねぇその脳みそでよく雄英入れたな」
「それよく言われる! 親戚みんなが奇跡の子だって褒めてくれた」
「それ貶されとんだわ」
念のために確認を取れば、呆れたような表情を向けられてしまった。よく雄英に入学できたなと驚かれることも多いため、爆豪の言葉に反駁するどころか肯定を返せば、ため息をつかせてしまった。
「俺とテメェが、だ」
「いつから付き合ってたっけ?」
「付き合った記憶があるなら精神科、もしくは脳外科行ってこい」
わざわざひと気の無いところまで呼び出してきたのだ。話の流れからしても私と爆豪が噂になっているというのは察しがついたが。
しかし幾ら考えても、そのような噂をされるような言動をした覚えはない。どちらかというと関わりは少ないはず。
気を紛らわせてあげようと軽口を叩いたのだが、随分と辛辣な言葉を返されてしまった。しかしまぁ、慣れるとなんてことはない。
「何でそんな噂が流れたのかよく分かんないけど、安心して! 私、爆豪のこと好きになる気配ないし! これから先も、天変地異が起きたとしても絶対ないから」
爆豪の主張は恐らくこうだろう。私と交際しているという噂のせいで迷惑をしている、これ以上迷惑をかけるな。ということだ。
余計な気苦労をかけないようにと、爆豪のことを好きになることはないと伝える。こういうのは曖昧にするより、はっきり伝えた方が良いはずだ。きっと安心してくれただろう。
「まぁ落ち込まずに次行こう!」
「だーかーら、何で俺が振られた風になっとんじゃ」
不安を取り除いたというのに、なにが不満なのか爆豪は目をつり上げ、声を荒らげた。また爆破されるかもと身構えたが、爆豪は長い時間をかけて息を吐き出しただけだった。気持ちを落ち着けているらしかった。
伏せられた瞼に並ぶ睫毛は長く、毛穴ひとつ見当たらないきめの細かい肌に影を落としていた。普段は粗暴な言動に目を向けられがちだが、静かにしていると綺麗な顔立ちに目を奪われてしまう。
「……俺のこと死んでも好きになんねぇって言ったな?」
「死んでもとは言ってないけど、まぁ大体そんな感じのことは言ったかも」
弾かれるようにバッと目を開いた爆豪と目が合う。柘榴のように艶やかな赤い瞳をまっすぐに向けられたじろいでしまう。地面にでも視線を向ければいいのに、なぜだか逸らせずに、爆豪と向き合っていた。
慎ましく結ばれていた唇がゆっくりと開いた。何を言われるのかと身構えていたが、爆豪は静かな声で私の言葉について確認をしただけだった。肩透かしをくわされたが、概ねは一致していた為首肯する。
「テメェのことオトす」
「そんな物騒な」
「惚れ殺したるわ」
「ん?」
血を這うように低い声だった。まさかの殺害予告に苦笑いを返したが、どうやらさらに予想外の展開になったようだ。
惚れ殺したる、とは?
「やられぱなしは性に合わねぇ。テメェを死ぬほど惚れさせて、さっきの言葉を撤回させんだよ」
実技演習にみせる、敵を前にした時のギラついた目をしていた。喉元に噛みつこうとする狼の如く、捕食者の目だ。不敵な宣言をした爆豪の手のひらからは、小さな爆破が繰り返されている。まるで戦闘を前にした時のようだ。
どうしてこのようなことになったのか。一度やると決めたことは曲げない男だ。No. 1ヒーローになるという目標だけに向けられていた熱意と執拗さが、私に向けられている。本能的に身の危険を感じたのか、産毛が逆立つような感覚がした。
「負けず嫌いをこんなとこで発揮しないでよ! 最高の友だちだとは思ってるし!」
「友達じゃねぇから認識改めろ」
どうにか爆豪の意志を変えられないかと、先ほどの発言に対するフォローをしたが、既に手遅れだったようだ。爆豪の中で決定事項らしく、これ以上は取り合うつもりはないという様子だった。
「惚れねぇように、せいぜい足掻くんだな」
「……大丈夫だよ、惚れないから!」
「だから、惚れさせるって言ってんだろうが!」
口端を持ち上げ、挑むような笑みを浮かべた爆豪はハッと鼻を鳴らして笑った。用は済んだというように一方的に会話を終え、歩き出した。その背中に話しかけるというよりは、半ば叫ぶようにして思いを伝えたのだが、逆に煽ってしまったようで爆豪に「首洗って待っとけ」と宣戦布告されてしまった。
これから惚れさせるというのに中指を立てるのはどうかと思う。
