「あの、仗助くん」

意を決したように口を開いて立ち止まってしまったなまえに気付かずに俺が歩みを進めたせいでなまえと俺との間には2歩分の距離が出来ている。声を発さずに表情だけで「どうした」と問い掛ければなまえは何かを言いかけてから俯いてしまった。学生鞄を握り締める手にぎゅうと力が込められたのを見て思わず首を傾げる。

なまえと付き合ってからおよそ3ヶ月。俺達は学生らしー清純なお付き合いって奴をしている。あ、でもキスはしたけど。まあ俺も16歳だし。まあぶっちゃけて言えばそれ以上もしたい。けれどもなまえの事は大切にしたいからそーいうのはまだ後からでも良いかな〜って思ってたりもする。まあ一番に考えるのはやっぱりかあいいかあいい彼女の事な訳で。

で、そのかあいいなまえが俺の目の前で「あー」とか「うー」とか言いながら唸っている。どうした、腹でも痛いのか。思わず少し屈んでからなまえの顔を覗き込んだ。

「なまえ?」
「あの、ね。仗助くん」
「どーした?具合でもわりーのか?」
「ううんっ、違うのっ」

何回か瞬きをしてから唇をきゅうと噛み締めたなまえはその白い喉をこくんと鳴らした。それから逸らしていた視線を俺に合わせて小さな、それでも俺には確実に聞こえる大きさで言葉を零す。

「今日ね、お家に誰もいないの」

えっと、それはつまり。単純な言葉を理解しようと無駄に頭をフル回転させる。簡単な計算式を解くだけで頭が熱を持つ。元々大して出来の良くない俺の頭じゃそれだけで処理速度はぐんと落ちる。だからそれはつまり。…そーいう事だよな?オーバーヒート気味の頭で弾き出した答えは一つしか無い。今度は俺がごくりと喉を鳴らした。そして駄目押しの一言。

「仗助くんが嫌じゃ無かったら…、…私の部屋に来ない?」

…グレート。もげるんじゃないかと思うぐらいに激しく首を縦に振ったのはこれが初めてだ。











「仗助くん、飲み物用意してくるね」
「お〜、お構いなく」

パタンと扉が閉まってなまえの姿が見えなくなる。落ち着きなくきょろきょろと周りを見渡してすんすんと鼻を鳴らせばなまえの匂いでいっぱいになった。なまえを抱き締めた時と同じ匂い。なまえの部屋に入っただけで心拍数が上がっていたのに鼻先に感じ取った匂いで更に心臓は忙しなく動く。

「しかし、相変わらずでっけー家だよなァ…」

なまえの家は外観からして相当でかい。家の中に入った事はあったけれど部屋にまで入ったのは初めてだ。自分の部屋の倍以上の広さがあるこの部屋が逆に落ち着かない。そんな自分を誤魔化すかのように部屋の中をまじまじと観察する。

「…ん」

棚の上に綺麗に置かれたクマのぬいぐるみ。ぬいぐるみ、という言い方にしては随分と高そうだ。こーいうのよくわかんねーけどテディベアってやつ?なまえはこういう可愛い趣味も持っているらしい。自分が知らない一面を見れた気がして自然と頬が緩む。指でつんつんとぬいぐるみを弄っている内にもう一度扉が開く。

「仗助くん、お待たせ」
「お、サンキュー」

幾つかの氷が入ったアイスティーに砂糖を少しとミルクを入れてぐるぐるとストローで混ぜる。ぐにゃりと混ざり合うその様はまるで俺の今の心情みてーだなァ、なんて思ってみたり。沈黙が続いたのをどうにも出来なくてとりあえずストローを咥える。静かな部屋にじゅうぅと液体が啜られる音が響いた。

「…あ、のさ〜。なまえってあーゆーの好きなんだな。俺全然知らなかった」

鉛のような空気感を裂くべく苦し紛れにさっきのぬいぐるみを指差せばなまえが少しだけ恥ずかしそうに俯く。

「あ、うん…。…ああいうの持ってて似合う子って何て言うか、こう、もっと可愛い子だと思うの。私そういうタイプじゃないから…。だから、恥ずかしくて言えなかったの」

一瞬だけ俺と目を合わせてなまえはすぐに目線を落とした。何かを紛らわせるようになまえもストローをぐるぐると弄っている。

確かになまえの見た目は可愛いってよりもキレーなタイプだ。ちょっとばかしキツそうな目元なんかも相まって初対面では少し冷たそうな印象を受けた。多分、今までもそういう風に見られてきたんだろう。でも意外と内面はおっとりしてマイペースだったり、すぐに顔が赤くなる恥ずかしがりな所だったり。色んな面を見てその印象は誤解だと、この子はこんなに可愛い子なんだと気付かされた。

