※喧嘩して仲直り/

言わなきゃ、言わなければならないのだ。カチカチと時計の秒針の進む音のみが響き渡る部屋で私は静かに喉を鳴らした。目前で私と同じく正座している彼はいつまで経っても喋らない私を不思議そうに見るけれど、いつもと違う様子の私に気付いてか口は開かない。

そもそも、の話なんだけれど。数日前にどうでもいいくだらない事でポルナレフと喧嘩をした。喧嘩というよりは私が一方的に怒っただけだ。いつもそうだった。私が理不尽な事で彼を罵ってもポルナレフは私を絶対に責めないし、それどころか何故か彼の方から「悪かったよ」と謝罪の言葉を口にする。本来なら謝るべきは私なのに。それでいつの間にか気まずい関係がなあなあになってめでたく仲直りして終わり。それがいつもの私たちだった。

そしてそんな自分自身に抱いたのは危機感だった。ちらりと目前に座るポルナレフを盗み見る。そりゃあさ、承太郎とか、典明に比べたら三枚目かもしれないよ。それでも蛍光灯に反射する銀色の髪は綺麗だと思うし、自分よりずっと色素の薄いその瞳だって吸い込まれそうで思わず見入ってしまうくらいだ。人の痛みに敏感で誰よりも優しくてふとした時に見せる彼の柔らかい表情だって、きっと自分以外の人間を魅了すると思う。簡単に言ってしまうと自分以外の人間が彼に好意を寄せていても、それは何らおかしい事では無いのだ。

私は彼の優しさに付け込んで甘えてしまっている。今まで私から彼に歩み寄った事が一度でもあっただろうか。思い返してみても一度も無い。素直じゃない自分の性格なんて自分が一番わかっている。彼がいつも折れてくれるから、なんて気持ちでいたらいつか彼に飽きられるんじゃないだろうか。いつか違う女性に彼を奪われるんじゃないだろうか。そんな想いがいつの頃からか自分の中に生まれた。素直にならなければ、ちゃんと自分から謝罪の言葉を口にして謝らなければと思っているのに。それなのに。

「………」

言葉が出ない。今更何を意地になっているんだろう。自分で自分が情けない。いつまでも黙ったままの私に痺れを切らしたポルナレフが遂に口を開いた。

「なまえ?お前どうしたんだよ?急に家に来てだんまりって」
「あ、あのね」
「…あ、もしかしてこの前の事まだ怒ってんのか?しゃーねぇなぁ、お前も。あれはさ、だからオレが悪かっ」
「だめ!言わないで!」

びくりと肩を跳ねてポルナレフは絵に描いたように目を丸くさせた。自分で思ったよりも大きな声を出してしまった。言うんだ、自分から「ごめんなさい」って言うんだ。ほら言え、せーのっ!



「ご、ごめん、なさい…」

そうして発せられた声は今度は自分で思ったよりもずっと小さかった。いやしかし、いきなり「ごめんなさい」って言われても何の事だかって話だ。しまった、もっとちゃんと言葉を組み立ててから言えば良かった。大体、「ごめんなさい」を言うのにどれだけの時間がかかっているんだ。ポルナレフの目を見る事が出来る事も無く、下方を彷徨う視線を更に落として色んな事を考えている内に頭に柔らかな感触がした。反射的に顔を上げればすぐにポルナレフが頭を撫でてくれているのだと気付く。

「もしかしてお前…、それ言う為だけに家来たのかァ〜?」

そう言ってポルナレフは顔を綻ばせた。愛嬌滴る彼のいつもの笑顔を見て急に視界が滲み始める。ぼやけ始める視界の中で見えたのは一転して驚愕の色を浮かべた彼の顔だった。

「な、何で泣くッ!?オレ何かしたか!?」
「…っ、ぽる、なれふが、優しいから…っ」
「……」
「……」

少しの沈黙が続いてから耐えきれない、と言った様にポルナレフが吹き出す。その勢いで彼の唾が若干顔に掛かって思わずごしごしと涙と一緒に拭えば、その内に筋肉質な腕に引っ張られて気付けば彼の胸の中へと納まっていた。胸に押し付けられるようにされて思わず変な声が出る。

「オレが優しいから泣くって、」
「……だって、本当の事だもん」
「なーんでなまえはそんなに可愛いかねェ?」
「……、かわいくない」

未だ彼の胸に顔を押し付けたままでそう呟けばポルナレフの喉がククッと鳴った。何もおかしい事は言ってない。自分が可愛くないのは事実だ。

「まあ確かに、意地っ張りだし、すぐ怒るし、素直じゃないし」
「…そんなの自分でもわかってるもん」
「何だよ自覚あんのかよ。…でも、そーいう所も全部ひっくるめてオレはなまえが好きだ」

言いながら彼は私の顔を覗き込んで親指で目尻に溜まった涙を拭い取った。瞬きを一回してから改めて彼と目を合わせればそのまま逸らす事も無く、ポルナレフはあの人懐こい笑顔を浮かべる。

