先程までの熱に浮かされた表情とは一転してなまえはぼくに組み敷かれながら憂わしげな其れを見せた。痛みを伴う行為だとわかってしまっているのだから当然と言えば当然か。軽く腰を押し付ければ避妊具越しになまえの柔肉が自身の先端に絡み付いた。入口の部分こそ男を受け入れる準備は出来ているが果たしてその奥は。

名前を呼べばなまえのやや虚ろな瞳がぼくを捉えた。しぱしぱと何度か瞬きをして改めてこちらを見上げてから小さく頷いた彼女に軽く唇を重ねる。こんなに丁寧に女を相手にしたのは恐らくきっと初めてだ。なまえが処女だったからそうした訳じゃない。きっと彼女に経験があったとしてもぼくはこうやって大切に扱っただろう。

軽く深呼吸をしてからゆっくりと腰を推し進める。本当ならば一気に貫いてしまいたい。それぐらいに自分は興奮して快楽を求めている。自分の手によってあんなに翻弄された彼女を見て興奮しない男が何処にいる?だけども、今は自分の欲は押し殺さなければならないのだ。

「ん、ぅ…っ」

なまえのくぐもった声が聞こえた。眉間に皺を寄せながら目を固く閉じて、唇を噛み締めるその表情はまさしく破瓜に耐えている物だった。それでもまだ自分自身は半分も埋まっていない。今まで何人も受け入れた事の無い部分が自分を拒もうとしている。狭くてきつい肉壁は自分を簡単には受け入れてくれそうに無い。このまま無理矢理捻じ込んでしまえば事は簡単に終わるかもしれないがそんな訳にはいかない。痛みに耐える姿を見てこんなにも胸を痛めているのに何故そんな事が出来ようか。

「なまえ」

腰は動かさずにゆっくりと彼女の上に覆い被さった。目をきつく閉じたままのなまえには余裕なんて物は到底無く、此方の事にも気付いていない。それでもそのまま柔らかな唇へと自分のを押し付ける。触れ合うだけのキスをしてからぷっくりとした下唇を優しく噛んで、それから舌で舐め上げればうっすらとなまえが目を開けた。

「ろは、せんせ」
「もう少しだけ力を抜いててくれないか」

言いながらもう一度口付けをする。小さな舌を吸い上げて自分のと絡めればなまえの身体から少しだけ力が抜けた。すまない、と声になる事の無かった謝罪の言葉を心の中に留めながら更に腰を奥へと推し進める。途中でなまえの小さな悲鳴が自分の口内へと消えていったのがわかったがその甲斐あってかやっと自分自身が彼女の中へと納まった。唇を離せばいつの間にか泣いてしまっているなまえに気付く。

男の自分には当然ながら破瓜の痛みなんて計り知れない。小さな身体で彼女はその痛みに耐えているのだ。そんななまえを見て今更になって自責の念が激しく迫る。彼女と男女の交際をした以上は何れはこういう行為をしても可笑しくないと思っていた。だけども、こうやって行為に及ぶきっかけになったのは自分の醜い嫉妬だ。なまえが他の男に取られるんじゃないかと不安になって、相手を妬んで、それでどうすれば良いかわからなかった自分はこうやって彼女を自分の物にしようとしたのだ。なまえの全てを自分の物にしてしまえばそんな気持ちも拭えるかもしれないと思った。短絡的で実にエゴイズムな考えだった。

なまえを大切にしたいと思っているのにどうしていつもこうなってしまうんだ。この前だって結局は自分の欲を最優先にした。今だってそうだ。本当ならこういう事だってもっとゆっくりで良いと思っていたのに。それなのに。

