序奏は高らかに






炎の推進力を利用して、うまいこと看板にたどり着いた火拳は、待ち構えていたのであろう船員たちに囲まれた。

「おかえりー船長!」
「おー」
「今度は振られなかったんだ?」
「まあなァ」

アタシを背負っていない肩を叩いたり、手を振ってきたり、船員と船長である火拳の距離は非常に近いように感じられた。声をかけてくる船員一人ひとりに対して、簡単ながらも応じてやる火拳の姿にも、そう思う要因はあるのかもしれないが。

「なあ、エース。今日は宴か?」
「さっき勝ったしな!」
「新しい仲間だろ?ソイツ」
「そうだな」
「よっしゃ!」
「「「「「それじゃあ、宴だーーーー!!!!!」」」」」

わーっ!と一気に盛り上がりを見せる甲板を背にして、船室の方へ足を進める火拳の背中を軽く叩いた。

「随分賑やかなものね」
「そりゃ、それなりに人数いるしな」
「そうね。で、アタシはいつになったら降ろされるワケ?」
「...わり」

それまで背負っていることをあまり意識をしていなかったかのように、溜めを作って声を漏らした彼は、アタシを立たせながら「頭痛くねェか?」と心底心配そうな声音で聞いてくる。

襟元を整え、きちんと立ち、「問題ない」と返す。話の流れに流されるままここまで来てしまったけど、乗り捨ててきたあの船には、アタシがこれまで一生懸命に集めてきたあれやこれやを残してきてしまった。

「話は変わるけど、アタシの船に航海日誌とか航海図、永久指針をいくつか置いているから取ってきて貰えない?」
「わかった。宴の前に取りに行かせておく」

お願いをすれば、あっさりと頷かれる。彼の気前の良さも覚えつつ、生活資材はどうしたもんかな、船内の案内もしてもらわないと考えを巡らせる。
「そういえばさ」と切り出された声に、「なに?」と返す。

「俺もアンタに紹介したいやつがいるんだけど、その前にアンタの名前は?」
「シャルロット・バークレイ。これからよろしく、船長」
「おう!よろしく頼むぜ」

先程は手を差し出されたから、こちらから差し伸べる。
ぐっと握られた掌に頼もしさを感じながら、「ついてこい」という彼の言葉に従う。

「シェリーの部屋も用意させっからな」
「気前がいいのね」

早速のあだ名呼びに呆気にとられつつ、言葉を返せばすぐに言葉は戻ってきた。

「仲間の部屋ぐらいは用意して当然だろ。それにアンタは腕が立ちそうだし、ちょっとくらいいい待遇してもいいと思うぜ」
「その代わりにちゃんと働けって言うんでしょ」
「そりゃあな。ハタラクモノクウベカラズ?とか、ワノクニでは言うらしいじゃねえか」

至極当然の答えに、単純・素直だけじゃない火拳の姿が伺える。
それに偉大なる航路の後半にあっという間に入り込んでくるだけのことはって、それなりの知識も積んでいるように思えた。

「そのうち期待にお答えするとしましょう」

面白い男、という思いに小さく笑みが溢れるのを自覚しつつ、前を歩く背中を追いかけることに専念することにした。




「それじゃー、シェリーの仲間入りにぃーーーー」
「「「かーんっぱーーーっい!!!」」」

参加するメンバーは入れ替わり。なし崩しで始まった宴の乾杯はすでに5回目。なんだかんだと酒に飲みなれているらしいスペード海賊団の面々でも、何人かは酔い潰れたようで高らかに鼾を書いている。

「シェリー、アンタほんと酒に強いな」
「単に自分のペースを崩してないだけ。主役が飲みつぶれてたら面白くないでしょ?」

甲板に出直してきてすぐ紹介されたマスクド・デュースという男の横で、乾杯のために掲げていたビールの瓶を煽る。
感心するような様子を見せている男も周りにいくつかの空き瓶を転がしており、「冷静で頼もしいやつなんだ」と火拳が語るに値するだけのものを持っている。

「ついでに、肝も太いようだな」
「アハハ!そうでなきゃ、女の一人旅なんかしないっしょ」
「それもそうだ」

お互いに新しい瓶に手を伸ばして、雰囲気に飲まれたように再度瓶を空へ掲げる。

「それで、アンタ一体どんだけ旅を続けてんだ?」
「片手じゃ足りないくらいの年数は船に乗ってるね。
 火拳と会った時みたいに、たまには他人様の船に乗せてもらって、下働きみたいなことをしながら、東西南北あっちこっち気の赴くままにフラフラしてきたってわけ」

