確かこっちの地方は未だ梅雨入りはしていない筈だ。だけどもこの少しじめじめした空気がもう直ぐ梅雨入りしそうだと告げている。暑くてじめじめ。最悪じゃないか。自分の纏っている学ランが余計に身体に熱を籠らせるけれどイマイチそれを脱ぐ気にはなれない。でもやっぱ暑い。ちらりと横目で見れば自分と大差ない格好をしている癖にその顔は涼しげな人物がいる。何で?この人だってロングコート着てるのに。色の問題なのか?俺も色を白に変えればちょっとはマシになるのか?いや、でもそーいう問題でも無さそうだ。

「どうかしたか」

俺の視線にいつから気付いていたのかはわからないけれど急に立ち止まって承太郎さんが目を合わせる。俺ってばこんなにへたっているのに承太郎さんはいつもクールで表情一つ変えない。うんん、やっぱり承太郎さんは格好良い。

「いや〜…、何でこんなに暑いのに承太郎さんてば平気そーなのかと」
「暑いならその制服を脱げば良いだろう」
「それはそーなんすけどォ…」
「……何処かで休むか?」

その言葉にうんうんと頷けば再び承太郎さんが歩き始めて、置いて行かれない様に俺も必死にその後ろをついて行く。方向的にこれはドゥ・マゴだろうか。しかも承太郎さんと一緒って事はきっと奢りに違いない。後ろを歩く自分の表情が承太郎さんからは見えない事を良い事にニヤリとしたり顔を浮かべた。








で、まあ思った通りにドゥ・マゴに来た訳なんだけれど。人が多い。あれ?って思えば今日はそう言えば土曜日だった。年がら年中この制服でキメてる自分からするとイマイチ曜日感覚が無い。ついでに言えば大して真面目に学校に通っている訳でも無いから余計にそんな物は持ち合わせていない。キョロキョロと人で埋まる席を見渡せば友人同士やカップルなんかが鎮座していた。席空いてねーのかな、相席とかかな。ま、別に俺そーいうの気にしないからいーけど。何頼もうかな、普段は自分で頼まないようなちょっとお高めの奴頼もうかな。

なんて考えていたら見つけてしまった。会いたくない奴等に。いや、訂正。会いたくないのは一名だけだった。もくもくとチョコレートパフェを口に運んでいるのは間違いなくなまえだ。いつもの制服姿と違ってデニム地のワンピースに身を包んで、髪の毛だってゆるく巻いた後れ毛を残して一纏めにされている所を見ると完全なデート仕様といった所だ。で、問題はその隣の人物だ。げっ歯類宜しくパフェを口に含んでいるなまえを肘を付きながら微笑ましく見つめているのは岸辺露伴以外の何者でも無い。つーか何その顔?露伴てばそんな穏やかな顔すんの?俺にはあんなヒステリックしか起こさない癖に?ついでに色々あって俺の事をドラッグストア出禁にまでした癖に?おいこら、露伴てめーニヤついてんじゃねーよ。なまえが指に付いた生クリーム舐め取ったのを見て鼻の下を伸ばすのはやめろ、気持ち悪い。

何はともあれここにいるのは危険だ。冷たい飲み物を摂取したかったのは事実だが目の前に迫る面倒くさい事は回避するに越した事は無い。未だ店員と喋っている承太郎さんの肩を掴む。

「…承太郎さん、出ましょう」
「…?もう少し待てば席が空くらしいがそんなに喉が渇いているのか?」
「いや、そーじゃなくて。とにかくやばいんすよ。出ましょう」
「仗助、言っている意味がよくわからない」
「いや、だから!説明は後でするんで出ましょう!」

思わずはっとした。やばい、大きな声を出してしまった。ゆっくりと例の二人の方を見ればばっちりと目が合ってしまった。やばい。

「あっ、仗助だ〜!」

おーい、と手を上げて俺の名前を呼ぶなまえの隣は怖くて見れない。見れないけれどなまえだけを見ているつもりなのに、少しだけドス黒いオーラが視界に入り込んでくるのは何故なのか。乾いた笑いを浮かべながらひらひらと手を振る。帰りたい。

「仗助、あのね、ここ空いてるよ」

トントンと机を叩くなまえに普段なら甘えていただろう。だけどもそこに座るというのはなまえと相席、いやそれは良い。あの岸辺露伴とも相席になってしまう。ここで俺はそーっと露伴の方へとやっと視線を移す。そしてすぐに後悔する。

