story.17

──2年後

白狐の一族の者を失って2年が経った。
シルヴィア8歳、ドフラミンゴ8歳、ロシナンテ6歳になった。


その日の夜になり風呂に入りながらシルヴィアは考える。

一族の者達を失ったショックは大きかった。
ドフラミンゴの言葉と、優しいドンキーホーテ家の皆のお陰で大分楽にはなったが、やはり考えてしまうのだ。何故シルヴィアだけが生き残っているのだろうかと。このままのうのうとシルヴィアだけ生きていていいのだろうか。一人になるとそればっかり考えてしまう。2年前からずっとこんな感じだ。

──わたしも連れて逝ってほしかった……。

そう思ったのに、その時にドフラミンゴの顔が浮かんだのは何故だろうか…。ドフラミンゴが生きている限り、シルヴィアは逝こうとしても全力で死から逃れようとしてたとでも言うのだろうか…。

──わたしはドフィの事どう思ってるのかな?

そこでふとそう思い、ドフラミンゴの事を考えてみる事にした。
最初シロノ国で出会った時、優しそうな雰囲気のロシナンテ達とは違い、ドフラミンゴは何だか異質な雰囲気を感じたのが印象的だった。その異質な雰囲気が何なのかはわからないが、シルヴィアは酷く興味を持ったのは記憶に新しかった。それがどんなものかは未だにわからないが、何故かそう遠くない未来でわかる様な気がした。
だが、ドフラミンゴがロシナンテ達とは違い決して優しくない訳ではなかった。ドフラミンゴは強引でぶっきらぼうな所があるが、根はしっかりしていて周りに気を配れるとても優しい人なのだ。そして何より、何度もシルヴィアを強い言葉で救ってくれたのだ。とても嬉しかった。

──ドフィはあの姿を見ても嫌わないでくれるかな…。

シルヴィアは人間ではない。白狐というドフラミンゴ達人間からしたら、化け物なのだ。本来の姿を見ても嫌わないでくれるだろうか…。家族として受け入れてくれると言って2年経った今でも、それが怖くて明かせないでいる。

『ドフィにだけは嫌われたくないな…』
「何がだえ?」
『えっ!!!?』

独り言のつもりがまさの返事が返ってきて驚いて振り返ると、そこには怪訝そうにシルヴィアを見ているドフラミンゴがいた。しかも、いつもの真っ黒なサングラスをつけていない。ドフラミンゴの素顔は想像通りと言うべきか、眉がない所為もありキツ目に感じた。そして一番目を惹くのは赤い瞳だった。その瞳はルビーの様に綺麗に輝いていた。いや、まずそれよりも何故──

『な、なんでここにいるの!!?』
「シルヴィアが風呂から出るのが遅せェから心配して見に来たんだえ」
『そっか、心配かけてごめんね!もう出るからもう行って大丈夫だよ!』
「………」

もう出るから行って大丈夫だと言ったのにも関わらず、何故かドフラミンゴは眉間に皺を寄せ、湯船に浸かっているシルヴィアの元へ歩み寄って来た。

『な、なに…?』
「…さっき言ってたおれに嫌われたくねェってなんなんだえ?」
『な、なんでもないの!気にしないで!』

今ここで本来の姿を見て嫌われたくないので何とか誤魔化そうとするが、ドフラミンゴは益々眉間に皺を寄せて詰め寄ってきた。

ドフラミンゴにだけは嫌われたくなかった…。
だが、何もドフラミンゴだけではなく、ロシナンテ達にも嫌われたくはなかった。彼等もシルヴィアの本来の姿を見ても、2年前の様にまだ家族だと受け入れてくれるだろうか…。

「ならなんで泣きそうな顔してるんだえ?」
『!!……』

泣きそうな顔と言われて驚いた。嫌われたくないという気持ちが強すぎて、顔に出てしまっていたのだろうか。慌てて顔を引き締めたが、ドフラミンゴはそれを見て悲しみに満ちた顔をしていた。

「おれには言えないことかえ?」
『…、…』

そう言ってドフラミンゴはシルヴィアの頬へ手を伸ばし、優しく壊れ物でも触れるかの様に撫でた。そのあまりにも優しい手つきと、悲痛な声に驚いて目を見開いてドフラミンゴを見つめた。

「おれはシルヴィアに例え何を言われても、嫌わねェ自信があるんだえ?」
『……ほん、とに?ほんとに、嫌わないでくれる?』
「あァ、絶対嫌いにならないえ」

サングラス越しにではなく赤い瞳でしっかりシルヴィアの目を見て、はっきりと言って頷いたドフラミンゴに、シルヴィアは嘘ではないのが読み取れ覚悟を決めて本来の姿を見せる事にした。

湯船から出て、ドフラミンゴの前に立って目を閉じた。
その時、何故かドフラミンゴがシルヴィアの身体を見てゴクリと唾を飲んだ音が聞こえ、その様子が気にはなったが、"人形白狐"の姿になった。
すると、みるみる人間とはかけ離れた姿に変化していく。白く大きな耳、十本ある白く長い尾、鋭く伸びた黒く長い爪──そして今はドフラミンゴの反応が怖くて開けずにいる目の瞳は、金色に輝いている。

「…シルヴィア」

ドフラミンゴに名を呼ばれた。その声音は恐怖にも嫌悪にも染まっている訳ではなく、ひどく優しい声だった。
その声に導かれる様に恐る恐る目を開くと、ドフラミンゴの顔は恐怖ではなく興奮で染まっていて、驚いて目を見開いた。だってそうだろう、嫌わないと言われたが恐怖はあるだろうと覚悟したのに、それが一切感じられないのだから。

「シルヴィアが嫌われる事を恐れてたのはこの姿の事かえ!?」
『…う、うん…』

興奮気味に言われ、戸惑いつつ頷いた。

「かわいいえ!!」
『っ……』

可愛いという言葉に驚いて息を呑んだシルヴィアに構わず、ドフラミンゴは更に続けてきた。

「おれにとってシルヴィアは──初めて出会った時から、今この姿を見た時でも変わらず、一人のかわいい女だえ!!」
『…、…っう、うう…!!!』

ドフラミンゴの言葉を聞いた途端、嬉しさのあまり視界がぐにゃりと歪んで涙が溢れてきた。

──ああ、ドフィはまたわたしに欲しい言葉をくれた!!

嬉しさが抑えきれずに、ドフラミンゴに戻って正面からガバッと抱き着いた。
するとドフラミンゴが突然の衝撃に耐えきれずに後に倒れたが、驚きで硬直しているのがわかった。
だが今のシルヴィアは離れる事は出来そうになかった。

「シ、シルヴィア!!?」
『あり…がとう…!!ドフィあり、がとう!!──大好き!!』
──ちゅっ!
「!!!」

嬉しさのあまり、ドフラミンゴの唇に触れるだけのキスをした。そしてそのまま、ドフラミンゴの反応を見る前に"人形"に戻り、ドフラミンゴの胸に顔を埋め、ぐりぐりと顔を擦りつけて甘えた。"人形"に戻ったのは、十本ある尻尾と大きな耳が甘える時に邪魔だと思ったからだ。
その時またしても何故かドフラミンゴがゴクリと唾を飲んだ音が聞こえたが、今のシルヴィアは気にもとめずに、甘え続けた。



その時、ドフラミンゴの胸に顔を埋めているシルヴィアは気づかなかった。
その様子を見ていた者がいて、その者が逃げる様に去った事を──

それを見てドフラミンゴがニタリと笑い勝ち誇った顔をしていたのを──…