20


「急いでウーゴ!お前の本気はそんなものか!」

 中学も無事卒業をして中卒という称号を手に入れて、昨日から慣れて過ごした寮を出て本格的に外で暮らし始めた。
 一晩明けて目を覚ました時見慣れない天井があったからびっくりしたけれど、冷静になってみるとそうだ引っ越したんだと気が付いた……初めて寮に入った日のことを思い出す。あの頃は家が恋しかったけれど今は寮が恋しいと思う。だってご飯は勝手に出て来るし、こうやって買い物に走らなくても時間なんて余裕があったし……楽をしていたんだなぁ……。

「うるさいな!ぼくは体育会系じゃあないんだよ……これが限界だ!」

 そう、寮生活をしていた時は冷蔵庫の中身が空っぽになるということがなくて、調理場に行けば勝手に食べ物が追加されている環境下にいたから食材に困ることがなかった。
 熱を出して元気になってから、改めて(というか初めて)ジョルノに新しい家がまだ決まっていないことを相談した。最初はやっぱり余っているアジトを勧められたけれど何かいるかもしれないということで却下が下り、その後にアパートの数件をピックアップされたのだけれど、ここと決めていざ押さえようとしたらウーゴがセキュリティだの隣の家の人間の身辺調査をした方がいいなどと言い始めて、結局なかなか決められなくて……最初まで親身になってくれていたジョルノもめんどくさくなってしまったのか、最早投げやりな感じにとんでもないことを言い出した。

「もうフーゴの家でいいじゃん。セキュリティも身辺調査もしなくて済むし、部屋だって余ってるだろ?全部解決したね。」

 ……そんな適当なことを言い始めて、いい加減な具合で解決をされたのだった。
 解決の仕方が適当だし、目は何か死んだ魚みたいになっていた。ウーゴの方を見たらちょっと驚いていたけれど、さっきみたいに何も言い返すようなことはせず大人しくジョルノの方だけを見ている。そもそもそんな話がジョルノから出るとは思わなかったし、何よりウーゴが首を横に振らないのがかなり気持ち悪い。アパートの物件の隣の住人が男ってだけで却下をするくせに、何で男の自分と一つ屋根の下になることを嫌がらないのかが不思議でならなかった。
 そして更に思い出すのはこの前の話。

「部屋のことは……シニーがよければだが、ぼくの──」

 途中で寝たからここまでしか聞き取れていない。ぼくのの続きは聞いてはいないけれど、こう大人しく受け入れている姿を見ているとあの続きはもしかしたら……とか思ってしまう。
 自意識過剰かな?でも最近ウーゴと一緒にいることが多かったし、目が覚めた時もそばにいたのはウーゴだったしで、やたら私の視界の中にはウーゴが現れる。そんな最中「私がよければ」って選択肢を与える発言が出てきたら嫌でも身構えちゃうじゃないか、まさか謀ったのかとか……!
 でもウーゴはジョルノじゃないし、そんなことはないと思う。意外にも素直で裏らしい裏とか見たこともない。そんなことをわざわざ企むような人ではないはずだ。

「何か……こうなる予感みたいなのはしてた……」
「……」

 ……前言撤回だ!企んでいたんじゃないけれど、どんな予感だよって思うようなものを感じていやがった!
 どういうことだろう予感を感じていたとか。こうなる気がするって感じるってどういう状況にいたら感じてしまうものなの?占いでもしたのかな?私の背中を守りに現れたりもあれも占いの類……いやでも何らかのスタンドのせいの方が可能性は高いかな。
 気になることはいっぱいあったけれどウーゴの発言が現実になるとかこの瞬間までは思わなかったし、あれは私のストレスを軽減させようとしてくれたことだと思っていたから何だか複雑な気持ちしか持てない。多分冗談を言っているっていう軽い気持ちしか持ってはいなかった。

