「え?」
「取材でイタリアに行くって言ったんだよ」
「いつ」
「1週間後」

顔色一つ変えずに彼は読んでいる本のページをその細い指で捲っていた。そういえば彼は以前にもグッチに用があるだのでイタリアに行っていたなと思い返す。一個人がグッチの工房に用があるって何なんだ。思い出話の一つでも、と彼に話を強請ったがこの時の彼の歯切れの悪さと言ったら他に無い。なので彼のイタリアの思い出話と言えば通訳の女の子が綺麗だった、というどうでもいい話しか覚えていない。今回も可愛い女の子を通訳として雇うのだろうか。この男、女には然程興味の無い顔をしていながら所詮男なのである。くそ露伴め、今回も泥酔して酷い目に合えば良い。

「おい、なまえ今ろくでもない事考えてるだろう」
「別に。」
「相変わらず可愛げのない女だな」

黙れ。その可愛げのない女と付き合っているのは何処のどいつだよ、くそ漫画家が。そしてそのくそ漫画家に心底惚れている自分も自分でどうかと思うが此ればかりは意識してどうにかなる物でも無いので致し方無い。

「で、イタリアにはどれぐらいいる予定なの」
「1ヶ月程」
「え、」

思いの外長い期間に目を見開く。そしてそれを出発の1週間前に聞かされる私って。1ヵ月という時間を彼は異国の地で過ごすというのか。それはこのでかい家に暫く一人きりで過ごすという事で、食事も毎食1人分しか作らなくても良いと言う事で、毎晩彼の体温を感じずに眠りにつくという事で。それって何だかとても、

「ぼくと離れるのが寂しいのか?」

気付けばすぐ目前ににやにやと口角を上げる露伴の顔があった。人の神経を逆撫でするような表情に腹が立つ。いつまでも答えない私に彼の手が伸びてきて顎を掴んで顔を持ち上げた。必然的に彼とぶつかる視線が耐えられなくて目を逸らせば更に距離を近付けた彼が「なあ、」と答えを急かすように口を開く、息が当たってくすぐったい。それでもまだ無言を貫くと彼の指が唇をなぞって薄く開かせる。

「…寂しいよ」

小さく呟けば目の前の彼は勝ち誇った顔ように満足そうに笑い、何故か私は負けた気分になった。そして更に距離を近付けた彼は唇同士が触れ合いそうなまま、如何にも親切な物言いをしたのだった。

「だったらぼくが寂しさを紛らわす方法を教えてやるよ」






彼がぎらぎらと欲望に溢れた目をこちらに向けた瞬間にろくでもない事が起きる、と思ったがまさしく大正解であった。後ろから抱きかかえられ身動きが取れないのを良い事に彼の手は裸の私の太ももをずっと撫でていた。身動ぎすると耳にぬるりとした舌が差し込まれ、中を這いまわるそれに背筋がぞくぞくとする。

「っう、やだ、気持ち悪いっ!」
「酷い言い様だな。さっきまでぼくと離れるのが嫌で堪らないって言っていた癖に」

私はそこまで言った記憶は無い。自分の良い様に勝手に物事を解釈するなんて何て目出度い男なんだ、こいつは。

「一つ聞くが、なまえは自慰行為をした事はあるのか?」
「はあ?」

私は彼の発した言葉に狐に抓まれた様になってしまった。自慰行為って所謂一人でする行為の事か。

「何で」
「ぼくがいなくてもぼくを想って自慰行為に耽れば寂しさも紛れると思わないか」

思う訳が無い。逆に聞くがどうしたらそんな考えに至ってしまうんだこの男は。こんな奴が私の恋人だと思うととてつもなくショックを受ける。

「した事ないけど」
「へぇ、じゃあ教えてやるからここでやって見せてくれよ」

いよいよショックで死ぬかと思った。奇人変人の類だと思っていたがここで遂に彼は私の中で変態という大変喜ばしくない称号を得る事となる。

「そんなのする訳…、…や、露伴、離し…っ!」

太ももを撫でていた手がいつの間にか上の方へ這い上がって胸の膨らみを包んでいた、掌でその柔らかさを堪能するように動かされ吐息が零れる。腹に廻されている手を退かそうと押し退けてみるが、敵う筈も無く逆に彼側に引き寄せられた。がじ、と耳を甘噛みされて肩がびくんと震える。耳の形に沿う様に優しく齧られて、また中に舌を入れられて濡れた音が響く頃には私は完全に力が抜けて彼に身体を預けていた。もう私が抵抗しないと踏んだのか腹に廻されていた手ももう片方の胸へと伸ばされる。両方の膨らみを確かめるように触られて、時折指で先端を捏ねられると身体が解けていくような感覚に陥る。

