Re:Prologo


 久しぶりにピアノを弾く。隠れ家が見つかってまたギャングの世界に踏み込んでから初めて弾いた気がするくらい鍵盤に触っていない気がする。
 最後の一音を指で弾いて一曲目が終われば周りから拍手が巻き起こった。自分に向かってくるそれを聴くのはいつぶりだっただろうか?バーで弾いていた時にぼくはこの音を貰ったことがあっただろうか……いろいろと考えるけどすぐに現実に戻ってきて、この任務の鍵を握る人間のことを思い浮かべる。

(シニーは上手く任務を遂行出来ただろうか……)

 二曲目に入る前に司会が今日の来賓の紹介を始める。その間にシニーがここにいることを思い出した。ジョジョのお役に立てているか心配になってくる。
 思いっきり足を踏まれた。そしてその結果足が腫れ上がってズキズキと痛む。だからいざ何かが起きた時、ぼくはジョジョのお役に立つことは出来ない。その代わりにシニーが任務を任されることになってしまったが、それが不安の種になっている。
 シニーはミスタ曰く戦闘センスはそれなりにあるらしい。まだここで抗争が起こるのかなんていうのは分からないしならずに済んで欲しいところだけど、相手は麻薬の取引を行う人間だ。穏和な訳がないし穏便には済まされないだろう。この司会者だって実はグルなのかもしれないし、みんなぼくらパッショーネの敵である可能性も高いだろう。

(こうなったのはぼくが原因だよな……)

 こんな危険な現場に行く羽目になったのも元を正せばぼくのせい。責任はどう考えてもぼくにある。そりゃあ怒るよな、本当のことでもインベチーレだなんて言ったら。ナランチャですら怒るだろうし、気の知れた中でも言っちゃったら気まずくなる。現に今日はまともに彼女と会話をしていないぞ?まともどころか会話すらしていないのでは?
 シニーは単純だから遠回しに物事を伝えても伝わらないことの方が多い。真っ直ぐにしか言葉を受け止めないし、滅多に人を疑わない。長所でもありが短所でもある。

「……ん?」

 考えることをやめようと気持ちを切り替えるように、足元に向けていた視線を鍵盤の上へと向けると、その上に何かが乗っていた。
 虫だろうかと最初は思ったが、よくよく見てみると形も色も明らかに生き物と呼べるような代物ではない。それはオレンジ色に瞬くように発光をしていて、その光の中にある姿はチクチクとしたような突起がいくつも生えている。

(これは……)

 鍵盤を押さないように、触れないように丁寧にその物体だけを摘むように手に取ってみる。それを手のひらに乗せるとコロコロと転がして、改めて突起を摘んでクルクルと回してみて……そしてようやくそれが何なのかを理解した。どうしてこんな所にこんなものがあるのだろうと疑問しか抱けない代物だ。
 これはシニーのスタンド能力の一部で、その本体の能力の主体格である星だった。間違いはないと思う。でもこんな色の星は初めて見た……そもそもあれに色らしい色がついていたのかすら今まで気にしたことがなかったから分からない。

「……うわっ、」

 暇を潰すように、ひたすらに手のひらの上で転がして遊んでいると、星は突然ぼくの顔の目の前まで生きているみたいに飛び上がる。

(何なんだこれ……)

 ほんの一瞬シニーのイタズラかという考えも過ぎった。しかしこんな器用なイタズラをシニーが出来るとは思えない……そもそも何でこんなことをするのか。そこがいまいち分からない。
 この星はシニーのもの。それは確かだ。自分に害はないだろう。それに今のぼくの任務はピアノを弾くことで、シニーの暇つぶしに構っている場合ではないんだ。気にしたら負けだと思う。
 星を気にする必要はないと判断をしたぼくは、司会からの合図が来るまで大人しく椅子に座り続ける。その方向に視線を置いて、突然始まるつまらないジョークに耳を傾けながら再びやって来る出番を待ち続けた。
 そう、星なんてどうでもいい。今はこの任務を成功させないといけない。

「……」

 でも何でか気になるぼくがいる。何でこの星はオレンジ色をしているのかとか、どうしてぼくをからかうようにこんなことをしてくるのか。考えたら負けだと思いながらも考えてしまって頭が凄くむしゃくしゃする。

(何でこんなことするんだ。)

 握ったままでいる星を力を込めてぎゅっと握る。その星には微かに温もりを感じることが出来て、更に不思議なことに指で突起のてっぺんに触れればチクチクという感触を感じる。シニーの星はそもそも触れられるものだっただろうかという疑問がここで浮かんできて、再び思考の中へと潜り込んでしまった。
 シニーの創るものには限りがあった。足跡を創るにしてもぼくらには見えないし、しかし瞳から星を流すのはぼくらにも見えるという謎のちぐはぐさがある。本人は感情の昂り次第でやれることが限られると言ってもいたが、この星は一体何なのか。追跡任務の要である「足跡を見えるものにする」星のが流れてここまで来たというのか?