「マジか……」

 気にしたら負け。あと気にしてもしょうがない。ただ偶然に偶然が重なったと思って私は諦めることにした。
 一人暮らしをするのはちょっと楽しみだったけれど、ウーゴがどんな生活をしてきたのかも結構気になる。せっかくだしお世話になってみよう──
 って自分なりに受けとめて、ウーゴの家の余っている部屋で過ごすようになったのですが。いざ食事ってなった時に冷蔵庫を覗いたら何も入っていなかったのね。言い訳を訊いてみたら仕事帰りにリストランテでディナー、朝はパン屋でパンを購入、ランチはジョジョに合わせて一緒に食事という流れに任せた生活を最近は送っていたらしい。昨日はピッツァの宅配があって作業を手伝ってくれた皆と食べたし、朝は寝坊をして食べなかったし昼は仕事中にミスタさんと食べたから大丈夫だったけれど、今日の夜は全く大丈夫じゃない。最近っていつからのことを言っているのか分からないけれどこいつは多分まともに食事をしていないのではとピンとくるものがある。今日の夕飯のことも訊いてみたら仕事も溜まっているしジョルノから貰ったプリンを食べるとか言い始めているし、これはいかんってなったよね。まだスーパーはギリギリ開いている時間だったから、とにかく食事を求めてウーゴと外に飛び出したのが現在である。

「ほら着いた!とにかく詰め込め!スパゲティの麺と野菜と肉と卵と肉!肉!!」

 かごを手に取ってウーゴの目の前に差し出すと、ウーゴはポカンとした様子でそれを黙って受け取る。走ったから疲れているみたいで肩で息をしていたけれど、鬼にならないといけないと思ってその背中を押しながらスーパー内を周り始めた。
 リストランテで食べればいいだろうってウーゴは言っていたけれど、今の時間的にそのリストランテには同じような人がいっぱい駆け込んでくるだろうからゆっくり食事は出来ないと思う。しかもウーゴは仕事を持ち帰って一緒に帰ってくれたから時間は惜しいはずだ。連れ出したらあれかとは思ったけれど荷物持ち要員は必要だったから、あれこれ言って連れ出した。

「シニー、肉ってこれでいいのか?」

 食材を手に取っていちいち訊ねてくるウーゴはちょっと鬱陶しいけれど、何処となく初々しさがあってちょっと可愛いとか思ってしまう。

「ウーゴが食べたいやつ入れていいよ。」

 それと同時に今までどういう生活をしていたのか不安になったけれど、今から変えれば問題ないよね。家に帰ったら美味しいものがあると多分安心出来ると思うし、ウーゴの気持ちも変わると思う。
 もうすぐ閉店時間というのもあって食材もあまりなかったけれど、三日分くらいは買い込んで私より力があるウーゴに袋を持たせる。帰ってきたらクタクタな上パワーが出てこなかったけれど、休んでいてもお腹は膨れないから力を振り絞ってキッチンに入って、スパゲティを作りつつ肉も焼いて、茹でたスパゲティの上に焼いた肉を乗せたら缶詰のトマトソースをぶっかけるという、ボリュームが男みたいなものを作って二人で食べた。

「見た目豪快すぎないか?これ……」
「オシャンティなものばっか食べてるとそうかもね。」

 どれだけリストランテにお世話になっていたのか分からないけれど、料理の見た目を気にするウーゴってやっぱり違う世界の住人なんだろうなと思う。ブチャラティって料理しなかったのかな……そもそもウーゴは料理しないの?
 気になるけれど私も今日は仕事で走り回ったりしたから疲れている。ウーゴと暮らすにしても同棲って訳じゃないもんな。あくまでルームシェアだからあまり干渉するのはよくないだろうと思う。

(昔からのルールなんだよね……)

 ウーゴは自分の話はあまりしない。仲良くなっても自分の世界のことには触れはしなかった。
 厳しい家にいたのも知っている。声をかけようとしたら家族と思われる人がタイミング悪く連れていってしまったりもあった。「おまえはこの家の跡取りなんだから」って怒鳴られているのも聞いたことがあったし、当時の私はジョーリューカイキュー怖いって思ったもん。
 でもウーゴは逆らわないし大人しく言うことを聞いていた。いつも「これでいい」って顔をしていたから、だから深くは訊けなかった。縛られていることも子供ながらに感じ取っていたからせめて楽しい時間をと思っていっぱい遊んだ。
 ウーゴは友達。それだけでいい。友達だから一緒にいる時は友達らしく楽しい時間を過ごす……それだけ。余計なことは訊かないように、触れないように……

「聞いてるのかシニー?」
「え?」

 慎重に。
 食後のお茶を飲んでぼんやりとしていたら、目の前に座るウーゴに声をかけられる。

「なに?」

 いけない……目の前にウーゴがいるのに別の世界に飛んでいた。こんなの失礼過ぎるよね、ウーゴのことを考えていたにしても本人が目の前にいたのに気持ちを離してしまうとか。

