ドラッグストアという場所に不似合いな人物はこれでもかというぐらいにその空間内で悪目立ちをしていた。会いたくも無い人物との遭遇に思わず「うっわ」と声を漏らせばそのじっとりとした視線が俺に向けられて、それはこれから非常に面倒くさい事が起きる事を知らせていた。俺はただ買い物に来ただけなのに何でこうなるっすかね〜?はあ〜、ついてない。

「おい、ぼくの顔を見て溜息をつくなんていい度胸だな」

ほら、こういう言い方しか出来ないんすよ、この男は。そりゃあ溜息の一つも出る。大体何でこんな場所に岸辺露伴?金持ちな漫画家センセーはよっぽどカメユーデパートのがお似合いだってのに。プラスチック製のカゴを手に握るその姿がやけに滑稽に見える。

「露伴センセーもこーゆー所来るんすね」
「ぼくが何処で買い物しようがお前に関係無いだろ」

人がせっかく友好的に話しかけてやっているというのにこの男。思わず無理矢理上げていた口角がひくついた。人が気を使って擦り寄れば一刀両断され、逆に避ければ軽いヒステリックを起こされる。こんな面倒くさい人間が世の中に他に存在するだろうか?いくら何でも子供っぽ過ぎる。

「で、何買ってんすか?」

しかしながらあくまでも子供っぽい、だけであってこの男は子供では無い。わかりきっていた事だが俺は軽いノリでカゴの中身を覗いた事を後悔した。何故って大きなカゴに入っていた不釣り合いな小さな箱は紛れもない避妊具という奴で。

「…あんた、なんつーモン買ってんだ…」
「はぁ?」

露伴の眉間の皺が一層深くなって俺を見つめるその視線は遂に虫けらを見るような其れに変わった。こいつは身長が俺より小さい癖に態度がでかいからか知んねーけどやけに圧倒する凄味って奴を持ち合わせている。言っておくが別に褒めてはいない。

「だったら何か?お前はぼくにコンドームを買うなと言いたいのか?」
「い、いやそーゆう訳じゃなくて」
「あれか?お前はぼくがなまえとエロ同人みたいな中出し生セックスをするような男だと言いたいのか?エロ同人みたいな中出し生セックスをするような男だと!」
「だからいちいち声でけーんだよ!てめーはよォ!」

夕方という時刻も相まって周りにいた主婦やら会社帰りのサラリーマンやらの視線が一気にこちらに向けられる。何で俺は何も言っていないのにこんな羞恥を味合わなければならないんだ。

そもそも何故俺の友人でもあるなまえとこの男は付き合っているんだ。その事を聞いた時といったらまさにスタンドも月までブッ飛ぶ衝撃。まさかヘブンズ・ドアーで操られているんじゃないかと思ったがどうやらそうでは無いらしい。益々衝撃を受けた。

なまえは可愛い。そりゃー見た目がとびっきり可愛いって訳じゃないけど小動物っていうか妹っぽいっていうか、そういう可愛さを持ち合わせている。だから露伴がなまえを好きになってもまあ、それは理解出来る。だけど、何だってなまえはこの男を選んだんだ。男の数なんてそれこそ星の数ほど存在するのに何だってこの男。見た目か?見た目なのか?それでも漫画家にしては異様な露出のその格好はおかしいだろう。口元と指先を彩る奇抜なカラーだって女がするような物だし、何てったってそのヘアバンドはセンスを疑う。じゃあ金か?売れっ子漫画家なだけあって金には困る事は無さそうだ。しかしなまえがその莫大な資産の為に男と付き合う様な女かと聞かれるとそれは違う。何だこの男、まるで良い所が見つからない。

「…何だよ、人の顔をじろじろ見て。気色悪い」
「……別に、何でもないっす…」

「なあ、なまえは露伴と付き合ってて本当に幸せ?」以前、彼女にそう聞いた事を思い出す。少し間があってから恥ずかしそうに「幸せだよ」とはにかんだなまえの顔は紛れも無く恋する乙女の顔であった。納得がいかない、いかないけれど。自分がどうこう言った所でなまえが露伴を選んだのだ。その事実は変わらないしなまえが幸せならそれで良いか、なんて自分を無理矢理納得させたりもした。