「せ、んせ…」
「…これでちゃんと君の中に全部納まった。痛むか?」
「ん…ん、へーき、です…」

薄らと額に汗を浮かべたなまえの言葉はぼくを心配させぬ為の言葉だ。額に張り付いた前髪を掬い上げてからそっと唇を落とせば、彼女の目の縁からぽろりと涙が流れた。

「へ…き、だから…。だから、動いて、下さい」
「なまえ」
「ろはん、先生の、好きなように…」

途切れ途切れに言葉を紡いでなまえは力無く笑った。本来ならばもっと時間を掛けて彼女を愛さなければならなかったのだろう。けれども自分にはそんな余裕なんて到底無かった。そもそも嫉妬に狂って幼い彼女を女にするような人間に端からそんな物は期待しないだろうが。余裕の無い自分を彼女は見透かしていた。すまない、と今度は声になってその言葉はなまえの耳にも届く。白く細い腕が首に廻されてからゆっくりと腰を動かし始めた。

「ひ、あ…っ。……ん、ぅ……っ」

再びなまえが小さく痛みを鳴いてから唇をきつく結んだ。荒い呼吸をしながら単純な動きを繰り返せばなまえの中がきつく自分自身を締め上げる。彼女の事を思って早めに終わらなければ、なんて思っていたがそんな心配をせずともこれ以上無い位に自分は昂っていた。限界の存在をすぐ其処に感じる。廻された手が自分の背中を掴んで薄らとした痛みを感じた。組み敷かれたなまえが耐えるようにした行為だとすぐにわかったがこんな時ですら彼女はぼくに気遣っている。思い切り爪を立ててしまえば良い物を加減をしている。いつまで経っても背中には鋭い痛みは降って来ない。

「なまえ…っ、ぼくに気を遣うな…っ」

自分が与える痛みと圧迫感に耐えながらなまえがふるふると首を横に振った。こんなにもぼくは自分本位な人間だと言うのに。それなのに。

「頼むから、ぼくにも恰好をつけさせてくれよ…っ」

言えばやっと背中にぎり、と爪が立てられた。少しだけその痛みに顔を歪めたがこんな物はなまえの感じる痛みに比べたら程度が知れている。

「せんせ…っ。あ、ぅ…っ、ろはん、せんせぇ…っ」
「なまえ…っ」
「…っ、露伴…せん、せ…」
「なまえ…、なまえ…っ」

うわ言の様に自分の名前を繰り返し呼ぶ彼女に応えるように何度も名前を呟く。他人にこれ程愛おしいという感情を持ったのも、他人の体温をこんなにも心地良いと思ったのも初めてだった。なまえ、と呼ぶだけでどうしてこんなにも胸が締め付けられるのだろうか。色んな感情が自分の中で渦巻いて込み上げる。ああ、もう限界だと思った。

「ろは、せんせ…ぇ。好き…です…っ」
「なまえ…っ」
「好き…っ、好きなんです…っ」
「なまえ、ぼくも、君が…っ」

そのまま思い切り彼女を抱き締めれば脈打つ自分自身が避妊具の中へと全てを吐き出した。乱れた呼吸を整える間も無くなまえの頬を柔らかく両手で包めばもう一度名前を小さく呼ばれる。心の底から、愛おしいと思う。

「ぼくも君が、なまえが、好きだ」

少しだけ間を置いてから満悦の表情でなまえが目を細めると溜っていた涙が零れてぼくの手をそっと濡らした。
















「本当に送って行かなくて大丈夫なのか」

三回目の言葉を口にするとなまえは「露伴先生は心配性ですね」と笑う。すっかり時刻は夜になってしまったが季節のせいか外はまだ薄明りだった。それでも彼女一人を歩かせるのは心配だったし、何よりあんな行為の後では尚更。そう思っての言葉だったのだがどれも全て「まだ外も少し明るいし大丈夫です。今から帰れば暗くなる前に家に着きますし」と返されてしまった。

本当ならばあの後はゆっくりとベッドの上で微睡んでから、一緒に風呂でも浴びて時間を過ごしたい所ではあるが明日も平日。なまえは学校があるので早々に帰らなければならない。そうだ、ぼくはなまえの事を何も考えずに彼女に行為を迫ってしまった。結果としてなまえがぼくを受け入れたから良かった物の妬みの感情が先走って行為に及ぶなんてどうかしている。彼女にわからぬよう小さく溜息をついた。

