18


 ジョルノ達がしっかりと標的を追跡出来るように、足跡を伸ばすため産んだ星を回収しながら足跡を創り直す作業を地道に行いながら進んでゆく。そして目的の部屋と思われるその先では銃撃戦が繰り広げられていて、何やら最悪とも言えるとんでもない展開になっていた。
 戦いには慣れていない。スタンドも戦闘向きの能力ではない。しかしサポートは出来る。とりあえずここにいる標的を逃がさないように、被害がパーティー会場の方に向かわないようにと思い、咄嗟に自分のスタンドで壁を創ろうと足跡を創り出していた星達を回収して望もうとしていた。
 こういうことしか出来ないのは少しもどかしいなぁ……でもまぁしょうがないよね、私走ることぐらいしか取り柄ないし、ウーゴみたいにスペックが高い能力もないし、まずは出来ることから地道に増やしていくしかないよね。経験値を積んでゆこう。
 一定数を集中して目の前に集めると、私は声を出してトロイメライに望みを唱えようとする。

「トロイメ「うわああああ!!!!」
「オレの体があああ!!」
……え?」

 しかし創ろうとしたその時に、全然マークをしていなかった後ろの方から断末魔のようなものが耳に入ってきて……私の集中力はそこで切れてしまって、一点に集まった星も解散をするように再び床へと落ちていった。

「何事……?」

 前は銃撃戦、後ろでは何か別の惨事?が繰り広げられているらしい……振り返って見てみるけれどそこには誰もいない。見えない何かがいるのかと思って目を懲らしてみると、曲がり角の向こうから何かうっすらと煙りのようなものが見えて、火事でも起こったのかと最悪のパターンを連想してしまう。

「……トロイメライ。」

 とにかく状況の把握をしよう。そう思ってとりあえず最初にやろうとしていた標的を逃がさないための壁を創ってから、振り返ったその先で起こっている何かに対して身構えつつ、ゆっくりとそっちの方へと歩いてゆく。
 それにしても何かが起こってから自分の失態に気が付くとか……前ばかり見ていて後ろを気にしなかったとか馬鹿なことをした。もしもこの先でとんでもないことが起こっていたらと思うとぞっとする。背後から襲われても不思議じゃなかったんだな。次はしっかり後ろにも気を配れるようにしよう。って思うけれど次があったら嫌だなとも思う。
 廊下の曲がり角までやって来ると私は壁へと寄り掛かる。そして一呼吸置いてから恐る恐るそちらへと首を動かして……恐る恐るその先を覗き見した。

(これは……)

 そこにあったのは異様な光景だった。何故か脱ぎ散らかされたように床に散りばめられたスーツと、鼻にツンと来るような嗅いだことのないような臭い。そしてそこに立ち尽くして肩で息をしている、今ここにはいないはずの

「ウーゴ?」

ウーゴがいる。何故かこんな所にウーゴがいる。
 何でウーゴがいるのかちょっと疑問だ。だって今パーティー会場の方でピアノを弾いているんじゃなかったっけ?注目を浴びることがウーゴの任務じゃなかった?
 名前を呼んで駆け寄るとウーゴは私に気が付いて、こっちを向いてからハッとしたような、慌てた様子の顔になる。

「止まれシニー!」

 あともう少しでウーゴに触れられる距離まで詰めたけれど、肝心のウーゴは近付くなと両手を前に出して、早口で私に訴えてくる。言葉で言われるよりも手が出て来たことに驚いて立ち止まったらウーゴは息を深く吐いて、疲れているのかその場に座り込んでしまって……一体何があったのだろう?凄く心配。でも止まれって言われたから近寄れないし……

「すまない……スタンド能力を使ったからその辺に殺人ウイルスが漂ってるんだ。もうすぐ殺菌が終わるから近付かないでくれ……」

 立ち尽くして見守っていると、ウーゴは改めるように口を開いて、どうして止まってほしかったのか、その理由を話してくれる。
 殺人ウイルス……ミスタさんから口頭で聞いたことがある。ウーゴのスタンド能力は扱うのが難しいんだよね?ウイルスは生き物の体をドロドロに溶かしてしまうって言っていた。つまりこの脱ぎ散らかされたように落ちているスーツ達は人の残骸ってこと?ウーゴがここでスタンドで殺しを行ったってこと?
 何て言うか、まずはどうしてここにいるのかを知りたいけれど、今のままじゃそんな話は出来ない。殺菌が終わるまで待つしかない。
 何も出来ないけれどウーゴの方を見て近付ける時を待つ。ウーゴはずっと腕時計を見ていて、ぶつぶつと……多分秒を数えていた。

