通学時間が短いというのは、学生にとってとても重要なことだ。これによって優雅な朝を過ごすか、戦場のような朝を過ごすか決まるようなものだ。
雄英高校は私が一年生の時に全寮制となり、校舎から徒歩数分の場所に寮が建てられた。このような取り決めになった背景はどうであれ、友人たちと同じ場所で暮らすだなんて合宿みたいで楽しそうではないか。そう喜んだ時もあった。
お気づきだろうか? そう、喜んだ時もあった──過去形なのだ。友人との生活は楽しい。けれども、この全寮制どうにか廃止にならないか、もしくは私だけ免除にならないかと考えずにはいられなかった。
「俺の前で他のとこに意識やるとはなァ? 余裕そうじゃねぇか」
私はなぜか爆豪の部屋で、彼の目の前で、正座させられていた。
「そろそろ用件を言ってもらえると嬉しいんだけど……」
放課後になり、寮に戻ろうとしたタイミングで呼び止められた。そして、部屋に来いと半ば命令のような誘いを受けたのだった。そして現在に至る。
「オトすつったろーが」
「4階からだったら、なんとかなるかな……」
「物理的にじゃねぇ……ってこれ何度目だ?」
馬鹿の一つ覚えのように同じとぼけ方をする私に爆豪は目尻をこれでもかとつり上げた。特に用件はなく呼び出され、なぜか正座させられる私の身にもなって貰いたいものだ。
「足痺れた」
「正座なんてするからだろ」
「しなきゃいけない空気を察したんだよ。そっち座って良い?」
自発的に正座をしたかのように言うが、爆豪のオーラがそうさせたのだ。返答を聞くよりも先にのろのろとベッドの方へと向かい、ふちに腰をかける爆豪の隣に並んだ。
「で? そろそろオチたかよ」
「え?」
突然話を振られた。全く話が読めず、聞き返してしまう。
「色々しただろうが。何かしらグッときてんだろ」
グッときた、というのは、いわゆる胸キュンというやつだろうか。これまでの爆豪の行動を思い返すが、胸キュンをさせるような甘さを含んだものは一切なかった。
「何もされてない……よね?」
「わざわざ同じ時間に帰ったり、飯食ったり、密室空間で会話したりしてんだろうが」
「色々した」と言ったが、「これからする」の間違いではないだろうか。彼のプライドを傷つけないようにそっと確認したところ、何を言っているのだという様子で憤慨しながら返された。
「なんか……いや、何でもない!」
「何だ、はっきりしろや」
「絶対怒る」
「聞いてから考えてやるから、さっさと話せ」
「横暴だ」
本音を溢しそうになって慌てて口を塞いだのだが、爆豪は口をへの字にした。聞いてから考えるなんて、内容によっては怒るということではないか。嘘でも、絶対怒らないから話せ、という約束をして欲しいものだ。
顎をくいっとしゃくり無言で催促する姿は暴君そのもの。
「爆豪って案外初心だなって」
沈黙が居心地悪くて、慌てて付け加える。
「惚れ殺すって、なんかもっとすごいの考えてたから」
「すごいのって、フワフワしてんなァ? 言語化しろや」
惚れ殺すと物騒な言い回しをしたわりにそれらしいアプローチはない。言語化しろといわれ、少し考え込んでから、先日透ちゃんに借りた少女漫画のシーンを思い出した。
「……顎クイとか、壁ドンとか?」
「……ふぅん」
興味がないような反応をした爆豪だったが、なぜだか迫ってきた。背中にベッドの柔らかさを感じた。覆い被さる爆豪、その奥に天井が、視界いっぱいに広がっていた。
顔の両側に手をついた爆豪は、覆い被さったまま、片手を顔に近づけてきた。目尻を撫でたあと、輪郭をたどり、顎を捕らえた。逸らしていた顔をそっと正面に戻される。押し付けがましさはありながらも、優しい手つきだった。
「ば、爆豪?」
「そんで? この次は」
声が僅かに震えてしまった。顔をそらすことも許されず、柘榴のように鮮やかな赤色の瞳にとらえられ、胸が締め付けられるような心地がした。
次、とはなんだ。
「答えらんねぇなら勝手にする」
「待って! ……これ壁ドンじゃないと思う」
「気にするのそこかよ。結局押し倒すなら、はじめからこっちでいいだろ」
何か返さなくては、と思い、これはベッドに押し付けているため壁ドンではないのではと指摘をする。そのようなこと今はどうでも良い。この状況を打破できるような内容を考えてくれ、とポンコツな脳みそに語りかけたが、一向に思い浮かばない。
爆豪も呆れたような表情を浮かべている。これは、こいつアホだと思っている顔だ。これまでに幾度となく向けられてきたから知っている。
恐らく私の発言により気分が削がれてしまったのだろう。爆豪は「アホらしい」といって、私の隣に寝転んだ。
「手どけろや」
「無理」
熱が集まり、赤く染まっているであろう顔を両手で覆い隠していれば、こちらに身体を向けた爆豪にぐいぐいと腕を引っ張られ、剥ぎ取られそうになる。先ほどのような緊張感はどこかへ消えたようで、内心ほっとする。
「爆豪の顔、わりと好きだから……こういうのは少し困る」
「なんで」
「……だって、中身がクソだって分かっていてもときめいちゃう」
指の隙間からのぞき見た彼は、愉しげに口端を持ち上げていた。困る理由について追及され、私は絞り出すようにしてようやく答えた。
「ハッ、ザマァ! これに懲りたら、さっさと降参するこったな」
ごろりと寝返りをうった爆豪は天井を見上げながら、機嫌が良さそうに笑っていた。どうやら彼の本気を見くびっていたようだ。危うく惚れ殺されるところだった。
しかし、先ほどの色気はどこへやら……子どもっぽい表情をする爆豪をみて、浮ついていた気持ちがおさまっていく。やはり爆豪は爆豪だ。
「私、すっごくチョロい女だと思われてない?」
「実際そうだろうが」
「違うよ。少し面食いなだけで」
「へぇ」
あの一連の行動だけでオトしたと思われたならば、随分と軽んじられている気がする。爆豪の方に身体を向け、じろりと睨みつけたが、彼は表情を崩さなかった。
「どうだ? 好きなツラを間近でみた感想は」
「……好きになりそう」
「じゃあ黙って惚れとけや」
爆豪が寝返りをうてば自然と距離は縮まるわけで……私が身を引くよりも先に腰を引き寄せられ、鼻先が触れそうな距離で彼がニヤリと笑った。
両手を彼の胸について身体を引き離そうとするが、力で敵うはずもない。
離れることは早々に諦めた。せめて反応をみせて楽しませてしまわないように、ジロジロと反応を眺めてくる不躾な視線から逃れるため爆豪の胸に顔を押し付ける。
悔しさを滲ませながら唸るように感想を告げれば、ケタケタと笑い声が響いた。
私たちの戦いはまだ始まったばかりだ。