交互に瓶を傾け、眼の前にあるナッツに手を伸ばしながら、脳裏に蘇る思い出に頬が緩む。海賊もそうだが、ときには民間の旅行船、海軍の手も勝手に借りながら、この偉大なる航路をぐるぐると巡ってきた。

「ほー。じゃ、相当なやり手ってわけだな」
「ソレ、火拳も言ってたけど、何をどう判断したら、そういう結果に至るわけよ?」

驚異的なスピードで船を進めている集団だから、『新世界』の過酷さも身を持って知っているだろう。けれど、アタシ個人の能力に関しては、電文と憶測でしか判断できないはず。
それなのに、火拳にしても、デュースと呼ばれるこの男が語るその言葉には、確信が潜んでいた。

「単純な話さ。アンタの背負ってる条件考えると、どんな能力であってもそれなりのものがなければ、この新世界には足を踏み入れることはできねえはずだ」
「…アタシはアタシの能力に確かに自信を持っているけれど、会って間もない人間にここまで語られるとなんだかこっ恥ずかしいもんだね」
「語るくらいには、アンタに期待してるってことさ」
「そこまで言われると逆にプレッシャーだっての」

頬をかきながら恥ずかしさを誤魔化せば、デュースはニヤニヤとした顔を隠しもしなかった。
ホント、こっちが恥ずかしくなるようなヤツ。心の中で愚痴をこぼしながら、酒瓶を天に向けた。

「おーーーい、おまえら飲んでるかー?」

なんかツマミでも取ってくる、といって席を外したデュースを見送り、辛うじて残っていた封の空いていない酒瓶を手繰り寄せれば、朗らかな声が響いた。

「「「船長、おせーよ」」」
「うっせー。おら、俺にも酒寄越せ!」

生き残っていた船員たちは、声を揃えて突っ込んでいる。
火拳も火拳で絡んでくる船員たちを押しのけ押しのけ、しっかり酒瓶数本を確保し、早速1本を空け始めているのだから、全体を俯瞰しているとどことなく大道芸人を見ているような気がしてくる。

「シェリー!!お前もこっち来いよ」
「そーだ、そーだ。さっきっからデュースと話し込んでばっかりでよー!俺達ともちょっとぐらい話ししてくれたっていいじゃねえかよォ」
「待てコーネリア、お前。その発言はただのセクハラ野郎だ」
「んだとアギー!」
「オメーら、争うんならよそでやれよ」

あっちいけあっち、と塊肉を咥えながら明後日な方向を指し示した火拳の指示に従って、飛び出していった彼らを呆然と見送る。一方の火拳は、そんなささいな揉め事など気にもしない様子で、こちらを手招きしていた。
その招きに応じて隣に滑り込めば、「乾杯っ!」と瓶をぶつけられる。

「オメーの船の荷物、必要そうなもんは全部運んどいたぜ」

あっという間に皿を空にする様子をぼーっと眺めていたら、忘れてた、という様子で火拳は口火を切った。
あの舟が一人で動かせるサイズ感のものとはいえ、それなりに荷物は積んでいた。ロープでも巻き付けてしばらく引きずりながら、少しずつ荷物を移すのかと思っていただけに、驚きを覚える話だった。

「仕事が早いね」
「そらァいつまでもここにいられねェ。
 部屋はしばらくバンシーと一緒で頼むな」
「OK。そのバンシーさんは?」

女と同室にするくらいだから、相手も女だろうと踏む。
段々と死屍累々といった様子になってきたこの甲板に、それらしき人の姿が見えないので、居所を尋ねれば「今は厨房」という返答が帰ってきた。

「ろくに飯作れるのがいねぇから、バンシーにだいたい頼んでんだ」
「りょーかい。あとで挨拶にでも行くとするわ」

これ食え、と進められた炒飯に手を伸ばしつつ、この状況を生き残らないとなーの思いが過ぎっていく。

「「おい、船長!なに俺らから新人遠ざけてくれとんじゃあ!」」
「オメーら気づくのおっそ!」

先程ダッシュでこの場を離れていた船員2人が戻ってきて、火拳の背中を大きく叩いたところで、思わず笑いがこぼれた。



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