季節を丸ごと自分の色に塗り替えてしまえるほど心を惹き付けて止まない美しさと狂おしいほどの危うさを孕んだ薄紅色と出会ったその日から私はキミに恋をしている。


「おはよ〜」

まだ微睡みの中にいるようなぽやぽやした声の主であるアリちゃんは柔らかそうな艶のある肩で切り揃えられた黒髪をぴょこぴょこと揺らしながらこちらに駆け寄ってくる。ぱちりと目が合うとアリちゃんは嬉しそうにふにゃりと表情を綻ばせてくるものだから溢れ出そうになる心を慌てて押し込んで、務めて普段通りに挨拶を返した。

「おはよう。ふふっアリちゃん今日は寝坊しちゃった?寝癖ついてるよ」
「ふえっ!?どこどこぉ?」
「ん。直してあげるからじっとしてて」

私に指摘されて両手で髪をおさえ寝癖を隠そうとしているアリちゃんに手を伸ばして、ぴょこんと跳ねている箇所を梳くように何度か撫でてあげると幾分かマシになり、髪を直してあげている間子供扱いされて羞恥心を刺激されたのか私と視線が交わらないように目を伏せているアリちゃんは小動物みたいで可愛い。
髪に触れた時にふわりと香った甘いシャンプーの匂いにどうしようもなく“アリちゃん”を感じてしまって胸の高鳴りが治まらない。

「なまえちゃん…?」
「…っ!はいっもう直ったよ」
「ありがとう…!」
「アリちゃんももう中学生になったんだから寝癖のチェックは忘れないようにしないとね」
「はぁ〜い……でもっ今朝はマユちゃんがミッちゃんと喧嘩して起こしに来てくれなかったから…」

アリちゃんは少し不本意なのか不満そうに頬を膨らませてぼそぼそと呟いた。“マユちゃん”というのはアリちゃん家のお抱えメイドのマユミさんって人でなんでも小さな頃からアリちゃんのお世話係をしている、と以前名前が出てきた時に教えてくれた。“ミッちゃん”さんはアリちゃんのお父さんと古いお友達でお仕事仲間らしく、何度かアリちゃんを学校まで迎えに来ているところを見かけた事があるけれど鋭い目付きが苦手だし、アリちゃんが懐いているから悪い人ではないんだろうけれど怪我を負った狼とでも言えばいいのかとにかく彼が纏う独特の雰囲気が苦手でどうにも好きになれない。
アリちゃんの家では他にも何人か同居人がいるらしいけれど遊ぶ時は私の家か近所のショッピングモールばかりだから詳しい事情はあまり知らない。

「……アリちゃん、アリちゃんがお家の人に可愛がられてるのは知ってるけどマユミさんのためにも自分のためにもそろそろ自分1人で起きられるようになった方がいいよ」
「ううっわかってるよぉ…」

机に手をついて私の隠れるように身を縮めてしおしおと言葉を返すアリちゃんの頭にありもしないぺちゃんこになった垂れ耳が見える気がするのはアリちゃんの小動物パワーの為せる技なのかそれとも、惚れた弱みが為せる技なのか、私にはわからない。小さな丸い頭をそっと撫でてあげるとアリちゃんはほっとしたようにはにかんだ。

「でもねでもね、マユちゃんみたいに綺麗に髪結ぶの難しいんだよ。前にふたつ結びした時、左右のバランス取るのにすっごく時間がかかってね、結局遅刻するぞって痺れ切らしたミッちゃんにやってもらったんだ…」
「……そういうところがアリちゃんの可愛さよね。じゃあ失敗しにくい簡単なヘアアレンジ教えてあげる」
「ほんと!?えへへなまえちゃんありがとうっ!」
「きゃっ、も〜危ないよアリちゃん!」

ふいにアリちゃんが抱き着いてきて危うく後ろに転びそうになるのを堪えながら小さな体を抱きしめ返せば「えへへ…」と嬉しそうな声が聞こえる。幼い子供のように純真で誰かに頼りかからないといけない危うさをいつまでも捨てきれない可愛そうで可愛い可愛いアリちゃん。そんな彼女もいつかきちんと一人で歩いていけるようになるんだろうかと芽を出した一抹の寂しさを噛み殺して、でもそれはきっと今じゃなくてもいいじゃないかと来たる未来に重い重い蓋をして私は今日も「アリちゃんの頼れるお友達」を演じるのだ───。


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