あのね、本当にたまたまだったの。一番奥の部屋を覗いてみたかったから露伴先生に「買い物に行って来て良いですよ」なんて言った訳じゃなくて、本当にその時はそう思ったから言ったまでで。下心があった訳じゃなかったの。



今日はお昼ご飯なに作ってあげようかなあ。露伴先生に「何が食べたいですか?」って聞いてもいつも「君の作った物なら何でも構わない」しか言わないんだもん。何でもいいが一番困るのになあ。ん〜、何がいいかなあ。そう言えば露伴先生今日もちょっとだけ顔色が悪かったな。最近ちゃんと寝てないみたいだけどもしかして昨日も夜更かししてたのかな。もしそうならちゃんと栄養がつくものを作ってあげなくちゃ。

トントンと音を鳴らして階段を上がって仕事部屋に入ってみればインクの匂いが鼻を霞める。インクの匂いなんて最初は嗅ぎ慣れなくて変な匂いだなあっていうのが第一印象だったけれど、今となればこの匂いを感じればすぐに露伴先生の事を思い出してしまってそれだけで胸がきゅうってなってしまう。この独特の匂いで充満した部屋にいると露伴先生に抱き締められてるみたいでどきどきしちゃう私ってやっぱり変なのかなあ。

「あ、やっぱり…」

大きな机の上に置かれたマグカップには真っ黒な液体が少しばかり残っていた。普段紅茶しか飲まない露伴先生がミルクも砂糖も入っていないコーヒーを手元に置く時は大体は夜更かしをしている時だ。もう、夜更かししちゃ駄目ってこの前も言ったのに!

すっかり中身は熱を無くして淵には乾いた液体がこびり付いているあたり、このコーヒーはもう飲まないだろうから片付けてしまおう。マグカップを片手に仕事部屋の扉を閉めればふと気になった一番奥の部屋。露伴先生はあの部屋を「単なる資料部屋だ」って言う。気になる。とっても気になる。だって、露伴先生の仕事部屋にも沢山の資料と思しき本がずらっと並んでてそれは「見てもいい」なんていう癖にどうして一番奥のあの部屋は「見るな」って言うんだろう?資料の中にも見てもいい物とそうでない物があるんだろうか?よっぽど大切な資料か何かなのかな?何回かこっそり開けてみようとしたけれどいつだってこの部屋は鍵がかかっていたし、露伴先生に直接頼み込んでみても結局はうやむやに誤魔化されるだけ。やっぱり、気になるよ。

大きなこの家には今私しかいないのに、訳もなくそーっとその部屋に近付いてみる。多分、鍵かかってるんだろうな。大して期待もせずにドアノブを捻れば右手に感じたのはいつもとは違う感触。ガチャリと音を立てていとも簡単にその扉は開かれた。

「あ、ど、どーしよ…」

薄く開いた扉の隙間からじゃ中の様子は見えてこない。この扉を開けたのは自分の癖に開いたら開いたで酷く躊躇してしまう。露伴先生には入っちゃ駄目って言われてたのに、勝手に入ってもいいのかな…駄目だよね…でも…。

…少しだけ、覗くだけなら…。

キィ、と音を立てて開かれた扉の奥へとそっと足を進める。ここまで秘密にするなんて一体何があるんだろう?なんて喉をこくりと鳴らしてみたけれど自分の目に飛び込んで来たのは大きなガラスのショーケースに飾られた女の子達のお人形。色んなアニメのキャラクターと思しき女の子達がそれぞれポーズを取って綺麗に鎮座しているさまは圧巻だった。こういうのあんまり詳しくないけど、えっと、美少女フィギュアって奴なのかな?テレビで見た事あるような。確かこんなちっちゃいのに一体で一万とかもっとする奴もあるんだよね。…そっか、確かにこんな高い物は他人の手には触れさせたくないよね。露伴先生がこの部屋に入るなって言ってた意味がちょっとだけわかった気がする。この部屋にあるのは仕事部屋にある奴よりももっと高価な資料って事でいいのかな。う〜ん、と数々の女の子達を見ながら考える。こういうのが一体でン万円とかするんだろうなあ、こんなにいっぱい集めて…凄いなあ…。それにしても露伴先生がこういうのを集めているっていうのはちょっと意外だったかな。

