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「卒業したらどこに住んだらいいのかな?」

 本日中学の卒業が無事に決まり、私はついに学校の女子寮から去らなければいけないこととなってしまった。
 この前のパーティー以降、私の仕事は最近は書類整理ばかりだった。ミスタさんがジョルノと一緒に行動をしているから追跡任務は下りて来なくて、その間はポルナレフさんの指導の元雑務ばかりで……デスクワークよりも体を動かす方が得意だったから、とにかく作業を覚えることに必死すぎて、部屋探しのことが頭から抜け落ちてしまっていて今に至る。
 仕事の休憩中、ウーゴが出してくれたお茶を飲みながら思わず口に出すと、亀から顔を出していたポルナレフさんも、お茶を片手に書類を見ていたウーゴも固まった表情のまま私の方を見ていた。

「物件探してなかったのか?」

 冗談だろと言いたげな顔をしたウーゴにそう言われる。

「探す暇なんてなかったよね。」

 今まで本当に大変だった。朝から夜までジョルノの不在で貯まってしまった書類の整理を慣れないながらに頑張っていたんだぞ。もちろんスタンドの訓練だって並行をしてやっていたりもするし……帰ってきた頃にはもう不動産屋はしまっている毎日だ。自分の時間だなんて一切ない。卒業試験が終わって卒業も確定してたから授業はないけれど、外に出れば私がやらなきゃいけないことっていうのはいっぱいあるんだ。時間という時間は全てパッショーネに捧げていた。

「出るまで一週間は待ってくれるって言われたけどさ……実家はもうないし未成年だから物件借りるのも一苦労だし……一般のところではまず見つからない気がする。」

 まずはそこである。私にはもう実家がない。おまけに未成年というのもあって普通に部屋を探すとなると行政の世話にならないといけないだろう。そうなるとギャングっていう裏の顔を知られたらまずい。普通に考えて今の状況下で一般的に探す方法というのは結構危険だし困難だ。

「ウーゴはどうやって部屋探したの?」

 そしてそんなウーゴもまだ未成年のはずだ。一歳違いで今の年齢は十七歳だもん。ウーゴのやり方だったら私も部屋を借りられるかもしれない。
 そう思って訊ねてみると、ウーゴはお茶を一口飲んだ後で涼しげな顔で言い放つ。

「ブチャラティのアジトだった家にいるから別に探してはいない。」

 とんでもないことを……言い放つ。

「え?ブチャラティの家?」

 何それ。ブチャラティの家に住んでいるってどういうこと?普通死んだって認められてしまったら契約って解除されてしまうんじゃ……疑問しか浮かんで来ない。

「元々ぼくは彼の家に彼の生前から住んでたんだよ。いろいろあって離れてたけど、ブチャラティの信頼があったからそのアジトには家賃とか契約もないんだ。そのままだった家に帰ってきてからはずっといる。」

 最早裏技である。ブチャラティと住んでいたとかそもそも初耳だし、家賃ゼロの家で暮らしているとかかなりびっくりだよ。普通にアパートで暮らしているものだとばかり思うじゃん。でもよく考えてみるとウーゴから自分の暮らしている家の話とか出てこなかったし、ちょっと複雑だったから隠していたのかもしれない。

「もう使われていないアジトだったらいろんな所に転々としているぞ。」

 話を聞いていたポルナレフさんはウーゴに続くように言葉を重ねる。

「ただ怨念が留まっているのか物音がするアジトや声が聞こえるというアジトもある……きみのトロイメライでどうにか出来るだろうが、さわらぬ神に祟りなしというからな。何せ彼らはブチャラティ達とは違って邪悪だ。交渉がうまくいくとは限らない。」
「おお……」

 つまりウーゴみたいに上手くアジトを自分の家にするということは叶わないのか……でもアジトってことは集まれるくらいの広さがあるってことだよね?一人で住むんだからあまり広さは求めていないというか……別にアジトにはこだわらなくていいというか。

(困ったなぁ……)

 今更ながら自分の実家を潰してしまったことに後悔をした。流石に家族が消された家に住みたいとは思えないし、その時はしょうがないって諦めたけれど、せめて建て直しをすればよかったと思う。親の遺産があるんだもの、そのくらいは可能だった。
 でも本当に今更なことだから今からどうこうするなんて出来ない。この件はジョルノが帰ってきたら相談をしてみるとして、今は仕事に集中をした方がいい気がする。

