神に誓って善人です









 毎日必死に生きてきた。道端に空き缶が落ちていたら拾ったし、トイレットペーパーが切れていたら誰かのために補充した。

 人類を救うだなんて大層な手柄を立てたわけではないが、日々コツコツと善行を積んだ……はず。だというのに、こんなことってあるだろうか。

「だぁから何遍も言わせんな! テメェは俺の監視下で生活すんだよ」
「えっ、えー?!」

 何遍も言わせてごめんなさいという気持ちは少なからずあるのだが、「なるほど!了解です!」と即座に返答できるようなイエスマン精神は持ち合わせていないものでして。ダラダラと汗を垂らしながら、目の前の男性を見遣る。

「そ、そういうプレイはちゃんと互いのことを知ってからじゃないと」
「……今までの説明を聞いていて、よくそんな受け取り方できたな!? コペルニクスをも越える衝撃的な発想ぶつけてくんなや!」

 生活を監視するだなんて、何だか危ない香りがする。
 いくら、ヒーローの大・爆・殺・神ダイナマイトとはいえ、信頼関係が成立していない彼と新しい扉を開く勇気はない。そう思って、まだ早いという旨を伝えたのだが、大・爆・殺・神ダイナマイトは目尻をつり上げた。

「もう一度だけ状況を説明してやる。テメェのシワひとつねぇ脳みそに叩き込め」
「ありがとうございます」

 貶された気もするが、あまりの気迫に圧倒されてしまい、反論するどころかハキハキと快活に返事をしてしまった。
 私の従順な態度に少しばかり溜飲が下がったのか、眉間のシワが柔らいだようだった。……そうであって欲しい。

「自分が置かれている状況は理解してんのか」
「……大爆殺さんに同棲を迫られてる?」
「迫ってねぇ! つーか、神を忘れんな! 大・爆・殺・神ダイナマイトだ!」

 どうやら大爆殺さんという呼び方が彼の逆鱗に触れたらしい。

「私が神ですので、勧誘は結構です!」
「ヒーロー名だわ!」

 長年の一人暮らしで身についた宗教勧誘を断るためのハウツーを実践したのだが、どうやら勧誘ではなかったらしい。

「頭痛ですか?」
「主にテメェのせいでな」

 こめかみのあたりを押さえた神を心配したのだが、なぜか目があった途端に舌打ちをされてしまった。

「いいか、俺が許可するまで一言も喋るんじゃねぇ」

 手で小さな爆発を起こしながら、ギロリと睨まれてしまえば頷くしかない。

「テメェは疑われると同時に命を狙われている。だから俺の監視下で生活しろ」

 以上、と短く締め括られた説明はとても簡潔だったが、私の頭の中ではNow loadingのマークがぐるぐる回っている。

 ようやく情報を処理できた私は、認識のズレがないか確認するために口を開きかけたが、すぐに閉じて代わりに手を動かした。
 人差し指を地面に向け、次に彼を指す。

「あ? 何しとんだ? ココ? ……俺、家? ワタシ……寝る……」

 怪訝そうな表情を浮かべたが、すぐに意図を察してくれたらしく、順調に私のジェスチャーの意味を読み解いてくれた。
 
「……って何いきなり開始の合図もなくジェスチャーゲームはじめとんだ」

 きっと目の前にちゃぶ台があったならばひっくり返されていただろう。それくらいの迫力で吠えられ、ビクッとしてしまう。

 しかしゲームだなんて失礼な。こちらは真剣だというのに。お遊びのつもりならば今すぐ帰って欲しいくらいだ。不満を全面に出した表情で見れば、彼は幾らか落ち着きを取り戻してから、ハッとしたような表情を浮かべ、まさか……と小さく呟いた。

「……喋って良い」
「許可するまで喋るなという命令に従ったのに怒られたのは納得いかないんですけど、それはまた後ほど謝罪してもらうとして……あの、ここって大・爆・殺・神ダイナマイトさんの家ですよね? ここで寝泊まりしていたら、熱愛報道されちゃうんじゃないかって不安なんですけど……」
「同じ言語をつかっていて、ここまで会話が成立しねぇことの方が不安だわ」

ようやく喋って良いという許可も貰えたので、ジェスチャーでは伝えきれなかった部分を言葉にして確認したのだが、神は頭を抱えてしまった。精力的にヒーロー活動をしている彼は見るからに多忙だし、疲れが溜まっているのだろうか。

「自宅にいるところを襲撃され、足を負傷。部屋は半壊、職場は爆破され、挙句に敵だと疑われている。ンなテメェが熱愛について心配している場合かァ?」
「いきなり現実を突き付けないでくださいよ」

 そうだった。たった一日で、私は全てを失ったのだった。

 ──仕事に向かおうと扉を開けた時、何者かが部屋に押し入ってきた。「どこだ」とかなんとか言っていた気がするが、気が動転していた私の耳には届かなかった。返答がないことに苛立ったのか、犯人は私の足を撃った。しかし幸運なことにすぐヒーローが駆けつけてくれて、事なきを得たのだった。

 しかし病院で手当を受けていた私の元にさらなる災難が降りかかった。職場が爆破されたというのだ。

 只事ではないと判断されたのか、30分後には大・爆・殺・神ダイナマイトがやってきて、「敵の疑いがかけられている。テメェは俺の監視下で暮らせ」と言ったのだった。

「私、敵じゃないんですけど!」
「それを確かめる為にも監視下に置く……って何度説明すりゃ理解すんだよ」
「あ! 分かった!分かりましたよ!」

 ダイナマイトが何か言いかけた気もするが、咎められないのをいいことに私は話を続ける。

「つまり、私に永久就職しろと?!」
「テメェにぴったりの勤め先紹介してやろうか? 刑務所っつうとこだがな」

 ダイナマイトの話を要約したのだが、なぜか刑務所を紹介されてしまった。私は根っからの善人なので、そのようなところでのお勤めは丁重にお断りしたい。シャバの空気を吸わせてくれ。

「家ナシ、職ナシ、恋人ナシ……こんな境遇の私を見捨てるつもりですか!」
「最後の一つに関してはテメェ個人の問題だろうが」

 つうかシネ、と暴言まで聞こえてきた気がする。絶望の淵にいる人間になんてことを言うんだ。
 神の指摘に言葉を詰まらせてしまう。確かに、恋人ナシに関しては私の問題ではあるのだが……!
 
「……ここに住まわせたら、監視も楽ですし、ダイナマイトさんの負担減りませんか!」
「ハナからそう言っとんだろうが! よく自分が考えつきましたみてぇな顔できんな」

 最初からそう言っていただろうか。正直混乱していた為、覚えていない。

 やましいことは何もないのだから、監視されたところで痛くも痒くもない。この提案は、家ナシ状態の私にとってメリットしかない。知らない相手と暮らすというのは多少の緊張もあるが、プロヒーローの日常を間近で見ることができるという高揚感の方が大きいのだ。

「何はともあれ、同じ屋根の下で生活するだなんてドキドキしちゃいますね」
「俺が怪しいと感じたら即殺す」
「……別の意味でドキドキしてきました」

 こうして大・爆・殺・神ダイナマイトとのドキドキ共同生活がはじまったのだった。







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