街を歩けば其処彼処から聞こえる若い女の声。ふと視線をそちらにやれば馴染みのある制服に身を包んだ女子生徒たちが見えてああもうこんな時間なのかと思い知らされる。季節的な要因で最近は日が高いのでいまいち時間の感覚がつかめない。右手に下げた小さな紙袋を目線の高さまで上げて先程購入した品物を思い出せば彼女に贈るより先に自分用に買うべきだっただろうかとほんの僅かな後悔にも似た念が込み上げる。が、そんな物はすぐにどこかに吹っ飛んでしまう訳だが。

締め切りというものがある以上時間に追われているというのが世間一般的な漫画家のイメージなのであろうが自分にはそういったものはとことん無縁であった。ぼくに言わせれば何だって他の漫画家はあんなにも仕事が遅いんだかなァ…。鼻で笑えばやはり自分にこれは不必要な物だと紙袋を下げる。

ところであの女子生徒たちは何をそんなに騒いでいるんだか。

気になって人だかりの向こう側を覗けばショーウィンドウに飾られた如何にも下品な装飾品が見えた。無駄にキラキラと光るネックレスにリング、それにピアスまでもがご丁寧にディスプレイされている。

可愛い、なんて声が聞こえたが今時の女子高生ってのはこういうのが好きなのか?この距離からでもわかる安っぽさ。チープだ、いくら何でもチープ過ぎる。10代が身に付けるにはもしかしたら相応なのかもしれないが、いや、でもそれにしたってだな。きゃあきゃあと声を上げながら其処から離れないあたりこの下品なセンスのアクセサリーは彼女たちを魅了してやまないらしい。ははあ、こんな悪趣味な物を作る方も作る方だがこうして見るとそれなりに買い手はいるらしい。へえ、世の中って上手く出来てるよなァ。


「露伴先生」
「…なまえ」

服をちょいちょいと引っ張られて振り返れば寄せ集まっている彼女たちと同じ制服に身を包んだなまえがいた。ゆるい東風に吹かれる髪は生まれたままの黒さである。その色はなまえの幼さを引き立たせつつも、逆に大人びて見せるような気もして心底不思議だと思う。制服越しに確認出来る薄い肩に未発達な身体はどう見ても幼い少女に過ぎないのだけれど。

「露伴先生、何だか変な顔」
「ンン?」
「世間を心底馬鹿にしてるような、世の中を見下してるような、そんな顔してました」
「あながちそれは間違いじゃあないな」

わざと眉を上げて見せれば可笑しそうになまえはくすくすと笑った。まさか此処でなまえと出会うとは思わなかったが呼び出す手間が省けたのだからまあ良いだろう。手にしていた紙袋を目の前に差し出せばなまえの細められていた目は丸く形を変えた。

「え、わ、私にですか?」
「ああ」
「……あ、開けても?」
「君にあげるんだ、好きにしなよ」

そう言えばなまえは紙袋の中を覗いて目をしぱしぱと瞬かせた。少しの間があってからそれじゃあ…、と控えめながらも期待に満ちた表情のなまえが中身を開ければ彼女の瞳はこれ以上無いというくらいに丸くなる。

「時計、ですか…?」
「ああ、この前欲しいって言ってただろ」
「こ、こんな高価そうな物、貰えません!」
「オイオイ、ぼくの好意を無碍にする気か?」
「だって、前にも色々買って貰ってるのに…!」

確かに。前はバッグでその前は靴を彼女に贈った訳だがどれもなまえが直接ぼくにねだって来た物では無い。ぼくが勝手に贈っているだけの物だ。

「なまえの事だからどうせ安物の時計を買う気だったんだろ?そんな物を身に付けてぼくの目の前をうろちょろされると気に障るんだよ」
「仕方無いじゃないですか…。私まだ高校生だし買える物には限度って物がありますもん…」

まあその言い分は理解出来るがぼくの選んだ時計を突っ返す理由にはならないよな。見た目は悪くないのだからもっとそれなりの物を身に付ければ良いのになァ、なんてぼくの優しさは素直に受け取っておくべきなのだ。それなのになまえときたら中々素直に受け取ろうとしない。いい加減痺れを切らしてしまう。

「何がそんなに気に喰わない?ぼくの選んだ物が嫌なのか?」
「そういう訳じゃなくて…」
「まさかとは思うがなまえもあんな風にギラギラしてる方が可愛いだなんて思ってるのか?」