「……もう大丈夫だ。」

 それから数十秒経つとウーゴはようやくGOサインを出してくれて、私は止まっていた足を再び動かすと真っ直ぐにウーゴへと駆け寄った。

「ウーゴ!何があったの?」

 ここでどうしてスタンドを出してしまったのか。そしてどうしてここにいるのか……パーティー会場で何か問題でも起こったのかな?それともウーゴの方に何か問題が起こったの?
 座っていたウーゴは立ち上がると私のことを見下ろして、しばらくの間私のことを観察するように体を眺めてはいろんな所を触ってくる。

「な、なにしてんの……」
「んー……」

 頭から首元、そして肩へと流れるように手を動かして、腰まで手を持ってくるとお腹の方に移動させて……何でか一点を集中するように、触診する医者のように念入りに触れてきてくすぐったい。何がしたいんだ本当に。
 よく分からないままウーゴを眺めていると、満足をしてくれたのかようやくそこから離れてくれて、それからウーゴの顔に視線を向けると彼は少し悩ましそうに口元に手を当てている。何に悩んでいるのかは分からないし、ウーゴが何を考えているのかも分からない。謎に思うあまり首を傾げたら、ウーゴの口からぽつりと言葉がこぼれ落ちた。

「おまえ……怪我とかしてないよな?」
「は?」

 しかしやっぱり意味が分からない。

「怪我?してないけど……」

 何のことだろう?普通に体はピンピンだし、元気いっぱいだ。怪我をするようなことは起こってすらいない。
 体に触っていたのは怪我の確認をしていたってことかな?見れば分かりそうなものだけれど、今の私の格好は黒のドレスだ。血が付着してしまっても分かりづらいかもしれない。

「そうか……よかった……」

 私の言葉を聞いたウーゴは安心をしたのか胸を撫で下ろすように息を吐く。

「だがシニー……」

 でもすぐにウーゴの形相はよく見せる怒った顔になって、私の額に向かって人差し指を立ててきて……何度も何度も執拗にその一点だけをツンツンと嫌がらせの如く突いてきた。

「いたいいたい!!」
「どうして背後の警戒を怠るんだ!危うく撃たれるところだったんだぞ!死ぬかもしれなかったんだからな!?」

 ウーゴはとにかくご乱心だった。爪が何度も私の額を直撃してきて地味にチクチク攻撃を繰り出してくる。勢いがあるせいでめちゃくちゃ痛い。こんな嫌がらせは生まれて始めて受けた。
 でも、そうだよな……ウーゴがいなかったら私はもしかしたら、ここにいた人達に殺されていたのかもしれない。ウーゴがタイミングよくここに来てくれたから今ここで息をしていられるし元気でいられているけれど……っていうかそもそもだ。ここで始めに思った疑問が浮上をしてきた。

「何でウーゴ……ここにいるの?」

 何でいるんだという話。だってウーゴは今、パーティー会場でピアノを弾いているはずでしょう?持ち場から離れてしまってもよかったの?
 疑問を口にすると、ウーゴの手はピタリと止まる。しばらくの間時間が止まったかのように全く動かなかったけれど、長く感じた数秒を過ぎれば解凍されたかのように口を動かし始めた。

「おまえが……呼んだんじゃあないのか?」

 しかし口から出て来た言葉は謎そのものである。

「いや……呼んでないけど……?」

 私が呼んだ、とは?そもそもどうやって呼ぶのだろうか?携帯はドレスにポケットがないから持っていたとしても持ち歩けないし、この屋敷の人にウーゴを呼んでくれとお願いをしてもいない。自分のスタンドに呼びに行けと望んですらいないし、どこの記憶を甦らせてもウーゴを呼んだという記憶は全く見に覚えがない。
 私の解答を聞くと、ウーゴはまたもや体を固めて動かなくなってしまう。しかし口だけはぱくぱくと動いていて、何度も何度も何かを言おうとしてはひたすら飲み込んで……歯切れが悪そうに顔を歪ませながら私から目を反らすと、今度はしっかりと声を出して、ぶつぶつと何かを唱えるみたいに言葉をこぼし始めた。