「んっ、あ、もぅ、やらぁ…っ」

いつも以上に胸を弄られてもどかしさから腰が動く。ちゅうちゅうと首筋を吸っている彼は手を動かすばかりで何も喋らなかったが、その瞬間手の動きすら止めてしまった。何で、もしかして自分が拒絶の言葉を口にしたから?彼の方を向いて「どうして」と問えば口元に弧を描きながら優しい声色で耳元で囁く。

「ぼくがしたみたいに自分でしてみろよ」

何で。まさか本当に私に自分で自分を慰めさせるつもりなのか。どうして相手が目の前にいるのにそんな事しなければならないんだ。抗議の意を込めて露伴を睨みつける。

「そんな顔しても無駄だな」

さあどうする、と彼が内ももをつつと撫でて、それすら快感になってしまう私はおずおずと両手を胸に伸ばす。そうっと膨らみに触れて優しく掌を動かしてみる、…あんまり気持ち良くない。

「…露伴、」
「…仕方が無いな」

助けを乞うように見上げれば彼の両手が私の手の上に重ねられた。彼の手が私の手ごとゆっくりと胸を揉み拉くとまた鈍い快感が身体にじんわりと響く。強弱つけて触らないと駄目なんだ、なんてぼうっとした頭の片隅で思いながら私も手を動かす。彼の手も離れて、自分の意思で自分の胸の膨らみが形を変えていく。

「はあ…っ、あ、…っ」

その内に膨らみだけの刺激じゃ物足りなくて胸の先端へと触れる。自らの手で訪れた刺激によって既に固くなっているそこを指の腹で潰すようにすると一際高い声が漏れ出す。思わず恥ずかしくて唇を固く結んだ。彼の顔は見えないけどさぞ楽しそうに私のこの行為を眺めているに違いない。

「声は我慢するな」
「っ、うぁ、んん…っ、あぁっ」

彼にキスされたせいでまた声が漏れ出した。口付けをしながら露伴が腰を押し付けるけれどそこに彼の熱くなった物を感じてそれだけで声が零れた。自分だって興奮してるんじゃないか、こんなまどろっこしいやり方じゃなくて、露伴の手で触れてほしい。いつもみたいにして欲しいのに。彼はどうやっていたっけ、なんて思い返しながら親指と人差し指で胸の蕾を摘まんでみる。くにくにと動かせばまた身体を震わせて唇を半開きにして嬌声をあげる私は彼の目にはどう映るだろうか。

「そこだけじゃイケないだろ」

そう言って彼は下半身へと私の手を誘導させる。恥ずかしさから内ももを擦り合せていると露伴の静かな笑い声が耳元に響く。ほら、と指を動かすように促され彼の両手が私の足をぐいと広げて、私はもう一度自分の恥ずかしい部分へと指を伸ばした。

「あ、んぅ…っ」

中指がぬる、と柔肉に包み込まれる。恥ずかしいぐらいに濡れている事実に下腹部がきゅんとして愛液が纏わり付いた指でゆっくりと割れ目をなぞってみるけどくすぐったくて焦燥感すら感じる。

「なまえの其処が、どうなってるか教えてくれよ」

またこの男は意地の悪い事を言う。この状態でどうなってるかなんて言わなくてもわかるだろう。彼が私の右肩に顎を乗せて囁くように言う物だから私はそれを拒否するように左へ外方を向く。と、急に背中を支えていた彼がいなくなって身体がふわりとした浮遊感に包まれる。そのままベッドで仰向け状態になった私を覗き込むように露伴の顔が目の前にあった。

「教えてくれないなら自分で確かめるから良いけどな」

え、と思った瞬間に彼は私の足を更に広げるとその間に顔を埋めた。彼の息がかかるぐらいの距離でそこをまじまじと見つめられて、私は身の置き所の無い羞恥に駆られた。彼を離れさせようと押し退けても意味が無いし、それどころか指で割れ目を広げてくる始末である。