「あ、」

 ぼくが答えも結論も見えない憶測で頭を悩ませていたら、手の中にあった星は小さな隙間から強引に外へと飛び出して、再び浮き上がるとぼくの顔の目の前へとやって来る。

「何だよ、言いたいことがあるなら言えよ。」

 どこかの誰かと似たオレンジ色なのが少し腹が立つ。この星に意志はないだろうけど突っかかり方がどことなく似ていた。ぼくが怒って目を逸らしていても関係ないと言わんばかりに視界に入ってくるんだよな。
 だがもちろん星は喋らない。ぼくの目の前から引くこともない。ただぼんやりとぼくの目の前で発光をし続けている。

「フーゴさん、出番です。」

 そして幸いなことにこの星はぼくにしか見えていないらしい。

「はい。」

 見えていない以上ぼくがこの星に何かをするという行為は目立ってしまう。変人だと思われかねない。ここは何もないことを装ってやり過ごすしかないだろう。
 ぼくは一度その星から目を逸らすと、再び鍵盤に視線を向けてその上に指を置く。
 息を吸って、吐き出して。そして力を込めて最初の音を出そうと

(え?)

指を鍵盤へと押し込もうとしたところで、顔の前にあった星がスピードを付けて、まるで流れ星のようにぼくに向かって勢いよくぼくの目にぶつかってきた。

「うっ!」

 急な出来事だったので身構えることが出来ず、何が起こるのかとかそういう憶測をする暇すらもない……星はそのままぼくの中へと入ってしまって、もう取り出すことも出来なくなった。
 しかしぶつかったという感触はあったものの、何故か痛くはない。ちゃんと見えるし触れる固体だったのに、何でそれだけは不思議だった。しかも次の瞬間にはピアノが視界から消えて、映像のようなものが流れはじめたものだから、もっと頭が混乱をしてしまう。

(何だこれは……)

 ぼくが一瞬で移動をしたとは思えない。真っ直ぐ今いる場所を見つめているはずなのにかってに視界が動いてしまって目の前をしっかりと見られない……その視界に映る少し離れた場所には何故かジョジョとミスタがいて、ミスタの方は銃を構えた立ち方をしていた。その先では抗争が起きているようだ。

「トロイメライ、『私は望む』!」

 そして突然ぼくの耳元に声が届く。最近よく聴くようになった声……シニーの声だ。その声が高らかに響き渡ると共に、ぼくの目の前には何かが出来上がった。
 これが何なのか触ろうと思って手を伸ばしてみても、ぼくの手では触れられないらしい。ただ空気を引っ掻くように、上から下へと落ちてゆく。これはただの憶測だし正解は分からないが……多分これは壁だろうか?下から上へと光が昇った後で、先と先を結ぶように輝いていた。
 何をしているのか、何が起こっているのか全く読めないでいた。何で壁をシニーが創ったのか、そして何でそこにいるはずのシニーだけが黙視することが出来ないのか……疑問のままでいると、突然視界がぐらりと揺れる。そのまま「ぼく」は床へと落ちていった。
 腹部が痛い。それと同時にそこに熱を感じる。でも「ぼく」に今起こっている出来事が一体何なのかがこの体みたいには落ちて来ない。何が起こっているのか、状況を把握する材料が全く足らなかった。
 痛む腹部に飛びそうな意識のなか、一点しか映らない視界が全てのなかを、スーツを着た人間がその世界へと飛び込んでは横を素通りしてゆく。そしてそこにある、シニーが多分創った透明の壁と思われるものに混乱をしているようで、頭上で何やら煩く騒いでいた。その流れか勝手に首が壁の向こうにいるジョジョとミスタの方へと視線を向いてゆき、そこではジョジョが慌てた様子でこちらへ向かって走ってきていて……

「ジョル、ノ……」

 「ぼく」だと思っていた人間が口を開いたところで、映像はぷつりと終わった。

「フーゴさん!?大丈夫ですか!」
「ん……」

 名前を呼ばれて覚ますように目を開ける。ぼやけて見える視界の中仰向けに倒れていたようで、床のひんやりとした感触に背中を全て預けていた。その周りにはぼくを囲うように人が立っていてぼくのことを見下ろしていて……まるでここでは何も起きてはいなかったような……ぼくだけが置き去りにされているような、そんな空気になっていた。まるで少し夢を見ていたみたいだ。周りが「起きた」と言っている。

(どういうことだ?)