「だから、泣くのは止せ。わかったな、Mademoisell」

それから彼の顔が近づいて来て軽く唇を合わせて、すぐに其れが離れていく。

「なーんつって」

少しだけ照れくさそうにして彼はそれを誤魔化す様に鼻の頭を掻いた。思わず彼の服をぎゅうと握りしめるともう一度ポルナレフは唇を私に寄せた。









彼は優しい。それはベッドの上でも同じだった。フランス人って皆こうなんだろうか?それとも彼が特別?今までもこうやって女の人を抱いてきたのだろうか。そう考えたらとてつもなく妬ける。

「あ、ぅ…っ。ポルナレフ…」
「ん〜?」
「きす、したい…っ」

せがむ様に手を伸ばせば手の甲に唇を落としてから、彼は私にも唇を重ねる。その間にも彼の指がぐりぐりと自分の中を這いずり回って、思わず嬌声をあげるけれどその全てがポルナレフの口内へと消えて行く。私の中を探るような指の動きをしつつも、彼は口付けたままで私の舌を吸い上げて何だかそれだけですぐに達してしまいそうになる。角度を変えながら何度も口付けした所で彼が離れて、私と彼の唇を繋ぐ銀色の糸もぷつりと切れてしまった。

「ん、やぁ…!そこばっか、やだ、やらよぉ…っ」

何度もこういう行為を彼としている訳だから、当然ポルナレフは私の弱い所を熟知してしまっている。指で的確にその場所を刺激されれば私はシーツを握り締めて、彼によって齎される快感に耐える他無い。首筋にキスをされて下腹部の辺りがきゅうっとなった。このままだと達してしまうのは時間の問題だ。けれど、どうせ達してしまうのであれば今日は彼の指より彼自身をもっと感じてそうなりたい。

「も、指…、いいからぁ…!」
「なまえ?」
「ポルナレフの、欲しい…。おねがい」

途切れ途切れに伝えれば彼が頭を撫でてから指がゆっくりと中から引き抜かれた。中を満たしていた物が急に無くなって、切なさを覚えたけれどすぐに彼自身が其処に宛がわれて思わず胸が期待で高鳴ってしまう。ポルナレフが改めて私の上に覆い被さってベッドがギシリと軋んだ。

「そんなに煽られたら挿れる前にどーにかなっちまうぜ」

そう言って笑った彼の顔は酷く色っぽかった。言い終わるや否や彼がゆっくりと彼自身が入ってきて身体が撓る。熱くて圧迫感があって苦しくて、だけど嫌いじゃない。最奥に彼が到達したのを見計らってからポルナレフの首筋に手を廻せば、今日何度目かわからない口付けを落とされた。

此方を伺うように腰を動かされて、名前を呼ばれて。もどかしい動きに耐えれなくて彼に廻した手に力を込めれば、私の気持ちを全部見透かしてるみたいにポルナレフを腰を動かし始めた。

「なまえ」
「ん、んぅ…っ、あ、あっ!や、あぅ…っ」

私だって名前を呼びたいのに、「ポルナレフ」と口にしたいのに彼の動きに翻弄されてしまって言葉らしい言葉がまるで出ない。閉じていた目をうっすら開けると少しだけ苦しそうにして眉間に皺を寄せる彼が見えた。私のせいで彼がこうやって追い詰められているのであれば、何だか嬉しい。私が彼を感じているように、彼も私を感じてくれているだろうか?胸が苦しくて、辛いのに何だかそれが心地いい。

そうやって彼にされるがままになって感じている内に身体を駆け巡る快感は、次第に自分自身を追い詰めて張詰めていた糸が切れそうになる。もう少しだけ我慢したいのに、もう少しこのままでいたいのに。元々脆い糸ではそれが耐え切れそうに無い。彼が最奥を刺激した時にそれはぱつんと切れて、同時に自分の目の前が真っ白になってそれに耐えるように彼にしがみ付く。

「っ、ん、ぁ…!あ、あ、あ…っ!」

あっさりと達してしまった。少し遅れてから中に埋められた彼自身が脈打つのがわかってまた下腹部がきゅうとなってしまう。どうやらポルナレフも果てたらしい。お互いの荒い息が聞こえて、上に乗ったままの彼の身体はしっとりと汗ばんでいた。未だ身体には余韻が残ったままだ。何だかこの瞬間だけ、世界には自分とポルナレフの二人だけしかいないような、そんな感覚にさえ陥る。

「ポルナレフ、すき、すき…」

きっといつもの私じゃこんな事言えない。余韻に酔い痴れたままのこの状態じゃなきゃ素直になんてなれないから。何が悲しい訳でも無いのに、再び込み上げる涙を目の縁に携えたままでそう言えばキスしそうなギリギリの距離に彼の顔が近付けられた。

「Je t'aime」

そう言って嬉しそうに目尻を下げた彼からの口付けを受けるべく、私はそっと瞼を閉じた。




20150622

ALICE+