女の正体

『月彦様、お初にお目にかかります。わたくし白鬼百合と申します。貴方様の病を治すために参りました。』


そして後日、現れたのは1人のとても美しい女であった。とてもではないが、この美女が自分の難病を治せそうには見えなかった。見るからに上質そうな装束を着ているのもあり、尚更だ。
だが不覚にも月彦は、その美しすぎる女に掛ける言葉が直ぐに出てこず見惚れてしまっていた。このような美しい女に、月彦は未だかつて出会った事がなかったのだ。


『……月彦様?』
「っ…私は誰よりも優れた医者を寄越せと命じたのだ! お前のようなどこかの貴族の女を呼んだ覚えはない」

百合が何も言わない月彦に不思議に思い声を掛けてきた事で、月彦はやっと半分夢見心地だった気分から我に返り、そう百合に言い放った。

『まあっ、失礼しちゃう! わたくしは医者ではありませんが、ちゃんと貴方様を治す為に参りました。 わたくしはこれまでもこの薬でどんな難病でも完治させてきましたのよ』
「ならさっさとその薬を寄越せ!」

百合が取り出した薬は真っ赤な色をした液体が入っている瓶だった。一見怪しく、本当にその瓶の中の真っ赤な液体が薬なのかも疑わしいが、この真っ赤な薬でどんな難病も治ったというのであれば、試してみる価値はある。
もしこれで今までの医者のように月彦の病を治すことができなければ、この百合という女も殺せばいいだけだと月彦は思い、百合から薬を奪い取った。

『お待ちください月彦様!!』
「……何だ?」

『その薬を──いえ、その瓶の中に入っているわたくしの血を飲んだ場合、病は確実に完治し、寿命が伸び、更には脅威的な力を得る事が出来ますが、それ相応の覚悟と代償が必要になります。』

薬を百合から奪い取った月彦は、直ぐにでも瓶の中の真っ赤な薬を飲み干そうとした時、百合が慌てて月彦の腕を掴んで制止をし、薬の正体の説明をした。
その驚愕する百合の話を聞き、月彦の瓶を持つ手が密かに震えた。

「な、何!? 血だと!!? それに寿命が伸びて脅威的な力を得るとは一体どういう事だ!?」
『……まず最初に言わなければならないのは、わたくしは人ではありません』
「ますます訳がわからぬ! 人でないと言うならば貴様は一体何だというのだ!?」

次々と出てくる理解が追いつかない言葉の数々に、月彦は最早パンク寸前だった。

『わたくしは───
"白鬼"という種族の鬼でございます。』
「……お……に……」

百合が一旦言葉を止め、再び言葉を発した時には既に容姿が今までのとは違っていた。
白い角が額から生えていて、髪が真っ白になっており、更には耳が尖り、瞳孔が縦長になり瞳の色は金色に変化し、口の間から尖った牙のようなものが見えていた。百合のこの姿を見てようやく月彦は、百合が言った人ではないという言葉の意味を理解出来たのであった。

「………美しい…」
『え……』

そう、月彦は百合の本当の姿を見てとても美しいと思った。思わず呟いてしまっていた事すら気付かないくらい、月彦はぽーっと見惚れていた。
百合は恐れられるであろうと思っていたのか、美しいと言われ思わず頬が赤く染まっていた。そんな様子を見て、月彦は自分が思わず言ってしまっていた事に気づき、我に返った。その時には百合はもう元の人の姿に戻っていた。

「っ…それで、それ相応の覚悟と代償とやらの話をせよ」
『まず1つ目に、月彦様も鬼となり再び人間に戻れるかもわかりません。ですがわたくしのような完全な鬼になると言うよりも、月彦様は元は人なので半分鬼という状態になります。
そして2つ目、食事が今まで食べていた物を身体が受け付けなくなり、人の血肉を欲するようになります。
3つ目、これが1番大きな問題ですが半分鬼となった者は日の光の下を歩けなくなります。歩いてしまったら最後、日の光に焼かれて死んでしまいます』
「……日の光の下を歩けない…」

月彦が望んでいた、病が治ったら日の光の下を歩くという事が出来なくなると聞き、月彦の瞳が動揺で揺れた。

『ですが、日の光にさえ当たらなければ不老不死も同然です。月日がいくら経とうとも老いる事はなく、更には例え首を切られようと、腕を切られようとも再生します』
「……本当にそんな事が可能なのか? 信じられん」
『では、実際にお見せいたしましょう』
「お、おい! 何をする気だ!? 止せ!」

そう言って百合は月彦の傍にあった包丁のような物を手に取り、自らの腕に包丁を宛がった。それを見た月彦は思わず制止を掛けた。だが百合は、そんな月彦に安心させるかのように微笑み、そのまま腕を切断した。
するとどうだろう、思わず百合が腕を切断する瞬間目を逸らしてしまったが、再び百合の腕に視線を向けると、まるで何事もなかったかのように細い綺麗な腕がそこにあった。

「…ほ、本当に再生したというのか……!?」
『はい、この通り綺麗に元通りになりました』

確かに再生したのを見た月彦は、自分も百合のような身体になりたいと血液を飲む決意を固めた。日の光を浴びれないというのは厄介だったが、それでも得るものは大きいと思った。

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