 辛うじてぼくが本当に眠っていたとしよう。あの星の衝撃で気絶をして夢を見たとしよう……あんなリアルな、あんな気を失いそうになるほどの痛みを感じる夢だなんて今まで見たことがない。ぼくは確かに腹部を多分撃たれたと思う。あの痛みは紛れもなく現実そのものだった。
 あの瞬間に痛かった箇所を探るように、ぼくは恐る恐ると手で腹部に触れる。でもそこには何もない。指を這わせても血は付着しないし、ぼくが倒れていた床も汚れてはいないようで、触れた手には綺麗なままだ。
 不快感しかない。しかも違う意味で注目を浴びてしまってとてつもなく恥ずかしい。恥知らずとよく言われていたがこういう失態をしてしまうとさすがに羞恥心が芽生える。

「大丈夫です……グラッツェ……」

 とにかく体を起こして演奏をしないと。自分の力で起き上がって、少しぼーっとする頭のまま床に座る。落ち着いて来たら立ち上がろうと膝を突いて床に手を置く……のと同時に、ぼくの視界に再びあの星が現れて。さっきの輝きよりも力強く発光をすると会場の入口の方へとゆっくりと飛んでいった。

「……すみません、ぼく……」

 あの星は何をした。あの映像は何なんだ。考え始めたらキリがないだろう。
 ただ分かることがある。あの星はシニーのスタンドが産み落としたもので、その能力は「見せたいものを見せる」というものだ。

「行かないと……!」

 もしかしたらもう起きてしまったことなのかも知れない。まだ起きていないその先のものなのかもしれない。変な胸騒ぎがするし、SOSだとしたら決して見捨てたらならない。任務だからとここでこのままピアノを呑気に弾いている場合じゃあないし、もうぼくのピアノには何の効力もないだろう。自分で空気をぶち壊してしまったのだから。
 ぼくは痛む足に力を込めてゆっくりと立ち上がると、その星を追いかけるようにその足を動かして会場の出口の方へと歩み始める。
 あの映像に映った断片的に見えたもの……床の色も壁の色も、それを縁取るように天井との繋ぎ目に装飾されていたものも、全てこの屋敷の廊下のものと合致する。この屋敷のどこかの廊下が現場となっていることは確かだ。
 もしかしたらイタズラかもしれないとも思う自分がいたのも確かで、でもぼくの知っているシニーはこんな光景を冗談としては使わない。これが何かの罠であっても見せたいものを映す彼女の鏡が訴えているのなら、そこへ向かうしかないだろう。
 走れない足がもどかしい。今のぼくの精一杯の速さで出口から廊下へと出ると、目の前にあの星が光を灯しながら浮かんでいた。

「連れてってくれ。」

 ぼくの意志を聞いてくれたかは分からない。でも星はぼくの願いを聞き入れたかのように動き出し、その先へと飛んでゆく。

(行かなきゃ……)

 あれは、あの映像はぼくが殺られたんじゃあない。あれは多分……いや、あれはシニーだ。ぼくはシニーになってあの痛みを感じたんだ。
 その証拠にあのジョジョが慌てていた。あんな顔をさせられるのは多分この世でたったの一人。シニーしかいない。間違いないと言ってもいい。
 星を追いかけている最中で何かを手に持って集まる集団がちらほらと目に入る。壁に背を貼り付けて、その向こうを眺めては何かハンドサインを出していた。

「あ、」

 その集団に見つからないように、ぼくが足を止めて隠れても星はお構い無しに飛び出してはその先へと迷うことなく向かってゆく。その集団の頭上でクルクルと回ると再びぼくの方へと戻ってきて、トントンと肩の上で弾んで何かを訴えて……言いたいことは大体というか、これが正解だろう。あの集団こそがあの映像でシニーを襲っていた人間だ。

(悩んでる暇はない……)

 もう起きたことなのか、起きることなのか。どっちであってもシニーがすることはいつだって意味がある。あの痛みは本物だった。それが過去でも未来でも、今するべきことはただ一つだけ。

「食らわせろ、パープル・ヘイズ・ディストーション!」

 後悔をしないようにシニーを守るだけ。




「……あれ?」

 これは、どこかのぼくが小さな星に願った

「袋の中凝視してどうした。穴開くぜ?」
「いや……この袋の中身が一つ足らないんだ。お守りなんだが……」
「お守り?もしかしたら身代わりになってくれたのかもしれないね。縁起がいいんじゃあないか?」
「身代わり……ですか……」


 きみを諦めないことを選択した、可能性のある世界での物語




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