ひそかな終末予想

――では諸君、幕間だ。ここでひとつ、必然うんめいというものについて考えてみよう。

「運命、さだめ、宿命――あの魔女は必然と称していたな。そう言葉にすれば簡単だ。口にすればなんとも陳腐だ。時間にして数秒にも満たぬ単純な単語だ。しかしそれを果たして如何なるものかと問われ、形容しようとするのは時間がかかるだろう」

しかし、説明できないことはない。シナリオ、プロット、脚本――あるいは、春夏秋冬の流れが不変のものであるように、見えざる手によって仕組まれた大きな流れであると。

「――なるほど、それは正しい」

実に正しい。的を射ている。正確だ。だが本質には触れていない。

「運命とはひとの手に余るもの。ゆえにその本質は、ひとの領域を逸脱した者であろうと触れられはしない」

――それがたとえ、かの次元の魔女と呼び習わされた女であろうとも、

「そのひつぜんだけは避けられない」

切り取られた時間の中、玉座を連想させるその椅子に悠然と腰かけ、男は嘲笑う。

必然とは運命であり、森羅万象あらゆるものにはたったひとつ避けられぬ必然ものがある。

死だ。死は避けられない。魔導の薫陶を受けた長命なる魔術師であろうともその命に限りがあるならば、死は大きな壁となってその者の前に立ちはだかる。

――ゆえに、うんめいとは恐怖である。必然とは耐えがたい憂虞である。そのようなものは唾棄すべき戯れ言だ。

切り取られた時間の中に君臨する王は微笑を浮かべる。その視線の先には、胸元の大きく開いた黒いドレスを着た女がいた。少女とも女性とも形容できる妙齢の美しい女。しかしその表情からはおよそ人間味というものが誂えたように抜け落ちている。王――飛王・リードはまっすぐに彼女を見ているようで、実際は彼女ではない別の誰か≠見ているようにも思える。実際、そうなのだろう。飛王が特定個人を除いて人間の個体に必要以上に執着するような性質ではないと、彼女自身が長い付き合いの中で心得ている。

だから、その視線に気分を害することは一切ない。彼にとってひととは盤上の駒でしかない。その事実をよく理解しているのだから。――彼女自身も含めて、一切は盤上に踊る駒でしかない。

必要なことは必要なことでやるだろう。飛王は堅実な策士だ。四方にあらゆる糸を巡らせ、この旅のために全てを整えた。だが、目的を達成するまでの過程を楽しめるかどうかはまた別の話だ。つまりはゲームのようなものである。ゲームで確実に勝つ戦術を取るのは良い。むしろ当然の義務だ。だが、義務だけでゲームを進めるのはナンセンスだ。つまらない。だから気に入ったデザインのプレイヤーを選んだり、音楽を流したり、時にはわざと悪手を打ってみたり、そうやって自分を楽しませる。

飛王が紡ぐ脚本もまた、彼が必要とする以上の個人的な愉しみ=\―好みと言えるものが混ざっている。それを彼女、星火は理解している。その最たるものが今回旅に同行することになった彼女≠セろう。異世界からやってきたと自称する少女。彼女も十中八九――というよりはむしろ確実に飛王の干渉を受けている。

否、そもそも。こうして飛王が干渉している以上、異世界からやってきたというその記憶が真実本当であるという保証はないのに

ゆえに、今彼女が抱いている感情は軽蔑と憐憫。軽蔑は飛王の思想、その行動に対して。憐憫はその飛王の指先に絡め取られてしまった、まだ話したこともない彼女≠ノ対して。

「――今日はやけに舌が回りますね」

「そう言うおまえはいつもに増して寡黙だな。かつての同胞に対して何か思うところでもあるのかね?」

「いいえ、特には」

鈴の鳴るような声が否定を紡ぎ、また黙り込む。

「先ほども言ったとおり、死とは絶対不変の理だ」

それは未だ飛王にも崩せぬ必然だ。しかし、その理を崩すためにこの旅を目論んだ。ひとはいつか死ぬ。死ねば二度と蘇らない。クロウ・リードを以てしても打ち破ること叶わなかったこの壁を打破するために。そのために、最後の一手として彼女≠ェ――未侑が必要だった。正確には、喚んで、排除するというマッチポンプじみた行為が必要だった。だからあの店≠ノ喚んだのだ。

「……少々想定外ではあったが」

ああもじゃじゃ馬だとは思わなかったが、それも既知の範囲内だ。その中身だけを殺すために、既に手は打ってある。多分に己を楽しませるためという理由が入っているが、しかしこれもまた一手。

玉座の傍らに鎮座する大鏡に、白いコートを纏った美しい青年の姿が映し出される。ファイ・D・フローライト。かつて飛王が甘言を囁き、呪いをかけ、その膝を飛王に屈した亡国の皇子の片割れ。裏切りの魔術師。

「彼にかけた呪いはふたつではなかったのですか」

ひとつは、自分より強い魔力を持った人間をその意思、是非に関わらず殺害するというもの。もうひとつは、セレスの王が第三者の手で殺された場合国が閉じるというもの。

「もうひとつ」

あの魔術師にも言っていない呪いが、もうひとつ。おそらくは魔女も把握してはいまい。

「――恋慕か親愛か。いずれにしても、主演が相手役ヒロインへの情に身を焦がし、絶望する様は見ていて心が躍るだろう。悲劇の王道だ」

さあ、ペンを動かして脚本を書き、舞台を整えたぞ。役者を選び、台本も渡した。ならばあとは特等席で観劇に徹するのみ。無駄な役者はひとりもいない。

ここにオペラの幕は上がる。

「――Disce Libens喜んで学べ。愛情も絶望も慟哭も、全ては我が願いのための贄にすぎぬのだからな」

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