視線をもう一度例のショーウィンドウに向ければ相変わらずそこに展示されている物たちはギラギラと光を下品に反射させていた。時計を見に行った時も文字盤がぎっしりと安っぽい石で埋め尽くされたデザインの物を出されたが根本的にそんな時計じゃ時間が見られないだろうが。デザインも然る事ながら実用性も皆無とは一体誰がどう欲しがるんだそんな物。

「…ああいうのはあんまり、好きじゃないです」
「へぇ?」
「露伴先生が選んでくれたのは、可愛いって思いますけど」

申し訳ないと思っているのか歯切れが悪いのが気になる所であるがその言葉を聞いて悪い気はしない。じゃあ素直に受け取れと視線を向ければなまえは観念したかのように眉を下げた。

「じゃあ…ありがとうございます。今度何かお礼します」
「ほう、見返りを期待してた訳じゃないがそれなりに楽しみにしとくよ」

明日から付けますね、と言われて思わず頬が緩んだ。なぜと言われたらわからないがどうしたってなまえには甘くなってしまう。こうやって物を与えているのが良い証拠である。まあそれは自分の選んだ物で彼女が着飾られていくと不思議な事に欲が満たされてしまうので半分は自分の為でもあったりするのだけれど。

「それにしても今時の10代にはあんなのが人気なんだな。ぼくには理解出来ないね」
「まあ…露伴先生もうちょっとで30歳のおじさんですし…。若い子のセンスが理解出来なくても何ら不思議では無いというか」
「お、おじ…ッ!?」

目を丸くさせるのは今度はぼくの番だった。ショーウィンドウに向けていた視線を弾かれるようになまえに向ければ彼女はまたくすくすと笑う。

「嘘、冗談です」
「冗談に聞こえないね。そうかい、なまえはぼくをそんな風に思ってたんだな」
「もう、拗ねないで下さい。思った事無いですってば」
「どうだか」
「本当ですよ。…あ、でも、こうやって色々物を贈ってくれるのは…」
「…のは?」
「援助交際みたいだなって思ってました」
「え、えん…ッ!?」

先程よりも声を荒げればたむろしていた女子高生たちがちらりとぼくを怪訝そうに伺い見る。やめろ、ぼくはそんな不純な事はしちゃいない。

「オイオイオイ、ぼくが一体いつ君にそんな不純な関係を求めた?いつ身体を求めた?」
「だから、あくまでもみたいだなって思ってただけですって」

相変わらず面白そうに笑みを零すなまえを見て相反するようにぼくは溜息を零した。まあいいかと気を取り直して歩き出せばなまえもぼくの隣を歩き始める。

「もうお家に帰るんですか?」
「ああ」
「…迷惑じゃなければ、私もお邪魔して良いですか?」
「何を今更」

本当に今更だと思う。大体家に来て迷惑だと思う相手に贈り物なんてするものか。

並んで歩く二人の距離は近いけれど一定以上近付く事は無いし、ましてや恋人同士のように手を繋ぐ事も無い。なまえはぼくにとって友人であったとしても恋人では無いのだから当たり前だ。大体10以上も歳が離れてる相手と付き合うなんてそれこそ世間の目が痛い。しかも相手は女子高生。痛い、痛すぎる。健全な青少年向けの漫画を描く人間がロリコンなんて笑えない。

しかしそれでもぼくは自分の気持ちに気付いていない訳では無い。何とも思っていない相手に物を与えるものか。自分の与えた物で着飾らせようなんて思うものか。そしてまたなまえも何とも思っていない相手の家に入り浸るほどふしだらな子では無い。彼女の気持ちもうっすらと汲み取っているつもりである。その気持ちになまえ自身が気付いているのかはわからないけれど。

ここまで考えてこの想いの全てが自分の自意識過剰であれば救いようが無いと自嘲の笑みを零せばなまえが不思議そうにぼくを見上げる。何でも無いと返せば首を傾げられた。

いいや、でも絶対に自意識過剰なんかじゃないね。彼女の気持ちも、ぼくの気持ちも。さっさと想いを伝えて恋人同士になるのも悪くは無いだろうが今はこの関係を楽しんでおきたい。この想いに気付いたのはごく最近であるが暫くは気付かない振りをしておこうか。


「卒業まではロリコンのレッテルを貼られるかと思うと納得がいかないなァ」
「え?」
「いいや、こっちの話だ。何でも無い」

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