※あざとい仗助。


「ねえ、彼氏来てるよ?」

バイト仲間の言葉に思わずすぐに顔を上げて辺りを見回せども特徴的な髪形の彼は見当たらない。身長も大きくて彫りの深い顔立ちといい、あの髪型といいかなりの存在感を放つ訳だから見つけられない訳が無い。バイト仲間の見間違いなんじゃないのか。

「いや、店内じゃなくてさあ」

まさか。恐る恐るガラス越しにテラス席に視線を向ければ彼がいた。寄りによって一番真ん中の目立つ席に座っている。近くに座る女の子達の視線を全て受けているように見えるのは気のせいでは無い。相変わらずな存在感ですこと。

うーん、どうしたものか。なんて考えている内に彼の紫苑色の瞳が私を捉えてしまった。ガラス越しの距離があると言うのにこちらに手を振って口を開く彼は恐らくは私の名前を呼んでいるに違いないだろう。ふーむ、何だか彼が大型犬に見えてしまうのは私がバイトの連勤で疲れているからなのだろうか。とりあえずにやついた笑みを浮かべる同僚を肘で小突いて軽く睨んでから彼の元へと向かう。



「ご注文はお決まりですか?」
「アイスコーヒー一つ!」
「アイスコーヒー一つ…と。…で、仗助くん、どうしたの?」
「なまえさんに会いたくなったから会いに来たんすよ〜」

そう言ってはにかむ彼は可愛い。見た目はヤンキー君だし、とても高校1年生とは思えぬ体格だけれど彼は正真正銘の16歳なのだ。そう、16歳。自分との年齢差は大した事が無いようで案外大きい壁となる。

そもそもバイト先にはあまり来るなと言っておいたのにどうして彼はこうも正々堂々と自分に会いに来るのだろうか。バイトで忙しい中わざわざ会いに来るなと言っている訳では無い。そんな事よりも彼が恋人であると自分の周りの人間に知られるのが何よりも気恥ずかしかった。…それに加えて少々気まずい。正直、本当に仲の良い人間にしか彼との事は喋っていない。

見た目はイケメンだしモデルみたいだし、何より中身だって人当たりが良くて何も言う事は無い。何処に出したって恥ずかしくない。しかしそうは言った物の、先程の話じゃ無いが年齢差があまりにも大きい。お互いが社会人同士ならまだしも相手は高校生だ。まるで犯罪じゃないか。後ろ指をさされたって文句の一つも言えない。

「あのね、仗助くん。あんまりバイト先には来ないでねって言ったよね」
「…なまえさん、もしかして怒ってる?」

怒ってはいない。怒ってはいないのだが。テーブルに突っ伏しながら上目遣いで申し訳無さそうに視線を送られてしまっては返す言葉が思い付かない。目前の彼の姿は大きいがまるで小型犬が悲しそうに「くぅ〜ん」と鳴いている姿に見える。そんな姿を見せられて無下に出来る人間が一体何処にいると言うんだ。

「いや、怒ってはない、けどさ」
「俺、早くなまえさんに会いたくて」

上目遣いを続けたままで彼は少しだけ恥ずかしそうに笑った。ああもう駄目だ。「仗助くん、私のバイト先にはあんまり来ちゃ駄目だよ」そう言った時に彼は確かににっこりと笑って「なまえさんがそう言うならりょーかいっす」なんて返した癖に。何を了解したんだと、散々言ってやろうと思ったのにこんな表情をされてはお手上げだ。親しげに喋る私と彼を店内から店長が伺っているがああもうどうにでもなれ。そうです、私は高校生と付き合っています。後ろ指さされようがどうでもいい。





思った通り後から店長に「あの子とはどういう関係なんだ」と根掘り葉掘り聞かれた。私がもっと嘘を吐くのが上手い人間であればよかったのだけれど、どうにもこうにも私は偽るという行為が下手な人間だ。結局は彼との関係を全て喋る事となり、それは人の色恋話が好きな他のバイト仲間全員に知れ渡る事となった。「でもさあ、16歳なんて一番凄い時だよねぇ」何がですか、と返せば「決まってんじゃん」と背中をばしりと叩かれた。痛い。「性欲やばそう〜。毎日身体求められそ〜!」ああもう好き勝手喋ってて下さい。私はもう帰りますから。