「風呂の話をしてたんだ。シャワー派?バス派?」

 目の前にいるウーゴは視線を逸らしながら、そんなことを訊ねてくる。

「シャワーもバスもどっちも派。」

 そうだよね、それは大事だ。過ごす部屋は違くてもどうしようもなく分けられないものは共用するしかないもんね。どっちを使うかっていうのは凄く大事。

「じゃあ……朝はパン派?シリアル派?」

 ウーゴは目を逸らしたまま、テーブルの上で腕を組んで質問を続けてゆく。

「パンかなぁ……」
「カッフェとお茶だったら?」
「お茶。でも甘かったらカッフェも飲むよ?」
「新聞派?雑誌派?」
「読まない。」
「新聞は読めよ。」
「お、おう……」
「トイレットペーパーはシングルとダブルどっち?」
「ダブル。」
「……映画派?ドラマ派?」
「映画。」
「じゃあ……」

 最初はそれは知っておいた方がいいよねって思う内容だったと思うけれど、段々とズレた方向に話は進んでゆく。

「フランス映画の方が凝っていると思う。カメラワークといい背景も最高だ。」
「アメリカ映画の方が派手で楽しいよ?最近結構見るんだけど、ファンタジー系は勉強になるんだよ!」
「ファンタジーって架空の話じゃあないか?何の勉強になるっていうんだ?」
「スタンドの勉強ですぅ−!ポルナレフさんからトロイメライのイメトレ方法にちょうどいいってお墨付きもらってるから間違いない。」
「言い方腹立つなぁ、それで何を見たんだ?」

 こんなこと、ウーゴと話したことあったかなって思うようなことを話す。

「あれ、ほら。光る剣を持って悪者と戦うやつ。宇宙の。」
「ああ〜……宇宙が出て来るあたりそれファンタジーじゃあないな。」
「え!剣が出るからファンタジーだと思ってた……」

 何だろう、普通に楽しい。ウーゴってこんな話も出来たんだ。
 多分いろんなものに触れてきたんだ。映画は一人で見たのかな?誰かと見たのかな?楽しいって思ったからお気に入りが見つかったんだよね、楽しそうに話せるんだよね?

「あー……楽しいね、こういうの。」

 思わず口から素直な言葉が漏れる。
 ジョルノとはこういう話をよくしていたから、こういう好きなものの話は挨拶的な……日常会話みたいなもののように感じていたけれど、ウーゴとはこんなことは話したことがなくて日常にはなっていない。本当に最低限のことしか知らなかったしそれでいいと思っていた。

「そうだな、おまえとこういう会話はしなかったからな。」

 私の言葉を聞いたウーゴも楽しそうに笑顔を浮かべる。ウーゴ自身もどこかでこういう話をするのは遠慮をしていたらしい。私達ってお互いに距離を置いていたんだなって初めて知った。
 多分どっちかが歩み寄っていたら小さい頃もこういう話を出来たかもしれない。食べ物の好き嫌いとか、好きな色くらいしか知らなかったもん。もっとこう……ウーゴの引き出しから色んなものを引っ張り出してあげたかったなって、今更ながらに思う。

「……こうなる気がしたって言っただろ?」

 昔のことを考えてもしょうがないと思うけれど考えてしまう。そんな中で、ウーゴはもっと考えてもしょうがなかったことを話し始める。

「おまえがいない間、実はジョジョに話してたんだよ部屋のこと。そして探して頂いたんだが……意地悪をするんだよ、彼。」

 頭を抱えながら、ウーゴはどうしてこうなったのかを教えてくれる。

「後ろから撃たれそうになったり、体調不良も訴えられないシニーが一人暮らしなんて出来るのか……って、まず心配されていた。」
「は?」
「監視しないと無理じゃあないかって、ミスタも言ってたよ。」
「え??」
「ポルナレフさんは……笑ってたな。」
「んんん?」

 次々とその口から出て来る言葉はどれも私にとって耳を塞ぎたくなるくらい、痛い言葉ばかりだった。
 監視、とは?笑っていた……とは?ちょっと意味が分からない。信頼されているつもりでいたけれど、今回のことで信頼がなくなったのだろうか?一瞬頭がフリーズを起こすしショックも受ける。
 でもしっかり仕事だってしたよ?熱だって一日で下げた。仕事と勉強を両立して頑張った結果が今回体に出ちゃっただけだぞ!そして一体何に笑っていたのかポルナレフさん!