もう少しだけ奥へと進めばまた新しくショーケースが見えた。さっきのセーラームーンとかのフィギュアが飾られてるケースよりも一回り小さめなのに、その中身はまだ三体ほどしか置かれていないようで随分とケースの余白が目立つ。…ていうか、このフィギュアたち…。

「…私に似てる、気がする…?」

この女の子が来ている制服はどう見てもぶどうヶ丘高校の物だし、髪型も表情だって自分と瓜二つだと思う。こういうアニメのキャラクターがいるのかな…?でもどう見てもやっぱり自分にしか見えない。もしかして、露伴先生が自作した、とか?…一体何の為に?

「考え、過ぎかなあ…」

一番奥に突き当たれば本棚が見えた。幾つもの画集がその中に収納されているようだったけれどその中でも一際目立ったのが背表紙に何も書かれていない真っ白な本。他の本はちゃんと「美少女戦士セーラームーン画集〈1〉」なんてご丁寧にそれぞれ書かれているのにこれだけ何も書かれていないのはどうして?あんなにこの部屋に入る時には躊躇していた筈なのに今では色んな事を知りたいと思う好奇心が勝ってしまっている。適当に一冊、その真っ白な本を取り出してパラパラと中身を捲ればどうやらこれはアルバムのようであるがそこにいたのは紛れも無く自分であった。夥しい量の写真となって幾つもの自分がびっしりと貼り付けられている。

「………」

心臓が一瞬止まった気がした。目の前が真っ白になってしぱしぱと瞬きをしてからもう一度アルバムに目線を落とせば変わらずに自分がそこには存在している。どれもこれも目線が此方を見ていない所を見るとそれが盗撮されたものであった事は明白だったし、それを撮った人間ていうのもここにこうして写真が存在する限りは十中八九露伴先生で間違いない。

どうして?いつから?なんのために?

色んな事がぐるぐると頭の中を廻り始める。…じゃあもしかして他の数冊の中身も全部私なの?全部私の事を盗撮した奴なの?だからこの部屋には入るなって言ったの?どうして?

ふと外の方から車のエンジン音が微かに響く。どうやら露伴先生が帰ってきたようだ。いけない、早くこの部屋から出なくちゃ。手にしていたアルバムを本棚に戻して急いで扉を閉める。ぱたぱたと駆け足で階段を下りれば廊下を歩いてきた露伴先生と鉢合わせして思わずどきりと心臓が跳ねた。どうしよう、と宙を彷徨った視線をゆっくりと露伴先生に向ければ先生はそんな私の様子には気付いていないようで「ただいま」と優しく額にキスを落としてくれる。鼻孔をくすぐる露伴先生のこの匂いも、優しい唇の感触も、私を引き寄せる腕の力強さも、囁くようなその声も全部、全部大好きなのに今は何にも考えられないよ。

「なまえ、まだ昼食作りには取り掛かってないんだよな?」
「ん…と、何作ればいいか迷ってて…」
「だから君が作るものなら何でも良いって言ってるじゃないか…。ああ、でも今日は新しくオープンしたカフェにでも食べに行かないか。甘い物も豊富にメニューにあるみたいだし、そういうの好きだろ?」

問い掛けにこくんと頷けば露伴先生は頭を撫でてくれて優しく笑った。いつもの少しだけ意地悪く笑う顔も好きだけど二人っきりの時だけに見せてくれるその優しい顔が一番好き。露伴先生、好き、大好き、それなのにいつま経っても脳裏にはあの部屋で見た物が焼き付いたまんまで。

露伴先生、どうして?


20160122





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