お疲れ様です、と店を後にしたがきっと盛り上がっている同僚達にはその声は聞こえなかっただろう。代わりに小さく零した溜息は隣を歩く彼にはまんまと聞こえてしまったようだ。そうか、犬って耳良いもんなぁ。バイトが終わるまで待っててくれた彼の姿と、かの有名な駅にて主人を待ち続けた犬の話が重なると言えば大袈裟だと他人は笑うだろう。

「なまえさん、疲れてます?」
「んん…、バイト連勤だったからね」
「そっか〜。…じゃあ家帰ったらゆっくり休みましょーね」

まさか君の事で余計な労力を帰り際に使ったんだよ、なんて言える訳も無い。それにぎゅうと握りしめられた右手が心地良くて、そんな事はどうでも良くなってしまった。そうだね、今日は適当にご飯作って適当なテレビ見てゆっくりしようかな。






そんな事を思っていたのだが帰宅して早々にその計画は無残にも飼い犬によって噛み千切られる事となる。ふう、と一息ついてからソファの上にバックパックを置いた瞬間に後ろから彼に抱き締められた。あ、と声を上げる間も無くすぐに唇を奪われて、離れたかと思えばまたすぐに口付けされて。その内に歯列を舌でなぞられてから奥まで侵入してきた其れに難なく自分の舌を持って行かれて何だか意識がぼうっとする。まあここまではギリギリセーフだったとしてだな。

彼はゆっくりとソファの上へと私を押し倒してしまった。あれ、これアウトだよ。完全アウト。未だ続いたままの口付けを遮る様に彼の肩を押し退けると、夕方見たあの表情で彼は私の顔を覗き込んだ。

「なまえさん、何で」
「家に帰ったらゆっくり休むって言ったよね?それに幾ら何でも帰宅して早々過ぎるよ」
「…俺の事嫌い?」

どうしてそうなるんだ。言いたい事は沢山あるけれどどれも声にならないのは彼がまたもや子犬のような顔をしてみせるからだ。卑怯だ、卑怯過ぎる。「ゆっくり休みましょーね」なんて抜け抜けと言い放った彼の笑顔がバイト仲間の「性欲が凄そうだよね」の言葉に掻き消されてゆく。

「嫌い、じゃない…」
「…俺もなまえさんの事好き」

愛おしそうにそう言ってまたあの肉厚な唇に口付けされてしまっては。服の中に入り込んできた彼の手に身を任せたまま私はそっと目を閉じた。





「ね、今日はなまえさんが上になって下さいよ」

散々彼の指で自分の中を弄ばれてから耳元でそう囁かれた。うっすら目を開けると指に付いた液を舐め取る彼と目が合う。その姿を見るだけで思わず身体が羞恥に染まる。

「…上…?」
「そう、上っす」

彼はソファに座り直してからひょい、と私を抱き上げて自分の上へと跨らせた。私に悟らせるように彼は自身の先端を軽く私の粘膜へと擦り付けて、たったそれだけの行為なのに思わず声が出てしまう。

「かーわいい、なまえさん」
「あ…っ、擦ら、ないで…っ」

ぬる、と先端が少しだけ中へと入り込む。きっとこのまま腰を下ろせば簡単に彼とは繋がってしまうだろう。だけども、自分はあまりこの体位が好きでは無いし得意でも無い。自分で快楽を弄る様を下から見られる事への恥ずかしさと、自分の経験不足で上手く出来るかどうかわからない不安が入り混じって気後れしてしまう。眉を顰めて彼を見れば小首を傾げながら「…してくれないんすか?」なんて寂しそうに上目遣いをするものだから。嗚呼、敵わないと今日何度目かわからない白旗宣言をしてからゆっくりと腰を彼自身の上へと降ろす。

「ん、く…っ」

固く閉じていた筈の唇がいつの間にか耐え切れなくて開いてしまっていた。埋め込まれる彼自身の熱さに眩暈がしそうで興奮で呼吸が詰まってしまう。何だか息苦しい。その内に彼自身が私の中に全て飲み込まれて、それから一度大きく息を吐き出した。いつもと体制が違うだけでこんなにも感じ方が違うなんて知らなかった。今日はより一層奥まで彼を感じる。