それでもなまえはぼくを受け入れて、行為の最中はあんなにも自分の名前を呼んで好意を伝えてくれた。今はそれで良いのかもしれない。その事実だけで心が大分楽になったのは間違い無いのだから。

けれども自分の心の中の影は完全には拭い切れない。なまえの鞄で揺れる小さなイルカのキーホルダーを見て少しばかり胸が痛んだ。自分の脳裏にあの白い男が再び思い浮かぶ。彼が大人の男だと自分でも思うから、こんなにも気掛かりになってしまうのだろうか。いつだったかなまえが「身長おっきかったなあ」と何処か嬉しそうにあの男の事を話した事を未だに気にしているのだろうか。


「例えば、ぼくが」

玄関のドアノブに手を掛けたなまえが不思議そうに此方を見つめた。

「ぼくが、もっと大人で、身長も大きくて」

あの男のようだったらもっと自信を持てたのだろうか。最後まで言葉にする事は出来なかった。馬鹿らしい、と喉の奥へと飲み込んで気まずさから無意味に頭を掻く。

こつん、と自分の靴のつま先となまえのローファーのつま先がぶつかった。見ればなまえが目の前まで来てぼくの顔を覗き込んでいる。そりゃあそうだ。いきなりそんな意味のわからない言葉を呟かれれば気になるに決まっている。何でも無い、と紡いだ言葉はなまえによって遮られた。

「露伴先生は大人ですよ?」

何を言っているんだと言いたそうな顔でなまえは首を傾げた。まあそれは君ぐらいの年代から比べたらぼくは大人かもしれない。こうやって家を持って収入もあって、車もバイクも運転出来て。でもぼくが言いたいのはそういう事じゃなくて。もっとこう、精神的な意味合いの話で。それでも言えば言うだけ墓穴を掘りそうな気がしたのでぼくは何も答えずに俯くだけだった。

「それに、」

唇に柔らかい物が触れた。揺れる髪の残像を見て、時間差でふわりと香る彼女の匂いを感じて、なまえから自分にキスをしたのだと実感するまで少々の時間を要した。

「露伴先生があんまり身長大きいと、私からキス出来なくなっちゃいますもん」

だからこれぐらいが良いな、と頬を緩めた彼女は自分からキスを仕掛けた癖に耳までを赤く羞恥に染めた。つられてぼくも右手で思わず顔を隠してその熱さを嘆く。こんな風にされてしまっては参った、と白旗をあげる他無い。「それじゃあ」と逃げるように玄関の扉を開けたなまえの手を掴んで引っ張れば勢いよく彼女が自分の胸へと納まる。

自分の胸へと顔を擦り付けたなまえが何か言いたげな表情で顔を上げた。「いきなり何するんですか」とでも言いたげだがそんな言葉を発される前に今度はぼくからその唇を奪った。中途半端に開いたままの扉が風を受けてキィ、と音を立てる。夏の匂いが鼻を霞めた。

つまらない事で悩んでいた、と今になって自分を笑う。あんなに心にぽっかりと穴が開いたような頼りない気持ちがなまえの行動一つでどうとでもなってしまうなんて。唇を離して改めてなまえを強く抱き締めた。

「今日はやっぱり君を送って行く」
「…え、あの、でも」
「だから、もう少しだけ今日はぼくの傍にいてくれ」

目を見てそう言えば少しだけ困ったように、照れたようになまえは眉を下げてからこくりと頷いてぼくの胸へと恥ずかしそうに頬を擦り付けた。

「…さっきは露伴先生は大人だって言いましたけど」
「何だよ」
「…意外と甘えんぼさんですね。…なんて」
「………」




そんなの、君だからに決まってるだろ。




20150710


ALICE+