さっきまでの穏やかな顔は何処へ行った。予想した通り露伴は般若の如く顔を歪ませて小さく何かをブツブツと呟いている。何て言っているかはまるで聞こえないが確実にあの席へは行ってはいけない。それはまさしく死を意味する。

「仗助、彼女とは知り合いか?」
「え、あ、友達なんすよ」

そう言えば承太郎さんは小さくなまえに会釈をして、なまえも何かに気付いたように目を見開いてから照れたように笑ってペコリと頭を下げる。ん?何だこれは。

「彼女もああ言っている事だし、相席で良いよな。仗助」
「いや、いやいやいや…!」
「友達なんだろう?それに露伴先生もいるし、知った相手との相席なら気兼ね無くて良いじゃねぇか」

いや、だからその岸辺露伴が最大なネックな訳でして。知らない相手との相席の方がどれだけ良かっただろうか。俺が表情を強張らせた所で承太郎さんが「それに」と続ける。

「俺も彼女とは話してみたい」














どうしてこうなった。何でもなまえと承太郎さんは駅前の雑貨屋で一度顔を合わせているらしい。世間て狭い。つくづく実感する。そしてこの相席が凄く辛い。もう一度言うけど帰りたい。

「あ、その帽子にくっついてるイルカってこの前の」

俺の気持ちなんて露知らずななまえは承太郎さんの帽子を指差して笑う。こくんと承太郎さんが頷けばなまえはカフェオレをぐるぐるかき混ぜながら目尻を下げた。

「やっぱりそれすっごく可愛いです」

ふふふ、なんて笑うなまえに釣られてか承太郎さんも微笑む。思わず目を疑った。いや、別に承太郎さんだって人間なんだし笑う事はあるだろうけど、それにしても知り合ったばかりの人間にこんな簡単に笑顔を見せるなんて。俺だって承太郎さんの笑った顔は殆ど見た事無いのに。

「なまえが譲ってくれたあの日に直ぐ付けたからな」
「やっぱり承太郎さんぐらいイルカ好きな人に貰われてその子も絶対嬉しいと思います」

ああ、二人の間には穏やかな空気が流れていると言うのに。何だこの居心地の悪さ。それを振り払うように目の前に置かれたアイスティーに手を伸ばした瞬間だった。凄い勢いで胸元を掴まれて顔面を近付けられる。

「東方仗助ェ…!貴様一体どういうつもりだァ…!?」

鼻の頭同士が擦れそうな距離で思わず小さく「ヒィ」と声が出た。限りなく深く眉間に刻まれた皺が露伴の怒り具合を表していた。近い、怖い、泣きそう。

「ど、どーいうって」
「ぼくはあんなに来るなと言っていたのにノコノコとぼくとなまえのデートを邪魔しやがって…!」

ああ、さっき小さく呟いていたのは「来るな」と言っていたのか。いや最早そんな事はどうでも良い。ギラギラと光る獣のような怒りの瞳に耐えられそうに無い。

「だ、だって相席しても良いって言ったのはなまえだし」
「なまえは天使なんだよ、メシアなんだよ、わかるよな?貴様みたいな愚民にも優しいのは当たり前なんだよ。けれど貴様はその優しさを当たり前だとは思うなよ?ンン?わかるよなァ〜?」
「は、はい…」
「大体、なァんであの空条承太郎となまえが顔見知りなんだよ?それに会っていきなりなまえの事を呼び捨てか?ついさっきお互いの名前を知り合ったばかりなのに?良いか、席についてから6分38秒でアイツはなまえの事を呼び捨てにしたんだ。幾ら何でも馴れ馴れし過ぎるよなァ?」
「は、はひ…」
「いつもは無表情で人形みたいなツラ下げてる癖してなまえの前でのあのデレデレ具合は何だ?いつもは能面みたいな癖に!えぇ?どうなんだよ!」

東方仗助16歳。めったな事では泣かないけれど、今は本気で泣きそうだ。承太郎さん助けて。お願い、無敵のスタープラチナで何とかして。ちらりと横目で見ればなまえと相変わらず戯れる年上の甥の姿がそこにはあった。ああ〜、何きゃっきゃしてんの承太郎さん。帽子をなまえに被せたりしてこれじゃあなまえが一体誰の彼女か一瞬わからなくなる。

「露伴先生、見て見て〜!承太郎さんの帽子おっきい!」

はしゃぐなまえを見て俺の胸元を掴む手が一瞬緩められる。もう一度露伴の方へと向き直すと小刻みに震えていた。大丈夫か、お前情緒不安定って奴なんじゃねぇの〜?