「なまえは可愛い。だから、ああいうの持ってても全然おかしくないけどな」
「…私、可愛くないよ。本当はもっと砂糖菓子みたいな、ふんわりした子になりたかったな」
「だから可愛いっつってんのに。大体なまえが砂糖菓子だったら俺が困るって」

言い終わるや否やなまえの唇にそっと自分のを押し当てる。合わせるだけの軽いキスをしてからぺろりと唇を舐め上げて自分の腕の中へとなまえを引き寄せた。

「なまえが砂糖菓子だったら…キスする度に溶けちまうだろーが。…俺そんなのぜってー嫌だね」

今度はわざとちゅ、と音を立ててキスをすれば顔を真っ赤に染めたなまえがいた。他の奴らはなまえがこんな表情するなんて知らねーんだろ〜な。まあ知らなくて良いんだけどさァ。俺の胸に頬を摺り寄せながらなまえは恐る恐るといった様子で背中へと手を廻した。…これってもしかして良い感じの雰囲気なんじゃねぇの〜?

二人っきりの部屋なのにわざと小さな声で「なまえ」と呼べばそれに応えるようになまえも「仗助くん」と俺を呼ぶ。背中に廻された手に少しだけ力を籠るのを感じながらその白い首筋へと顔を埋めればなまえが身体をぴくんと反応させた。そのままなまえの匂いを傍に感じながら唇を這わせる。何で好きな女の子の匂いってだけでこんなに興奮すんだろーな?甘くてそれこそ砂糖菓子みたいだ。まさか舐めたら本当に溶けたりして。舌先を尖らせて首元から耳の方へと舐め上げてみる。

「ひゃ、ぅ…っ。じょ、すけくん…っ」

なまえは溶けなかったけどその代わりに俺が溶けるかと思った。そんな風に名前を呼ばれてしまっては脳味噌までどろどろに溶かされていくような、そんな感覚に陥ってしまう。そのまま頬にキスしてからもう一度唇を重ねてそっと舌をなまえの口内へと侵入させる。歯列をなぞってからその奥へと踏み込めば小さな舌とぶつかった。ぶっちゃけ我慢が出来なくてこーいうキスを今までなまえにしてしまった事も何度かある。あるけれど、それは本当に数えるくらいで。こんなに時間を掛けてキスをしたのは初めてかもしれない。懸命に俺に応えようとする舌に自分のを絡めて何度も舐ればなまえがそっと肩を押し返す。どうやら苦しいらしい。

離れると俺の唾液でかわかんねーけどなまえの唇がてかてかと光っていた。それに加えてとろんとしたなまえの瞳。あーもー、マジで俺どうにかなりそう。

「なまえ、マジに可愛い」
「ん、んぅ…っ」

リボンを解いてからセーラー服の胸当てを外し、鎖骨、更にはその下へと唇を寄せる。自分とは違うキメの細やかな真っ白い肌。少し吸うだけで薄らと赤い痕がつく。独占欲とかそーいう物は人並み程度だと思ってはいたけど、こうやって自分の物だと主張する痕を付けるのは案外嫌いじゃないかもしれない。

ゆっくりと手をセーラー服の中へと伸ばす。背中から脇腹の方へと優しく撫でればなまえの身体が震えた。相変わらず顔は羞恥に染まって口を結んではいるが拒んでいる様子は無さそうだ。て事はなまえがどういうつもりで部屋に招き入れたかの答えはやっぱりそーいう事で。自然と口角が上がるのは仕方が無い。そのままゆっくりと手の位置を上げれば柔らかな膨らみへと到達する。

「あ、仗助くん…っ」
「…イヤ?」
「…やじゃない、よ。でも、あの。私…胸ちっちゃい、でしょ?」

確かに薄くて細いなまえの身体に相応な膨らみだ。手の感触だけでもグラビアで見る様なそれとは大分控えめなサイズだとわかる。だけど、だけども。好きな子の胸に触れて興奮しない訳が無い。最早大きい小さいの話じゃない。大体どうして女の子ってのはこんなに柔らかい生き物なんだ。こんなに細っこいのに何でこんなに柔らかいんだ。全く以て理解出来ない。

