『愛とSEX』

何とも直接的な表現で逆に清々しいくらいだと思う。こんなフレーズを堂々と雑誌の表紙に載せるなんて凄いセンスだ。机の上に置かれた雑誌を見てごくりと喉を鳴らす。

そもそも何で私こんな雑誌買ってしまったんだろう。えっと、今日は確かピンクダークの少年の最新刊が出るから、それで本屋に行って。それからついでにファッション雑誌でも買おうかな〜って雑誌コーナーに行ったら思わずこの雑誌が目に入って。愛とSEX。思わず周りを確認する。幸いあんまり人がいない。ちょっと、立ち読みするだけ…。

そっと手に取ってぱらぱらと捲れば其処に書かれていた情報もこれまた中々大胆な物で。『SEX版男子の本音』せ、せっくす版男子のほんね…。何てページなんだ、と思う反面知りたいと強く思ってしまうのは仕方の無い事で。勿論そんなページを見て思い浮かべたのはたった一人の自分の想い人。

……これ見て勉強したら露伴先生、喜んでくれる…?

そんな事を思ってしまっては立ち読みだけで済む筈も無く。こうしてこの雑誌はまんまと購入する羽目になってしまった。就寝前のひと時、恐る恐る表紙を捲る。細かい小さな文字を読んでは「はあ」とか「ほう」なんて間抜けな声を上げる。…そうか、男の人ってやっぱりセクシーな下着が良いんだ。すけすけでTバック…。そういうのを付けたら露伴先生も私にどきどきしてくれるのかな。今度買ってみよう。

そもそも自分には色気という物が皆無な気がする。どうしてだろう。年齢のせい?じゃあ何で由花子は同い年なのにあんなに色気があるんだろう。胸の大きさ?お風呂上りで下着を着けていない胸をパジャマの上からふにゅふにゅと触ってみる。…発育不良って訳じゃ、無いと思うんだけどな。

思わず溜息が零れた。こんなんじゃいつか露伴先生に愛想つかされちゃう…。自分の目の前から彼がいなくなってしまうのを想像しただけで視界がじわりと滲む。…そんなの、やだ。……うぅぅ、悪い方に考えちゃ駄目だ…っ。そうならないように勉強すべくこの雑誌を買ったんじゃないか。ぶんぶんと頭を振ってから次のページを捲る。

『フェラチオをしてもらいたいと思う? 思う90%』

……、ふぇら…?先程からこの雑誌には自分の知らない単語が出てくるけどこれも知らない単語だ。うーん、男の人の9割がして貰いたいって思う物?て事はきっと露伴先生もそう思ってる?気になってすぐに携帯で調べてみる。

…………。

え?ちょ、ちょっと待って。な、舐めるの?男の人のを?それが普通なの?意味がわかった途端にぐんと体温が上昇して、熱が籠った頭からは疑問符しか浮かばない。だって、男の人のを舐めたり口に含んだりって普通じゃない、よね…?

今までの露伴先生との行為を思い返してみる。露伴先生にそういう事を要求された事は無かった筈だ。寧ろ行為の最中は先生にされるがままで、彼に何かをしてあげる余裕なんて毛頭無い。露伴先生の手で触れられて、指で、舌で翻弄されて。…舌?…そういえば先生は私の身体の至る所を毎回舐めていたような…。もしかして舐めるのって当たり前な行為なの?だから、つまり、私が露伴先生のを舐めたとしてもそれはおかしくないっていうか、寧ろそれは普通なのでは…?

まさに青天の霹靂。自分に色気が無いのはもしかしてこういう事への積極性が欠けていたからでは無いだろうか。いつもいつも受け身で、こういう知識も無いに等しかったからでは?…そうだ、きっとそうに違いない。そうとわかったら今から勉強しなくては…!

そしてこの日から猛勉強が始まるのである。












「オレンジと林檎とレモン、それにミルクもある。どれが良い」

幾つものアイスバーを持って露伴先生は目の前に差し出した。連日暑いからって私の為に買って来てくれたみたいだ。こういう所、優しくて好きだなって思う。

「ん〜…、迷っちゃいます」
「甘いの好きだろ?ミルクで良いんじゃないのか」
「うーん、でもオレンジも気になるんですけど」
「いや、ぼくはミルクが良いと思うが」
「……?露伴先生、やけにミルク推しますね」
「い、いや、別に他意は無いぞ。ただ、なまえは甘い物が好きだからミルクが一番好きなんじゃないかと思っただけだ」
「じゃあ露伴先生の言う通りにミルクにします」

べりべりと袋を剥ぐって円柱状のアイスバーを口に含めばそれだけで体温が一気に下がった風に感じるから不思議だ。自分の熱さのせいで柔らかな甘さのアイスバーが舌の上で溶ける。

「…美味いか?」
「ん、おいひいれす」

口に含んだままで頷けば露伴先生は心底満足そうに笑った。最近思うんだけど露伴先生の笑い方には何種類かある。意地悪を言う時のにや、って笑いとえっちの時のにやぁ、って笑い。今のはどっちかっていうとえっちの時の笑いだった気がするけど気のせいかな。まあどっちの笑い方をしても格好良くてどきどきしてしまうんだけど。相変わらず露伴先生はずるい。