「は、凄いな、なまえの此処」
「や、だあ…っ、見るな、ばかあ…っ!」
「ほら、ここ好きだろ?」

そう言いながら彼は指で私の粘膜のある部分を擦り始めた。彼が指を動かす度に全身が小刻みに震える、我慢したいのに耐えられない。

「あっ、そこ、いやぁ…っ、だ…め、あ、あっ、」
「よく言うよな、こんなにクリトリス腫らしてる癖に」

ここだ、と彼は私の指を誘導した。自分のこんな所を触るのなんて初めてだ。もう一度ぬるぬるとした液を指に付けてから教えられた場所を露伴がしてくれたみたいに擦り付ける。どうしよう、気持ち良い。

「は、あ…っ、あ、あぁっ、んぅ…っ、」
「なまえの此処ひくひくしてる。」
「や…あっ、見ちゃ、やだ…、見ないで、よぉ…っ」

只でさえ恥ずかしい自慰行為を間近で彼に見られるなんて羞恥の極み以外の何物でも無い。恥ずかしくてやめたいのに指が止まらない。露伴がその行為を見ているかと思うと鼻の奥がつんとして目の淵から涙が染み出てくる。

「なまえ、今凄く厭らしい顔してるのわかってるのか?」

言いながら露伴の指がぬぷ、と私の中に埋め込まれる。指の根本まで埋められてからゆっくりと動かされて、私はそんな彼の質問に答えられる余裕なんてとうに無かった。自分で与えられる快感と彼の指によって与えられるそれのせいで身体にじりじりと何かが込み上げる。もう少し、もう少しで、といった所で彼の指が引き抜かれる。

「ろは、な…んでっ…、」
「だから、ぼくがしちゃ意味ないだろ。ほら自分でもやってみろよ」

羞恥心よりも快感が競勝ってしまった私は空いている方の手の指を自分の中に入れる。中ってこんなに熱いんだ、なんてどうでも良い事を思いながらゆっくりと指を動かす。水音を響かせながら私は必死に指を動かして、自分に与えられる快感に酔いしれた。自分で粘膜を擦りながら、中も刺激する私は何てふしだらな女なんだろう。

「自分でするのがそんなに気持ち良いか、なあなまえ」
「あ、あっ、きもち、ぃ…っ、ろはん…っ、ん、はあっ、」
「ほら、もうイきそうなんだろ。ぼくが見ててやるからイっていいぞ」

嫌だ、見ないで欲しい。そう思う反面、彼に見られて自分を慰めているかと思うととても興奮してまた何かが私をじりじりと追い詰める。こんな恥ずかしいのに、こんな嫌なのに。誰かに首を絞められたみたいに喉の奥がきゅうってなって苦しくなって、涙がぽろぽろ零れて、遂に私は限界を迎える。

「も、だめ…っ、ろは、ん、露伴…っ、あ、ああ…っ!」

私はびくん、と身体を反応させてからはあはあと大きく肩で息をした。未だ締め付けをしている所からゆっくりと指を引き抜くと中からぬる、と大量の液が溢れ出てくる感触がした。呼吸が定まらないし視界もぼんやりする。

「初めての自慰行為の感想は?」

ぎし、とベッドを鳴らしながら私の顔のすぐ横に肘をついて様子を伺うこの男、至極満足そうである。何で私がこんな目に合うんだ、馬鹿野郎。ぎり、と彼を睨んでみても所詮意味が無い。

「随分と気持ち良さそうだったなァ」

にやにやと顔を歪めるこの男、馬鹿野郎どころではない、大馬鹿野郎だ。勝ち負けの話では無いがどうせ自分の勝ちだと思い込んでいるに違いない。くそ露伴め、まだ勝負は終わっちゃいない。

「ぼくが居なくてもこれで暫くは気を紛らわ」
「露伴」

いきなり名前を呼んで、首に手を廻してやれば面食らったような表情の露伴。計算ずくの上目使いで自分が出来る限りの猫撫で声で彼に思いっきり甘えるように口を開く。

「私、露伴にされるのが一番好き。ね、露伴…」

そう言ってキスを強請るような仕草を見せると彼の喉がごくり、と動いた。ざまあみろ、くそ露伴め。そうやって私がされたみたいに露伴も余裕が無くなれば良いんだ。その後、彼にこれでもかとベッドの上で可愛がられる羽目になったが少しばかり余裕の無い露伴が見れたのでまあ良しとしようか。


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