「ほら、なまえさんが動いて」

至極楽しそうに彼が笑うものだから何だか悔しくてもう一度固く唇を閉ざす。一呼吸置いてからゆっくりと腰を前後に動かせば結合部から水音が響き始める。せめてテレビか何か点ければ良かった、なんて思ったが時既に遅し。ひたすら私の荒い息と水音しか聞こえない。

余裕が無い癖にどうでも良い事を頭の中で呟いてみる。我ながらぎこちない動きだよなあ、とかソファの音がお隣さんに聞こえてんじゃないのかなとか。別に今考えなくても良いだろって話なんだけれどもそんな事を考えてないとすぐに駄目になってしまいそうな自分もいる訳で。

「なまえさん、何考えてんすか?」

あ、と思った瞬間にあの紫苑色が情欲に塗れて意地悪く歪む。彼の大きな手が私の腰に添えられて力任せにそのまま下から突き上げられたらそんなの我慢出来ないに決まってる。

「ひ、ぁっ!や、らぁ…、じょーすけ、くん…っ。もっと、ゆっくり…っ」
「駄目。だってなまえさんたら俺とセックスの最中に何か考え事してるんすもん」
「あ、あっ!じょ、すけく…んっ、じょーすけくん…っ!」

これだったら俺の事しか考えられないでしょ、なんて言いながら鎖骨に噛り付く彼はいつもに増して色っぽい。上目遣いで見上げるその瞳だっていつもなら少し困ったように寂しそうに甘えたような視線の癖に、今の其れは妖艶でまるで私を挑発するように突き刺す。

「なまえさんの中すげーひくひくしてる。もうイっちゃいそー?」
「や、あぅ…!ら、めっ、仗助くん…っ。い、やぁ!」
「あー、その顔すげーエロい。仗助くんももうやばそーっす…」

引切り無しに与えられる快感に付いて行くのに必死で声なんて我慢出来る訳も無く、さっきから部屋中に駄々漏れになってしまっている。

身体を捩じらせて耐えようともがっしりと掴んだ彼の手がそれを許してはくれず、その癖ぐりぐりと一番奥ばかりを刺激する物だからあっと言う間に私は限界を迎える事となる。自分の身体に与えられるにはあまりにも大きな波に耐えられなくて、思わず彼の背中へと爪を立てれば少し遅れてから彼のモノが自分の中で脈打つのを感じた。

「…っあ、じょ、すけくんの、びくびくしてる…っ」
「は、あ…っ。…ん〜、その表情堪んねー…。何ならこのままもっかいしたいぐらい」

凭れ掛けながら彼の肩に預けていた顔を驚いたように上げれば「冗談」と軽く唇に口付けをされた。こんな行為を連続でされたらそれこそ私は死んでしまう。

「ね、お風呂入りましょーよ。なまえさん」




幾ら何でもうちのアパートのお風呂に彼と二人で入るにはきつすぎる。浴槽に身体を折り畳んで入っているこの様はどう見ても滑稽だ。それでも文句を言えないのはいつもの髪型とは違う彼が目の前にいるから。長い前髪をうざったそうに掻き上げる仕草なんてこんな時ぐらいじゃないと拝めない。

「なまえさん。今日、泊まっていってもいーっすか?」
「え」

泊まるだと?彼がうちに泊まるという事はだ。一晩を彼と共に過ごすという事で。いやそれは全然構わないのだけれど。きっと彼の事だから一晩中そーいう事を求めて来そうで何だか怖い。というか身体が持たない。

「えっと」
「…駄目っすか…?」

まただ。またこうやって彼は寂しそうに悲しそうに上目遣いをする。そんな顔をされてしまっては駄目だ、なんて言える訳無いじゃないか。大体今まで彼のこの表情に勝てた試しがあっただろうか。いや、ある訳が無い。いつもいつも彼はこんな表情をして私を平伏せるのだから。…ん?いつもいつも?そう言えばこうやって彼が甘えてくる時はいつもこの顔をするような。

「…仗助くん。もしかしてその顔わざとしてる?」

彼はぱちぱちと瞬きを繰り返してから一瞬考え込んですぐに口角を上げた。

「…ばれちゃいました?」

にやり、なんて擬音が付きそうなぐらいに彼は綺麗に笑った。今更手の内が明かされようが叶う筈も無い。




「つー事でお泊り決定っすね〜」
「……」
「なまえさん、上がったらもっかいセックスしましょーね」
「……」



20150619

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