「どういうことだ?だってあれはシニーの……いや、でもあれは……今どこに……」

 大丈夫だろうか?何かにとり憑かれたみたいに自問自答みたいなことをしていらっしゃる。納得がいかないことがあると昔から自分の世界に入っちゃうんだよなぁ、ウーゴって。文句がある時もこんな調子でぶつぶつぶつぶつ延々と話していたりするし……

「……まぁ、結果が結果ならいいか。」

そしていつも一人で全てを解決してしまう。昔とちっとも変わっていない。
 一人で納得をしたウーゴは赤くなっていると思われる私の額に手を当てると、優しさを滲ませた笑顔でフフッと笑いながら、そこを丁寧に指で撫でてくれる。

「おまえが無事でよかった。」

 何だか不思議だった。目の前にいるウーゴの中身はちっとも昔と変わってはいなかったのに、何でかこの表面に現れたこの笑顔は昔とは別のもののように見えてしまって。ちぐはぐな感じにちょっと戸惑いそうな私がいる。

「うん……ありがとう、ウーゴ。」

 ほんの少しだけ、何故かウーゴ相手に緊張をしてしまう。

「……ああ〜、これは痛い……血が出てる。」
「えっ?やだどうしよう、顔洗う時沁みるじゃ「嘘だよ。」
おいいい騙したな!」

 でも何はともあれという感じで。ウーゴが私が知らない間にどんな風に生きてきたのは知らないけれど、何となく優しい笑顔を向けてくれる人がいて、そこで皆に大切にされて自分でも笑えるようになれたのかなって思ったら、何だか自分のことのように嬉しくなった。


 皆が皆頑張った今回の仕事は大成功を納めて幕を閉じた。汚職政治家の仕切っている麻薬ルートの情報を手に入れることが出来たので、早速夜が明けたらそのルートを潰しにジョルノとミスタさんは動くらしい。私とウーゴは留守番組としてネアポリスに残ることになり、パーティーがお開きになったのと同時に迎えに来てくれた仲間が運転をする車に乗り込んで二人でアジトへと帰ることになった。

「お腹空いたぁ……」

 任務中はあまり食べるなって言われたからちょこっとしか食べられなかった……というか、まともに食べた記憶がない。何でパーティーって夕飯の時間に開かれるの?皆絶対お腹空くでしょ……

「さっきからそればっかだな。」

 窓の外を眺めながらご馳走達に思いを馳せていると、隣にいたウーゴは私に呆れているようで、長い長い溜め息を吐く。

「しょうがないじゃん……今日はいろんなことがあったんだから。」

 卒業試験を受けて寮に戻ったら夜中まで任務……ずっと頭を使っていたんだもん。そりゃあドッと疲れますわ。お腹は空くしちょっと眠いしで今にも倒れそうだよ。

「……パンナコッタ。」
「何?」
「仕事の前に食べたんだけど、美味しくて。」

 追跡任務の前に食べたパンナコッタを思い出して、ウーゴの方を向いてからそう答える。
 あのパンナコッタ、凄く美味しかった。だからきっとあの会場の食べ物は全て美味しいものだったに違いない。普通にパーティーに参加をしていれば食べられたんだろうなぁとか思うと凄く悔しい。

「何だ……パンナコッタってそっちのか。」

 ウーゴは若干呆れ気味にそう言うと、一気に興味が冷めたのか私から目を逸らすしてとそのまま窓の外を眺め始める。
 何で呆れられてしまうのかが分からない。パンナコッタってあっちもそっちもあっただろうか?ウーゴに言われていろんな意味のパンナコッタを頭で探し始めるけれど、私の頭にはこの美味しいパンナコッタしか浮かんでこない。

「パンナコッタ……パンナコッタ……」

 何度も何度もパンナコッタを連呼する。しかし頭の中に浮かんでくるパンナコッタはドルチェのみ。フルーツが乗っているパンナコッタとか、ソースが美味しいパンナコッタとか、とにかく美味しそうなパンナコッタのことを考えるともうお腹が大変……と思った矢先に大きな音を立てて盛大に鳴っかせてしまった。

