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ここは"ワノ国"から少し離れた所にある、"白狐一族"の者だけが住んでいる神聖な国である。島の名前は"シロノ国"という。

白狐─それは遥か昔から存在している種族で、天竜人と同じくこの世で最も気高い血族と評され、世界の頂点に君臨している者達である。
白狐一族の先祖の当主は天竜人の先代と深い交流があり、その関係は良好で"世界政府"を当時の天竜人の王20人と創設し、創設した後も世界政府の最高戦力として力を貸していた歴史を持つ。その先祖の名は"タチバナ"。

だが、こんな歴史を持つ先祖のタチバナは権力などに興味がない人物で、絶大な力を持つのにも関わらず人々に立場関係なく接し、悪用しなかったという。それは代々続く白狐一族の者達も皆同じだったという。
その事から人々は白狐一族の者達をこう呼んだ、"慈悲深き神聖なる一族"と。


人間の前へ出る時は人間の姿をしているが、本来の姿は白い狐である。こうして白狐一族の者達は、人間達と共に過ごす為に白狐の姿ではなく、人間の姿となりワノ国で暮らしている。

そして、白狐一族の者達は3段階に分けて姿を変えられる。
1段階目は白銀の髪を持つ完全な人間の姿で、この姿の事を"人形"と呼ぶ。母体から産まれる時は、この人形の姿で生まれる。
2段階目は人間の姿を保ちつつ大きな白い耳と白くて長い尻尾を生やし、黒く鋭く長い爪に変化した姿だ。この姿のことを一族の者は"人形白狐"と呼んでいる。
3段階目は人形を保った姿ではなく、全長5mを超える白く大きな狐になった姿である。この姿のことを一族の者は"完全型白狐"と呼ぶ。


白狐一族の者達は皆20歳を過ぎた時から外見の年齢が止まり、死なない限りは人間の5倍は遥かに長く生きるのである。

更には、白狐一族の者の尻尾の数は皆同じ数ではない。産まれた時から決まっていて、その白狐の者の持って生まれた本来の強さの現れなのである。
なので、一本しかいない者もいれば、十本まである者もいる。
だが、その十本の尾を持って生まれることはごく稀であり、十本の尾を持って生まれた者は白狐一族の時期当主になることが決まりである。
十本の尾を持って生まれるのが稀すぎるが故に、3000年以上前から存在する白狐一族の当主は現在で五代目である。

しかも、子供の白狐は生まれて直ぐ人形白狐になれるのではなく、人形白狐になるには物心がついた6歳頃に初めてなれるのだ。
そのため、毎年6歳になった子を集めて、一族の者達の前で一斉に子供の白狐の尾の数を見極めているのだ。その者達の将来も決まる。
尾が1本〜3本の者は家来に、4本〜6本の者が城の門の警備、7本〜9本の者が白と当主の守護者となる。
だが、これは強制ではない。なりたい者だけがなるのだ。現に町人として暮らしている白狐もいるのだ。


現在で時期当主になるべく白狐を待ち続けて100年以上になる。
だが、そんな時期当主を待ち続けることに、終止符が打たれた。
なんと、今6歳の可愛らしい女の子が初めて人形白狐の姿になった時、尾が十本あったのだ。