でも露伴先生をどきどきさせるべく私だって頑張ってるのだ。昨日だってベッドに潜りながら携帯で一生懸命舐め方を勉強したし。うーんと、何だっけ。先端にキスするようにしてから、唇で輪郭をなぞるように動かして。えっと、それから舌でぺろぺろすれば良かったような。目を瞑って頭の中で復習しながらアイスバーをそう舐めればつう、と溶けた白い液体が指を濡らす。思わずぺろりと舌で掬えば目の前で凄い音がした。見れば露伴先生が床に突っ伏していた。

「よ、予想の上を行く展開が待っていようとは…ッ!」
「ろ、露伴先生、大丈夫ですか?」
「いや、ちょっと暑さで立ちくらみがしただけだ…」
「立ちくらみ…」

やっぱり毎日お仕事してて疲れてるのかな。その後、膝枕してうちわで扇いであげたら露伴先生は私の名前を呼んでから気を失ってしまった。うう、やっぱり先生疲れてるみたい。







※※※









「露伴先生、ちょっと休憩しませんか〜?」

コンコンとノックをしてから作業部屋に入れば丸まった露伴先生の背中が見えた。今日は私がこの家を訪れた時からこうやって先生は部屋に籠って漫画を描いている。何でも急な仕事が入ったらしい。

「あの、飲み物用意したんですけど」
「…ん、其処に置いておいてくれ。後で飲む」

目線は相変わらず原稿用紙に向けたままで露伴先生はそう返した。ドシュドシュと凄い音を立ててインクが飛んで行く。傍に真っ白な原稿用紙が積み重なっている所を見るとこの作業はまだ終わらなさそうだ。一体いつからこうやって机に向かっていたんだろう?ご飯、ちゃんと食べたのかな。

「他の漫画家は不規則で自堕落な生活を送っているかもしれないが、そういう奴らとぼくを一緒にしないでくれよ。自己管理は出来ているつもりだ」いつだったか露伴先生はそう言っていたけどそれでもやっぱり心配だ。この前だって、立ちくらみで倒れてたし。

ギシ、と椅子が軋む音がした。ペンを置いた露伴先生が首を鳴らしてから此方を向く。今日初めて露伴先生の顔をちゃんと見た気がする。

「悪いな、君の相手をしてやれなくて」

ぶんぶんと首を横に振れば露伴先生がふっ、と柔らかく笑った。それだけで心臓が跳ねる。それから露伴先生は両手を広げた。声は発されなかったけど表情を見れば「おいで」と言われている気がしてそのまま腕の中へと吸い込まれる様に近付く。そして膝の上、いつもの定位置へと座らされた。ぎゅう、と抱き締められて露伴先生が私の首筋へと顔を埋める。すん、と鼻を鳴らされてくすぐったいのと匂いを嗅がれている恥ずかしさから身を捩じらせればもう一度露伴先生が笑う。

至近距離で交わる視線に再び心臓が大きく跳ねる。付き合って数か月経つのにどうしていつまでもこの人にはどきどきしてしまうんだろう?露伴先生も、私にどきどきしてくれてると嬉しいんだけどな。そんな事を考えていたらそっと頬を撫でられた。体温を確かめるように優しい手つきで撫でられて、それから人差し指で唇の輪郭をなぞられる。何回も指が自分の唇の上を行ったり来たりして、それがくすぐったくて、でも何だかぞくぞくってして。はあ、と吐息を洩らせば薄く開いた唇の隙間から露伴先生の人差し指が差し込まれた。指の腹で舌を撫でられて身体がぶるりと震える。

思わずちゅう、と指を吸えば今度は露伴先生が肩を震わせた。露伴先生、指舐められると気持ち良いのかな?ちょっとだけ嬉しくなってそのまま指に舌を這わせる。下から上へ舐め上げて、爪先を前歯で軽く噛んで。それからその部分を動物が傷を治すみたいに舌先で何度も舐めてから指全体をもう一度口に含んだ。んん…、指でも結構舐めるのって難しい…。もっと勉強しなきゃ駄目みたい。ゆっくりと指を口内から出し入れして最後に爪先にキスをした。咥えるのって大変なんだね。今日の夜は自分の指を使って練習してみよう。そういえばふぇらにも何種類かあるって事を昨日知った。手でしたり、胸を使う奴もあるらしい。それもきっと出来るに越した事は無いんだろうな。う〜ん、今日は勉強しなきゃいけない事がいっぱいあるなあ。

「…なまえ、君なァ…」

え、と顔を上げれば変な顔をした露伴先生がいた。先生は溜息を一つ零してから机の上に置かれた物を腕だけでどかしてしまった。ぞんざいな扱いにトレス台はガタガタと音を立てて筆箱に収まっていた何種類ものペンは何本か床に落ちてしまっている。咄嗟に拾おうとしたけれどそれが叶う事は無かった。

無理矢理空けられた机のスペースに露伴先生が私を座らせる。あれ、と思った瞬間には私の視界は露伴先生で覆われた。

「ろ、露伴先生、お仕事は…」
「そんなの、後で良い」

噛み付くようなキスをされて、そのままゆっくり押し倒されればその衝撃で何かが音を立てて床へと落ちる。はらりと舞い上がる紙が視界の隅に入って自分が落としたのは原稿用紙だったのだと思い知らされた。どうしよう、先生の大事な原稿が。そう思ったけれど今日初めて感じる露伴先生を何よりも最優先にしたくて、結局私は何も見なかった振りをしてゆっくりと瞼を閉じた。






結局この日もこれでもかと言うくらいに露伴先生に翻弄されっぱなしになったんだけれども、一体いつになったら私の勉強の成果発揮できるのかなあ…。



20150808



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