「見たか、仗助…!あの可愛さは罪だ…!あの可愛さで世界が救える。いや新しい宇宙が生まれると言っても過言じゃあ無い。見たよな?あの可愛さ。まさか見逃しちゃいないだろうな」
「見た、見たからいい加減この手離してくれよ…」
「ハッア〜?見たのか?あの可愛さを?ぼくの許可も無くなまえの可愛い所を見るなんて貴様死にたいのか?え?彼氏であるぼくの許可も得る事無く貴様あああ」

決定、岸辺露伴は情緒不安定である。益々関わりたくない。胸元を掴む手が再び力強くなって相変わらず顔も近付いたままで暑苦しい所の騒ぎじゃない。てか近ぇ〜よ。ファーストキスが岸辺露伴になったらマジに泣く。

なんて思っていたら急に手を離された。あーあ、やっぱりTシャツの首元伸びてんじゃん。どーすんだよ。文句の一つでも言おうと露伴を見遣るとそこには先ほどの勢いは何処へやら。固まったまま動かない露伴がいた。目線の先にはなまえと承太郎さん。頭の上に疑問符を浮かべたままで俺も二人の方へと視線を移す。

「あっ、登録出来ました〜。可愛い〜!アイコンもイルカだあ」
「なまえのアイコンはケーキか」
「甘い物好きだから…、それにケーキって見てるだけで綺麗でわくわくしちゃうし…」
「女は甘い物が好きだな」
「ん…。太らないようにしなきゃなんですけど…」

お互いの携帯電話を見て仲良く喋っている所を見るとこれはまさか連絡先交換をしたんじゃないだろうか。うっそ、俺も最近承太郎さんの番号知ったばっかなのに。地味にショック。そして承太郎さんの大きな手がなまえの頭へと伸ばされる。

「なまえはもう少し太っても良いんじゃないか」

なでなで。そんな擬音が聞こえそうなくらい優しく承太郎さんはなまえの頭を撫でた。と、同時に露伴がふらりとテーブルの上へと突っ伏す。組重なった腕の上に額を乗せてぐすぐすと何か聞こえるがまさか泣いてやしねーよな。とりあえず承太郎さんとの連絡先交換は露伴に多大なダメージを与え、極めつけの頭なでなでで再起不能になったようだ。小さく震えながら何かを言っている。

「ぼくとのデートなのに…!ぼくのなまえなのに…!」
「ろ、露伴、元気出せよ」

そっと肩に触れようとしたら顔を少しだけ上げた露伴の瞳と目が合う。目尻に涙を溜めながらも(ていうか本当に泣いてた)この世の物とは思えぬ表情の露伴に今日何度目かわからない小さな悲鳴を上げて、俺は急いで氷の融け切ったアイスティーを吸い上げる。

「じょ、承太郎さん。もう行きません?」
「ん、ああ…そうだな」

立ち上がる俺たちになまえは「ばいばい」と手を振る。その隣には突っ伏したままの露伴。何だこの滑稽な絵面は。

案の定お会計は承太郎さん持ちだった。なのに何だかあんまり喜べない。ちらりと承太郎さんを見ればまたいつもの無表情だった。何で、なまえにはあんなに笑ってたのに。

「あ、の〜、承太郎さん。なまえと何話してたんすか?」
「仗助」
「は、はい」
「彼女が、なまえが…、俺のイルカグッズとヒトデグッズを可愛いと言ってくれた」
「え」

きゅうと唇を噛み締めるその表情は確実に嬉しさを耐えた其れだった。帽子のつばで隠す様にしているが隠しきれていない。クールな承太郎さん像が音を立てて壊れていく。

そーいや、なまえ大丈夫かな。露伴あのまんまで放置してきたけど。




「露伴先生〜?どうしたんですか?具合悪いんですか?」
「……(あの一族は絶対に地獄に落とす)」
「露伴先生ってばあ〜?」




20150623



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