「ブチャラティもたまにやらかしてたよ。」

 納得いかないで唸っていたら、ウーゴは苦笑いを浮かべて人をすり替える。

「仕事熱心だったけど、たまに疲れが爆発するんだ。でも隠してばかりで顔には出さないで……アバッキオに叱ってもらってようやく休むみたいな感じでさ。だからおまえを見てるとミスタは心配になるんだろ。ジョジョはぼくやミスタとは違う心配だろうけれど……」

 ブチャラティに私が似ている……何だか凄くしっくりこない。
 でも何となくブチャラティの気持ちは分かる。いろんな人のために頑張りたかったんだろうな。街を変えたくて必死だったと思う。仲間がいても気持ちだけが出ちゃったのかもしれない。

「どこら辺が意地悪なの?」

 それはそれとして、ウーゴの言う意地悪が分からない。疑問に思って訊ねてみるとウーゴは再び目を逸らして、言いたくなさそうな顔をする。

「いや、おまえに言ってもしょうがないし……」

 言っておきながら意地悪をしてくる。

「いや言ってよ。私達の仲じゃん。」

 何で言わないんだよ。ジョルノがどんな意地悪をしたのか気になるじゃん。口に出しておいて黙るのはずるい。

「どんな仲でも言いたくないことってあるだろ?おまえは今日の下着の色を教えろって言われたら教えられるのか?」
「言えるよ?えーっと、今日の下着の色はぁ〜……」
「調べるんじゃあない!紐が見えてるぞ!」

 相変わらずのウーゴだった。都合が悪いとすぐに隠す。昔も転んだくせに転んでないって隠れていない膝を必死に誤魔化そうとしていたよね?思い出すと笑っちゃう……!

「まぁどうせあれでしょ、ウーゴが仕事ばっかで休まないからお前もついでに監視されろみたいな感じでしょ。」

 ジョルノのことだ。どうせなら無駄にならないようにってお互いにお互いを監視しろとかそういう感じだろう。ジョルノもわざと隣人が男の物件を探してウーゴに心配させて謀ったんだろうね?こうなるように仕向けたのはウーゴじゃなくてジョルノやミスタさん、ポルナレフさんだ。

「はぁ……いいよ、そういうことにしておこう。」

 素直じゃないウーゴは諦めたようにそう言うと、席を立って私に背を向ける。

「ぼくは仕事があるから部屋に篭るけど、疲れてるだろうしおまえは風呂に入ってさっさと寝てくれ。ご飯美味しかったよ。おやすみ。」

 淡泊な言葉だったけれどご飯が美味しかったことはしっかりと褒めてくれる。

「ありがと、おやすみウーゴ。」

 何だか煮え切らないけれど、「そういうことにしておく」ってどういうことだよって食らいつきたいけれど、ウーゴが言うように確かに私は疲れている。

(上手くやれそう……かな?)

 あのウーゴが折れてこうやって住まわせてくれているんだもん。誘ってくれたのだって優しさからだったと思う。譲れないことは絶対に譲らないけれど……私の方が年下だし、ある程度ウーゴに合わせないとだよね。嫌なことはしたくないし、この前みたいにぎくしゃくだけはしたくない。

「早く寝よう〜……」

 明日はちょっと早起きしてご飯作ったらウーゴ食べるかな……とか思いつつ、何でウーゴはシリアル派なのかパン派なのかを訊いてきたのかなって疑問に思った。


******

「一人暮らしはしょうがないと思いますが、こんな隣人が男ばかりの部屋を借りさせるのはちょっと……」
「そうだなぁ……確かに心配ですね。彼女騙されやすいし。」
「じゃあもっと女性に優しい部屋に……!」
「そんなにシニーが心配ならもういっそきみが一緒に住んであげたらいいじゃあないか。」
「え?」
「おー、いいじゃんそれ!アイツ危なかっかしいとこあるし監視は必要だぜ?」
「ミスタは人のこと言えないですよ。フーゴ、きみの家は部屋が余っているんだろう?」
「ああ……はい、それは別にいいんですけど……」
「いいのかよ。」
「ふふ、同棲みたいで楽しいだろうね。」
「言い方……」
「じゃあ同棲は壇上一致で決定ってことでいいですね?」
「待ってください、その言い方、」
「ってなわけで、シニーのこと大事にするんだよ。パニー?」
「 」


「……意地悪だ。」

 自分から話をしてはみたけれど、人に言われるとちょっと慌てるのは何故だろう?しかもいざ一緒の空間にいると、シニーがそこにいるだけで安心出来るのは何故だろう?
 死んでもシニーにだけは言いたくないようなジョジョの意地悪な言葉が、頭の中でぐるぐるとループしてしまって作業に集中が出来ないぼくだった。




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