「そんなの気にしねーよ。…なまえの胸触ってるだけでどーにかなりそーなのに」
「ほん、と?」
「ん、ホント」

よかった、となまえは小さく笑みを零した。別になまえに気を遣った訳じゃない。事実だ。自分の心臓が脈打つのを痛いほど感じる。未だ膨らみに触れたままの掌からもなまえの鼓動を感じる。いつもよりも早い。興奮してるのは俺だけじゃないみたいだ。心臓が馬鹿みたいに煩い。なまえに聞こえるんじゃないかと、この部屋中に聞こえるんじゃないかと思うくらいにドッドッドッと自分の中で鳴り響く。

それはまるでこのバカでかい家を揺らすくらいの衝撃なのではないかと思うくらいで。


…ん?この家が本当に揺れてる気がするのは気のせいか?制服の中に入れていた手を急いで自分の膝の上へと戻す。

「仗助くん?」
「…なァ〜、なまえ。な〜んか俺イヤな予感すんだよなァ〜」

ドッドッドッと何かの音が鳴り響いている。しかしそれは俺の心臓の音じゃない。ましてやなまえのでも無い。なまえの方に向けていた顔をゆっくりと部屋の扉に向ける。

扉をぶち破る、なんて表現がぴったりなくらいに凄まじい勢いで扉が開けられて。そしてその向こうに立っていたのは。


「東方仗助ェ…ッ!!」
「岸辺露伴…」

どれだけの勢いで廊下を走って階段を上がって、また廊下を走って来たんだこの男。家を揺らすぐらいの勢いで、家中に響き渡る音で。そして自分に向けられる表情といったら。それこそ漫画のように青筋を立てて頬の辺りがひくひくしている。そんな表情をしながら脇にはクマのぬいぐるみを抱えている様が何とも滑稽で笑える。いや、笑っちゃ駄目なんだろーけどさァ…。

「貴様ァ…!ぼくの許可無く勝手にこの家に入りやがって…ッ!」
「ち、違うのっ!お兄ちゃん!私が仗助くんを家に入れたの…っ」

お兄ちゃん。…うん、まァ、つまりはそーいう事だ。俺の可愛い彼女はまさかの岸辺露伴の妹だった。何がどうしてなまえとあんな男が兄妹になんだよ…。姿こそはまあちょ〜っと似てっかな、て感じだけど中身は全く似てない。いや、あんなのが二人いても困るんだけど。

傍へと擦り寄るなまえの方を向いた露伴の顔は俺の時とは打って変わって穏やかな物へと変わる。

「なまえ、ぼくが留守にしてた間は何も無かっただろうな?」
「ん、大丈夫だよ」
「そうか、なら良い。ほらこれお土産だ。好きだろ?テディベア。ドイツの有名なメーカーの物だ。ちゃんとリボンも一緒に買って来た。何なら名前も付けてもいいぞ。お兄ちゃんの名前でも付けるか?ん?」
「あ、ありがとう…。あの、でもお兄ちゃんヨーロッパに取材行ってたんだよね?帰って来るのって明日じゃなかったっけ…」
「ああ、その予定だったがなまえの事が心配で早めに帰ってきた。……だが、その判断は間違って無かったようだなッ!」

もう一度怒りに顔を歪めた露伴に見つめられる。さっきまであんなに居心地の良かったこの部屋がこんなにも居辛くなるなんて、ある意味この男すげぇ。露伴の後ろではぬいぐるみを抱えたなまえが申し訳無さそうに此方を伺っている。ごめんね、と小さく口を動かしているがなまえは悪くねーしなァ…。

「東方仗助、とりあえずなまえの制服のリボンが何故解けているのかを聞こうか?事と次第によっちゃあタダじゃおかないからな…ッ!」
「ん〜…」
「ほら、どうした答えろッ!」
「…お義兄さん」
「お、おに…ッ!?」
「なまえさんを俺に下さい」
「………ッ」
「…駄目っすか?」
「………ッ」



「…駄目に決まってるだろうがアァ!ふざけるなスカタンッ!おいっ、なまえ!そいつに近付くんじゃあないッ!!…嫌じゃないだろッ!お兄ちゃんの言う事が聞けないのかッ!!?」



20150805

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