だけども、この男が避妊具を購入しているって事はそういう事で。突きつけられた現実は残酷だった。知らず知らずの内に頭の中で露伴に組み敷かれるなまえを思い描いて思わず頭をぶんぶんと横に振る。ああ、あんなに妹のように思っていた彼女はいつしか自分より早く大人になってしまっていた。

大体自分ですら今まで恋人という存在を持った事が無いのに何だってこんな男には出来るんだ。甚だ疑問である。

「…つーかさ、露伴て今まで付き合った事あんの?」
「……何でお前にそんな事話さなくちゃならないんだ」
「何となく」
「………」

暫くの間を経てから露伴はぷい、と顔を逸らした。この男は反応がわかりやすい。この反応はまさしく。

「え、露伴てばまさかなまえが初めての彼女なんすか?」
「………」

無言の返事は肯定だと受け取る。代わりにぎろりと一睨み喰らったがそんな事はどうでもいい。じゃあこの男は初めての彼女がなまえで童貞を捨てたのもなまえで。再び脳内にこの男に組み敷かれるなまえが思い浮かぶがいかんいかん、俺は一体何を考えているんだ。

しかし、つい最近まで童貞だった癖にこの男はやり過ぎじゃないのか。カゴに入っている避妊具は一つだけじゃない。3箱ほど入れられているが一体どれだけの行為に及ぶつもりなんだ。尚且つよく見れば避妊具の横に置いてあるビビットピンクのでかいチューブはいわゆるローションって奴で。「乾きにくさを重視したロングプレイタイプ!」なんてご丁寧にシールまで貼られている。何をどうロングプレイなのかは聞きたくも無い。

「おい、東方仗助。心底腹立たしいがお前、なまえと仲が良いんだろ?」
「まあ…、そっすね」
「だったらなまえの嗜好もわかるよな。イチゴ味とピーチ味のどっちがなまえ好みだと思う」
「は、」

そう言って露伴は戸棚から二つの避妊具を手に取って目の前に掲げた。え、何?もう3つもゴムがカゴに入ってんのにまだコイツ買う気なの?どんだけ絶倫なんだよ、コイツ。大体イチゴ味とピーチ味のゴムなんて買って何すんだよ。いや何するってナニだけども。あああ、生々しすぎる。

「さっさと答えてくれないか。ぼくは他にも購入したい物があるんだ」
「……あのさ、露伴センセー」
「何だよ」
「…頼むからなまえの事大事にしてやってくんねー?」
「何だ、その言い方は。お前にそんな事を言われる筋合いなんて毛頭無いね」
「いや、だってさぁ…」

おかしーじゃん、ぜってーおかしーじゃん。なまえが露伴と付き合い始めてまだ少ししか経っていないのに既に男女の関係になるって早すぎなんじゃねーの?なまえが男性経験がある女だったらまだしもアイツは誰とも付き合った事の無いウブでそれはそれはかあいい〜奴なのに。それなのにこれだけの避妊具やらローションやら。どんな付き合いをしたらこれだけの物が必要になるんだ。まさかとは思うが身体目当てでなまえと付き合っている訳じゃないよな?

「…それ以上下らない事を喋るなら無理矢理にでもその口を塞ぐぞ」
「俺は純粋になまえが心配なんすよ」
「ぼくはぼくなりに彼女を大事にしているつもりだ!余計なお世話だこのスカタン!」
「だって〜…幾ら何でもその量のゴムを消費するって身体を酷使し過ぎっすよ…」
「………ない」
「え?」
「………まだ、なまえとはそういう関係にはなっていない」

グレート。まだなまえの純潔は守られていた。じゃあ何でこれだけのローションやらゴムやらが必要なのかなんて疑問はとりあえず置いておく。

「さっすが露伴センセー。案外健全な付き合いなんじゃないすか」
「……」

健全な付き合いと言う言葉に明らかに反応した露伴はふい、と視線を逸らしたがそれは一体何故なんだ。気まずそうに下唇を噛んでいるのは何故なんだ。

「あれ、健全な付き合いなんすよね?」
「……そうだ」
「何なんすか、その間」
「…別に」

歯切れの悪さが非常に気になる所だがこの男は嘘を吐くような男では無い。何はともあれなまえが未だ綺麗な身体のままである事に一安心。安堵の溜息を零す。そうだよな、いくら何でも関係を持つには早すぎるよな。愛し合っている二人の間に早いも遅いもありません、なんて言われりゃそれまでだけども。奇天烈なこの男はこの男なりになまえの事を考えているらしい。何だ、案外こいつそんなに悪い奴じゃないんじゃないのか、なんて思ってしまう辺り俺もご都合主義だと思う。…ん?待てよ、じゃあ露伴がなまえとそーいう関係になっていないって事はつまり。