「ちょっとよく考えておきますね……」

 いざとなったらホテルでも借りよう。気持ちを切り替えて温くなってきていたお茶を飲み干すと、私は再び地道な作業を再開させるのだった。
 難しいことは苦手だけれど、ギャングの書類っていうのは大雑把にまとめると大体が報告書か契約書で構成されているみたいで、意外と単純だった。しかし最近の書類には古い書面よりも中身にボリュームがあって、挟み挟みに束の中に資料が混ざっているのが目立っている。見たことがないような単語が出てくることが多くてたまに頭を悩ませた。ウーゴに言われて一枚一枚に目を通しつつ、周りがどういう仕事をしているのかを勉強しているのだけれど、ジョルノの癖なのか一つ一つに分かりやすいメモが付いていて読んでみるとどれもタメになる。麻薬一つにしても種類はたくさんあることも知ったり、その治療方法とかも書いてあったりと医療の話もあれば、私が追跡をしてきた標的やこの前のパーティー会場に来ていた来賓の資料もあったりで……内容が飛びすぎだ。ごちゃごちゃなのが気になって、読みながら書類と資料を分ける作業中に一枚ずつ星でマーカーを付けて種類を分けたりと、自分の能力の向上を図ったりとやれることを探すのも毎日欠かせない。ウーゴみたいに何でも出来る器用な頭を持っていないから一つずつ地道にやっていくしかない……だから暇だと思う瞬間だなんて存在をしなかったんだ。言い訳みたいだけれど事実だ。
 ミスタさんは拳銃のプロで、ジョルノは頭が切れて無駄がない。ポルナレフさんは皆のことを見守ってくれてとにかく優しくて、ウーゴは凄く器用だし頭もいい。私はといえば……足が速いだけで戦うことも頭がいいわけでもない、ただのどこにでもいるような普通な女子。周りが出来すぎて絶対に霞んでいる。多分周りからパッと出の小娘がどうして幹部とボスと一緒にいるんだって思われているに違いないだろう。ぶっちゃけスタンド様様になっているのでもっと頑張らないといけないし、人一倍考えなくちゃいけないしで……って考えると頭が痛くなる。っていうか痛い。

(何だこれ……)

 目が疲れたのかな?ずっと星を出していたもんな。それかいっぱい文字を追いかけていたからか……さっき休憩をしたばかりでまた休む訳にもいかないし、どうすることも出来ない。

(いや、バレなければ大丈夫か?)

 一瞬でもサボることを考える。バレなければちょっとくらい寝ても大丈夫なのでは?それくらいなら許される範囲なのでは!
 ほんのちょこっと目を閉じるだけだ。書類と資料を読むふりをしながら下を向いて船を漕ぐだけ。ちょっとだけなら流石のウーゴにもバレないだろうし、ポルナレフさんには……バレそうだわ!よく見ているもんねポルナレフさんって!
 え?じゃあどうやったら上手くサボれるんだ?この張り詰めた空間の中で?本当に出来るのかそんなこと……

「……」

 ちょっと周りの観察をしてみようとウーゴとポルナレフさんの方を盗み見る。
 ポルナレフさんは亀から体を出してそこから書類に目を通していて、ウーゴはペンを握って多分この前のパーティーでの始末書を頑張って書いている。二人とも自分の仕事に責任をもって頑張っていた。

(休んじゃダメだな。)

 多分二人とも疲れていると思う。私だけが疲れている訳じゃない。
 それにここにいないジョルノとミスタさんも今一生懸命頑張っているんだ。なのに私はサボることばかりを考えていて情けない。たるんでいる。

(頑張らなきゃ……)

 頭痛薬だったら寮の医務室に行けばある。帰ってから飲んで、ゆっくりすれば明日には治っているだろう。とにかく今はこの勝手に始めた仕分け作業に集中だ。
 そう思って一生懸命また星を目から出して、ひたすらに星でマーカーを付けてゆく。夢中にはなれなかったけれど度々に集中をして頑張った。

 そう、私は頑張った。めちゃくちゃ頑張った。

「凄いじゃあないかシニー。これ全部仕分けしたのか?」
「これは助かる!ちょうど来賓の資料が欲しかったんだぜ〜!」

 その結果夜になって帰ってきたジョルノとミスタさんが、机の上に載せた私の仕事の成果を見てグッジョブをくれて。ようやく私の本日の仕事に終わりを迎えることが出来た。
 感謝を向けられると達成感が半端ないのは何故だろう……自分はやりきったぞっていう気持ちで充たされてしまう。疲れているけれど嬉しさが半端ない。頑張って掃除をして綺麗に片付けた時のような、庭の草むしりを終えて地面が綺麗になった時に感じる喜びのような、そんな視界がクリアになるような出来事と、とどことなく似ているような気がする。

