青と赤の攻防

「避けてばっかいねぇできちんと倒せ!」

「でもー、アレじゃ鬼児さんすぐ戻っちゃうみたいだしー」

黒鋼の怒号に、へらりと笑みを返す。

ファイが携行している武器はこの国でダーツと呼ばれるスポーツ競技で使用する手投げの矢で、本来なら戦闘用の武器とさえ呼べないものだ。麻の繊維を圧縮して作られた的に当てることが目的のものらしいから、たとえファイが鬼児狩りだったとしても殺傷性には期待できないだろう。

ティップが鬼児に突き刺さる軽快な音が夜の街に響き渡る。黒鋼が追って鬼児を斬り伏せているが、やはり今の自分の手持ちの武器では痛打を与えることは叶わなさそうだと判断したファイは軽やかな足取りで煉瓦造りの屋根へ跳躍し、高所からの蹴り技による攻撃に切り替えることにした。

「それに、やっぱり本職に任せた方がー。ね、おっきいワンコ」

「まだテメェのいい加減な呼び名の方がマシだ!」

「ほんとにー?」

鬼児の背中に蹴擊を見舞いつつ勝手に決めた黒鋼の名前をこうして含みたっぷりに呼べば、打てば響くがごとく罵声がとんでくる。

こんな風にからかっているとき、この男の反応はとても面白い。長命で死ににくいファイから見れば普通の人間同士の年齢差など誤差のようなもので、外見的な年齢が近いからと行動を共にすることが多い黒鋼さえ、小狼と大して変わらない少年のように映ることもある。特に何だかんだとこうして律儀に反応を返してくるときの彼のくるくるとよく変わる表情は、ファイの嗜虐心と呼ぶには子供じみた感情をよく刺激してくれていた。しかし――、

――通じないか。

「反撃しろ!!」

――そうしたいんだけどねぇ……。

内心肩を竦める。投げ矢ダーツは先程の攻撃で使いきってしまった。今のファイは完全に徒手空拳であり、格闘戦技による反撃も試したが通じない。蹴りで駄目ならと拳で試しても結果は同じだろう。鬼児には特定の武器や職業――鬼児狩り以外の人間の攻撃は通じないようだ。

「けどー、オレ、これ以上武器持ってないしー」

足場の狭い街灯の上に絶妙なバランスで着地する。前方を囲まれたがまだ逃げ場は、

「――伏せろ!!」

瞬間、ファイの視界が白く染まった。眼球のような部分から光線を発射されたのだ。

一秒にも満たない刹那、ファイの脳裏をよぎったのは死という単語だった。

死――死ぬ? 誰が……自分が? ファイ≠ゥら奪った居場所いのちを返すこともなく、ここで死んでしまうのか? 魔法を……いや駄目だ、それはできない。使えば王に露見する。立てた誓いは破れない。

「っ……!」

宙に放り出され、瓦礫の山に激突する。咄嗟に受け身はとったが強かに身体を打ちつけた衝撃でやや意識がとんでしまっていたようで、次に目を開けたときには、残りの鬼児は黒鋼が全て討伐してしまっていた。

「さすが黒様ー」

どうやら大技を披露したらしく、それに耐えかねた黒鋼の刀は鈍い音を立てて根元から折れてしまっていた。なし崩しとはいえこれなら自分が出張る必要はなかったかもしれないと再びの笑顔を見せ、立ち上がろうとする。

「いっ……」

どうやら痛めてしまったようだ。そういえば先程吹き飛ばされたとき、足に鋭い痛みが走ったような気がする。幸いにも骨折はしていないようだから日常生活に支障をきたすことはないだろうが、しばらくは激しい戦闘は控えた方が良いだろう。

鬼児の消滅を見届けた黒鋼が、睨むようにこちらに視線を寄越してくる。怪我をして足を引っ張るな、とでも言いたいのだろう。

「でも、このくらいなら死なないから――」

「……死なないんじゃなく死ねないんだろう、おまえは」

大丈夫……と続けようとしたところで鈍い痛みが走り、低く悲鳴を漏らす。鞘で捻るように足首を突かれたのだ。

「俺ぁ殺そうとして向かってきた奴は殺る、生涯守ると決めた知世姫ものを奪おうとする奴も殺る。今まで何人殺したかも覚えてねぇからな、綺麗事なんざ言う気もねぇ」

だがな、と黒鋼は続けた。

「――まだ命数尽きてねぇのに自分から生きようとしねぇ奴が、この世で一番嫌ぇなんだよ」

黒鋼の真っ直ぐな眼差しには、隠しようもないファイへの嫌悪感が滲んでいた。否、隠す気もないのだろう。この男は本当に真っ直ぐだ。好きなものは好きと言い、嫌いなものは遠回しにもせず嫌いだと言う。そんな風には、オレは生きられない。突き放すことも、裏切ることも、冷たくすることも。

「じゃあオレ、君の一番嫌いなタイプだね」

そんなことは分かっている。誰より自分がよく分かっている。なのにこの男は踏み込んでくる。さっき黒鋼はからかい甲斐があると評したが、ずかずかと自分の心に土足で踏み込んでくるこういうときの黒鋼は苦手だった。嫌いと言ってもいい。

「……どっちつかずで中途半端なのもな」

「――それ、どういうことかなぁ?」

ささくれ立った感情のまま、聞かせるつもりはなかっただろう言葉へ食いついた瞬間、思ったのは「らしくないことをした」という後悔だった。

一度切られた黒鋼の視線がこちらへ戻る。

自分テメェが一等よく分かってるだろうが」

「何のことだろう、分からないね?」

「小娘のことだ。中途半端な同情心で耳飾りなんて与えやがって、嫌いなら嫌いだって突き放しゃいいだろうが」

「――――はは、随分過保護なんだねぇ。あ、ひょっとして妹みたいに思ってる? 誰かに似てるとか? だとしたらそれこそ中途半端なんじゃないかなぁ」

馴れ合わないみたいなこと言ったくせに――と言外に込めた言葉は、どうやら黒鋼からすると小馬鹿にしているように映ったらしい。あるいは地雷を踏んだのか。それ以上口を開くなと言いたげに更に激しく足首を痛めつけにかかられるが、正直に言ってファイとて愉快な気分ではなかった。

視線がかち合う。お世辞にも日常的に行動を共にしている人間に対して向けられるものではない殺気を受け流しつつ、ファイは口許を歪めてみせた。どうにも、未侑のことになるとらしくない行動をしてしまう。仮面をつけて、一歩下がって眺めていようと決めたのに、彼女のことになると冷静ではいられなくなってしまう。……いつか死んでしまうこどもなのに。自分はファイ≠ノ償うこと以外考えてはいけない筈なのに。

「――ちょっとちょっと、店の前で揉め事はごめんやで!」

張り詰めた糸のような緊張が霧散する。迎え入れてくれた店主が探していた酒場の人間だと分かって、空気を切り替えて調査に乗り出しても、彼女が心を乱す理由は分からなくて。……結局、靄がかかったような疑問はそのままだった。

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