「じゃあ、露伴も童貞なんすか!」
「…はぁ?」

露伴も童貞。つまり俺と一緒のステージに立っている。そう考えるだけで親近感を感じてしまう。今まで自分と180°逆の位置に立っていたこの男に親しみすら感じてしまう。露伴と付き合うなんて何てなまえは男を見る目が無いんだと悲観的になったりもしたが意外とこいつは有りなんじゃないのか。何が有りなのかはよくわからないけれど。

「何か勘違いしているようだがぼくとお前を一緒にするな」
「え、だって露伴…今まで付き合った事ねーんだろ?じゃあ童貞…」
「違う」
「え」
「付き合った事は無いがそれなりの経験はある」

しれっと言い放つ露伴の言葉がいまいち理解出来ない。えっと、付き合った事は無いけど童貞じゃない?何で?だってそういう行為は彼女とする物なんじゃあないのか?疑問符を浮かべながら必死に考えると一つの考えに行き着く。

「あっ。露伴、風俗で童貞捨てたんすね」
「そんな訳があるか!このクソッタレ!」
「……もしかして、セフレって奴?やだ〜、露伴センセー不潔〜」
「黙れ、そんなんじゃあ無い」
「じゃあ何?つーかその相手って何処で見つけんの?」
「勝手に相手が擦り寄って来たから期待に応えてやったまでだ」

え?何?露伴とセックスしたくて擦り寄ってくる女が世の中に存在するって事?やっべえ、女心がマジに理解出来ない。大体、セックス目当てで擦り寄ってくる女って何処に居たら見つかるんだよ。ちょっとだけ羨ましい。

「知るか。大体10代のぼくに手を出すなんてろくでもない奴等だと思わないか」

それを今のお前が言うか、と思ったがその言葉を飲み込む。しかし…、そうか露伴は童貞じゃないのか。10代の内に脱童貞して、しかも相手は年上の女。どんな相手だったかは知る由も無いが年上のおねーさまという響きがやけにエロティックに聞こえる。やっぱりちょっと羨ましい。

「という事でぼくはお前とは違うんだよ」

ふん、と鼻で笑った露伴は思いっきり俺を馬鹿にした様子だったけれども何だかしっくり来ない。確かにこの男は童貞では無いかもしれないけど初体験の相手は彼女でも何でもなくて、しかも大してその相手に思い入れもないようで。それってまるで。

「…露伴て素人童貞って奴?」
「は?」
「だって、何か風俗と変わんねーじゃん。素人童貞なんじゃん」

そーかそーか、と一人で納得して思わずにんまりと笑う。やっぱりこの男、自分と近い存在なんじゃないのか。童貞、しかもよりによって素人童貞だなんて案外情けない身分じゃあ無いか。

「そっかあ〜、露伴てば素人童貞かあ〜」
「お前!それ以上ぼくを侮辱するなら只じゃあおかないぞ!」
「照れなくてもいーんすよ〜」

いつものように目の前では露伴が何か喚いているがそんな物は最早気にならない。だってこの男は素人童貞なのだから。急に湧き出る同情心から思わず露伴の肩をぽんぽんと叩く。

「気安くぼくに触れるなっ」
「いや〜、だって素人童貞って…。ププッ」
「………っ」
「あれ、よく見たらカゴの中のゴム『大きいサイズ用』てなってんじゃん。またまた見栄張っちゃって〜。見栄っ張りは嫌われるっすよ」
「きさ、ま…」
「いや〜、でも素人童貞かあ。俺案外露伴と仲良くなれるかもしんねー」

ブチッ。

「あれ、何だ今の音」
「東方…仗助ェ〜…ッ!」
「あ、ちょ、待っ」





やっぱり仲良くなれませんでした。

20150521


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