「お役に立てたならよかったです。」

 私は付けたマーカーを回収して、体の中に戻しながらさっきまでの自分を振り返る。
 途中からほとんどの記憶がない。頭はガンガンするし目もショボショボして大変だしでずっと疲れと戦っていた。黙って書面を見ていたからポルナレフさんもウーゴも頑張っているものだと思っていたようで、声も全くかからずでシンとした空気の中でずっと黙々と作業をしていて、ふとした拍子にドッと頭が痛くなるわで具合が悪いって言おうとした時もあったのだけれど、もうすぐ二人が帰ってくるっていう連絡が入ってからはとにかく皆でお疲れ様をしたくなって、具合が悪くとも自分に鞭を打って頑張ってしまった。こんなの受験勉強以来だと思う。
 どこまでも慣れないことをした数日間だった。勉強はしても別に得意という訳でもないし、走っていないととにかくポンコツ気味の私だ。振り返って分かったことは、デスクワークは正直私には向いていないということのみ。使わない頭を使うのはもう懲り懲りだし現場に出て体を動かす方が好きだと思った。こういう作業は徐々に慣らして得意になれたらいいかな……報告書を書いたついでにひとつずつ消化が出来ればいいと思う。

「後はぼくとミスタがやるから今日はもう帰っていいよ。きみはこういう作業苦手だろうささ、疲れただろ?」

 流石のジョルノというか、私のことをよく分かっていらっしゃる。そりゃあそうだよね、だって毎回毎回宿題とかお世話になりっぱなしだったもん。普通に察せるわ。

「じゃあ……お疲れ様です〜。」

 早く寮に帰って薬を貰おう。それでよく寝て明日からの仕事に備えよう。
 私は座っていたソファから立ち上がると、元気なく挨拶をしてジョルノの部屋から出る。ようやく生まれた開放感に少しだけ気力が戻ってきたけれど、でもしばらく廊下を歩いていたら出口付近まで来たところで体が軋むように痛いことに気が付いて、いつも羽のように軽い足が鉛を付けられたみたいに動かなくなってしまった。
 嘘だろ……ずっと座っていたから体全体に不調が出ていたことに気が付かなかった。顔面だけが痛いだけだとばかり思っていた。ずっと私は勘違いをしていたというのだろうか。

「はぁ……」

 動けなくなった場所で膝を着く。なんていうか努力をして奮った根性を無駄にしてしまったような気分……例えるなら楽しみにしていた遠足に当日熱を出して行けなくなったような、後でどうしてあんなに張り切ったんだろうって悔やんでしまうそんな感じ。決して楽しくはなかったけれど、気を張っていたせいで体調を壊すとか子供みたい。
 そしてこの状態じゃどうやっても寮に辿り着けないと思う。かといってアジトに泊まるのもなって感じ……だって絶対ウーゴが怒るでしょ?何で言わないんだとか言いながら、やっぱりお前はインベチーレだな!とか言ってくるんだよ。普通に頭の中で想像出来ちゃうのが悔しい。

(適当な部屋で……朝まで隠れて……)

 とにかくこんな情けないところを見られてしまうのだけは避けたい。こんな失態を誰かに見られるわけにはいかないぞ……!
 私は匍匐前進をするみたいに寝転ぶと腕だけの力で近くの部屋へと近付いて、そして目の前まで辿り着いたらゆっくりと起き上がって腕を伸ばす。ドアノブにを掴んだらそのままそれを横に回して、その扉を前へと押し

「何してるんだシニー?そっちは出口じゃあないんだが?」
「げっ」

たのですが。後ろから声をかけられたのと同時に開いた扉が第三者の手によって閉まっていって。一気に希望が絶望へと豹変してゆく。
 変な汗が体からいっぱい出た。終わりよければ全てよしにしようとした私の努力ともくろみがこれでもう完璧に崩れ去ってしまった。最早この頑張りはこれまでのようである。
 ゆっくりと、スローモーションで後ろへと振り返り、声の主を見上げる。目にあまり優しいとは言えない穴が開いた服を視界が通りすぎてゆけば、そのてっぺんには金髪美人なお顔がくっ付いていて、口は笑っているのに目が笑っていない、