「……フフッ、アハハ……!」

 無視をしてくれと思ったけれど、どうやらそれはで出来なかったらしい。ウーゴは窓の外を眺めたまま、肩を跳を震わせて笑い始める。

「何よ、しょうがないじゃん!」

 笑うなんて失礼だ!人間なんだからお腹が鳴るのは当たり前だぞ。そんな生理現象を笑うだなんて酷いっていうか……笑われるのは流石に恥ずかしいっていうか……

「うう……」

 そう、恥ずかしい。昔から知っている仲でもウーゴは男の子だ。異性にお腹の音を聴かれるっていうのは羞恥以外の何物でもない。耳も体も熱くなるくらい恥ずかしい。
 聴かれた上に笑われた。いろいろと込み上がるものがあって、座席の上で膝を丸めてそこに顔を埋める。このまま消えてなくなりたい……

「ごめんシニー……相変わらずすぎてつい……」

 ウーゴは恥ずかしさでいっぱいになって縮こまってしまった私にそう言うと、大丈夫だよと言いながら私の頭に手を伸ばしてわしゃわしゃと撫でてくる。

「人の名前を言いながらお腹を鳴らすのはおまえとナランチャくらいだな。懐かしいよ。」

 楽しそうというか嬉しそう。そして頭の上にある手の動きにはどこか優しさがある。

「本当?馬鹿にしてない?」
「しないよ。」
「……」

 別にからかったわけじゃない。ウーゴをちらっと覗き見たら、どことなく優しげな笑顔を向けられる。

「分かった……」

 正直思い出したらまた恥ずかしくなると思うけれど、我慢して今張っている意地を緩めてウーゴにしっかりと顔を向ける。それと「人の名前」と教えてもらえたおかげで落ちてこなかったパンナコッタの謎の答えがようやく私の中へと落ちてきて、ちょっとだけスッキリした。
 そうだ……ウーゴの名前、パンナコッタだった。美味しそうな名前だし言う度にお腹が空くし、ウーゴ自身がパンナコッタって呼ぶと嫌そうな顔をするからウーゴって呼んでいたんだよね。当時はフが言えなくてウーゴでいいやっていい加減なことを思っていた。食欲が勝りすぎてそんなことも忘れてしまっていたとは……っていうかナランチャも私と同じだったんだ?仲間がいてくれたのはちょっと心強い。

「そうだな、ぼくもお腹が空いた。」

 ウーゴは私から手を離すと、笑顔のまま前を向く。

「スパゲティが食べたいな。でもリストランテは閉まってるし……どうしようか。」
「……」

 何だか不思議だよね。いきなりいなくなったくせに当たり前みたいにこうやって話をしているのって。何もなかったかのようにいつの間にか開いていた距離が縮まっているのは改めて感心する。

「作ってあげようか?スパゲティ。」

 あの頃は仕事仲間になるとは思わなかったし、ウーゴは別の世界の住人なんだって自分との差を感じたこともあった。でも今は別の世界にウーゴはいない。同じ世界で生きているんだよね?
 広い屋敷でぼんやりとしていたのが嘘みたいにコロコロと表情を変えている。ウーゴは今心が自由なんだろうな。

「ん?シニーって料理出来たのか?」
「出来るよ。お母さんの手伝いしてたし、寮生活でお夜食とか皆で作ったりしてたんだ。」
「お夜食はともかく包丁を扱えたことが意外すぎる……」
「さっきから失礼だぞパニー。」
「パニーって言うんじゃあないよ。」

 危ない世界ではあるけれど、ウーゴが心を許せる人達に囲まれて頑張っているところを見られるのは素直に嬉しいし、応援出来たらいいなと思う。

「……そうだ、言い忘れてた。」

 だから今日みたいにウーゴに心配をかけないように、明日から気を引き締めて頑張ろう。

「インベチーレって言って悪かったな。」

 ……あと二度とインベチーレだなんて言われない努力もしよう。ジョルノの寝起きは要注意なのも、忘れないように心に刻んでおこう。


「私こそ足踏んじゃってごめん……」




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