この事を一族の者は歓喜し、盛大に祝福を上げた。
その十本の尾を持って生まれた女の子の名は、"シルヴィア"。現在五代目の当主の"アランダイン"の娘である。









ここは現当主のアランダインが住む城の中である。
現在、城の中では家来の者が慌ただしく走り回っていた。

「早く準備しなくてはっ!!」
「何たって姫様のお祝いだ!!」
「盛大にしなければ!!」
「今日はめでたいですぞー!!」

「って、お前その手で握ってる物は何だ!!!?そんな物どうする気だ!?」

白狐一族の家来の者達が、お皿やお酒やら料理やらを持ち慌ただしく宴の準備を始めている中、一人だけ明らかに場違いな物を持った家来の者がいた。

その家来の者の手の中にあったのは、なんとタライだったのだ。これには気づいた家来が怒り気味でツッコミを入れた。
それもそうだ、タライで何をするつもりであろうか…。

他の気づいた家来達もぷるぷると怒りで震えて、タライを持つ者を見ている。

「えッ!!?なんじゃこりゃァァァ!!?いつの間に!!」
「「「「バカものーッ!!!!はよ別のに変えてこんかい!!!!」」」」
「い、イエッサー!!」

皆に一斉に怒鳴られ、間違いを犯した家来の者は、さっきの並ではないくらい慌ただしく通ってきた廊下を引き返した。


「なんてことだ!!おれとしたことがまさか間違えるとは!!」
『ラン、そんなに慌ててどうしたの?』
「っ!?ひ、姫様…!!」

タライを持った家来は、突然聞こえた可愛らしい声に驚き立ち止まってそちらへ向くと、そこには白狐一族の姫君で十本の尾を持つシルヴィアがいた。今回の宴の主役である。

そして、ランと呼ばれたタライを持っている家来は、シルヴィアとそう歳は離れていなくまだ13歳の美少年で三本の尾を持つ家来である。シルヴィアと年が近いランは、何かと彼女の世話役を命じられていた。
そんなランにシルヴィアは兄の様に慕い、とても懐いていた。

「姫様、今日も大変可愛らしいですね」
『あ、ありがとうラン』

シルヴィアはランに微笑んで褒められ、照れて頬を染めた。

ランの言う通り、シルヴィアは大変可愛らしかった。まだ6歳だというのに非常に整った顔をしている。間違いなく将来は有望だろう。

雪のように真っ白な肌、ウェーブがかかった白狐一族特有の白銀の髪が胸くらいまであり、タレ目がちのくりくりの大きな目の瞳は宝石の様な薄紫色で、筋の通った高い鼻に、ピンク色でぷるぷるとした形の良い唇。全てが完璧だった。

その完璧なお人形の様な美少女のシルヴィアは、宝石の様な薄紫色の瞳のタレ目がちのくりくりした大きな目でタライを持った家来のランを見上げた。ランはシルヴィアの可愛らしさに頬を緩めつつ、タライを見えない様に手を背後にやり隠した。

『むっ…ランなんか今隠したでしょ!?何隠したの!?』
「げっ!な、何も隠してないですよ…!?」
『うそっ!!だって今げって言った!!』

タライを必死に隠そうとするランに、シルヴィアはその柔らかそうな頬をぷっくり膨らませ眉を寄せながら、ランの背後のタライを見ようと必死に動き回る。その度ランはひょいひょいと動き躱している。

そんなランにしびれを切らしたシルヴィアは、奥の手に出ることにした。

『ラン、めいれいよ!!後ろの物を出しなさい!!』
「なっ…!?それは狡いですよ姫!!」
『ランが隠そうとするからよ!!かんねんして出しなさい!!』

ビシッと人差し指をさしてランに命令するシルヴィアに、ランはガビーンと効果音が出そうな程にショックを受けた。

現当主の娘の姫君、更には次期当主のシルヴィアに命令されれば何があろうとも絶対に遂行しなければならないため、ランは渋々手を背後から出し、シルヴィアにそのタライを見せた。
するとシルヴィアはキョトンとした目でタライを見つめた。

『なあに、これ?タライ?』
「これは料理と間違えて持っきてしまって…」
『…あははははっ!!!ラン、ばかねぇっ!!』

非常に言いにくそうに説明したランに、シルヴィアは盛大に口を開けて大笑いをした。
ランはシルヴィアに笑われ、顔を真っ赤に染めて半泣き状態である。

「うっ…!!だから見せたくなかったんです!!」
『笑ってごめんね!大丈夫よ、もう一度取りに行きましょ!わたしも一緒に行くから!ね?』
「っ!!はい…っ」

シルヴィアに満面の笑みを向けられながら言われ、ランは自分の胸がズキューンと音を立てて大きな矢が刺さったのを感じ、胸を抑えながら頷いた。

すると、頷いたランにシルヴィアが満面の笑みを浮かべたまま、真っ白で柔らかそうな小さな手をはいっと差し出した。その手をランはキョトンとした顔で見つめた。

『手つなぎましょ!』
「っはい!!」

ランはやっと理解し、心臓の音をバクバクさせ顔を真っ赤に染めながら、その差し出された真っ白で柔らかそうなシルヴィアの小さな手に、自分の少し大きくて男らしくなってきた手を重ね、包み込む様に優しく握った。

そして、手を繋いで歩くシルヴィアとランを、通りかかった家来の者は微笑ましそうに2人を見ていた。