「ここは武器庫だぞ。何する気だったんだおまえ。」

ウーゴが……いたのだった。
 ウーゴだ。一番めんどくさいウーゴだ……ジョルノとミスタさんだったら大丈夫かで終わるだろうけれど、ウーゴの場合は説教が始まってしまう。一緒に働くようになってから何度も何度もブチブチガミガミと叱られていたから、こういう状況でこう巡り会ってしまうと暗い未来しか見えてこない。これはもう問答無用に叱られるだろう。だらしがないとこっぴどく。

「これは……その……」

 目を合わせるのはしんどいので目を逸らして言い訳を考える。でも考えてくれる頭は悲鳴を上げているから何も浮かんではこない。
 黙ったまま床に座り続けていた。ウーゴの足元を見つつ出てこない言葉を出そうとするけれど、出す気力も残っていない。どうせ何か言い訳をしたって叱られるだけだし何も言わない方が正解かも。

「……いつから具合悪いんだ?」

 何も言わすというか何も言えずに静かにしていると、ウーゴの膝がゆっくりと折れて、私の視線と合わせるように綺麗な顔が現れる。ウーゴは賢いから見ただけで分かってしまったみたい。どうやら何も言っていないのにいろいろと察したらしく、そのまま私の額に手を触れて熱があるかを確かめてきた。

「ずっと前……」

 いつからと言われると分からない。徐々に悪くなっていったと思う。
 ウーゴの手はひんやりとしていて気持ちがいい。そして生身のこの姿の時に誰かが顔に手を当ててくれたのは久しぶりで、酷く懐かしく感じてしまって……懐かしさのあまりに涙腺が緩まりそう。確か一年前のサン・バレンティーノ以来。お父さんとお母さんが最後にまた帰っておいでって……

「……シニー?」

笑顔で見送ってくれたあの日以来。
 急に思い出してしまって勝手に涙が落ちてくる。

「ごめん、なさい……」

 泣いててごめんなさいなのか、急に思い出した両親にごめんなさいなのかもちょっと自分で言っていながら意味も分かっていない。そしてウーゴも何でごめんなさいって言われたのかも分かっていないと思う。目を丸くして泣いていることに驚いていた。

「別に怒っていないだろ?」

 そしてウーゴなりに解釈をしたようで、私にそう言うと涙を服の袖で拭ってくれる。

「何となくおかしいとは思った。でも自分なりに頑張っていたからぼくもポルナレフさんも見守っていたんだ。結果無理させてしまったのはぼくらのせいであって、おまえが謝ることじゃあないんだ。ごめんな?」

 謝らなくていいのに謝られる。完全に私の落ち度なのに、私が己の限界を超えたせいでこうなったのに、こうなったのは全部自分のせいなのにウーゴは謝ってくる。

「ほら、こんなんじゃあ帰れないだろ?仮眠室で今日は寝てくれていい。ジョジョには許可を貰ってあるし、寮には連絡を入れておくから。」

 気にしてないよって言いたかったけれど声を出す気力もない。魚みたいに口をパクパクさせていればウーゴは私の背中に腕を伸ばしてきて、そのまま肩を掴んだと思ったら脚にも腕を回して、意外なことに軽々と私を抱き上げたらそのまま仮眠室がある方向へと歩き始めた。
 おかしい……私の知っているウーゴは貧弱だったはずだ。こんな風に軽々と私を持ち上げるだなんて今までしてくれたこともなければしたこともない。数年前までは私の方が強かったのに……今力比べをまともにしたらもしかしてウーゴに負けるかも……?

「部屋のことは……シニーがよければだが、ぼくの──」

 悔しさが滲んできたけれどそれ以上に体の調子が悪い。男子の成長は凄いって久しぶりにウーゴに会った時にも思ったはずだ。改めていちいち感動をしていたらキリがないだろう。
 ウーゴが何かを言っているけれど、頭が痛いせいで最早まともな思考能力すら持ち合わせられない。目を閉じれば段々と気が遠退いていって、そのままウーゴの腕の中に全てを委ねたところで意識をシャットダウンさせた。
 人って弱っていると、信じられないような事象が起こっても平然と眠れるんだなぁ……って思った。

 何はともあれ中学を卒業することが出来るんだ。止まってしまっていた私の時間がやっと動き出したことが、今日は何よりも嬉しかった。




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