story.2

シルヴィアとランは手を繋ぎ、食堂へ向かって歩いていた。その間に忙しそうに動き回る何人もの家来とすれ違った。
ちなみに、間違って持ってきたタライは、途中通った入浴場へ返却済みだ。

『みんな忙しそうね』
「そりゃそうですよ、姫様!!次期当主が決まってみんな嬉しくて仕方ないんですよ!!何たって姫様が次期当主ですからね!!」
『そうなの?みんなわたしで嬉しいの?』
「はい!!もちろんです!!」

シルヴィアは次期当主になることが決まってから、実はずっと不安だったのだ。本当に自分なんかでいいのだろうかと。

だが、ランに笑顔で言われてシルヴィアは忙しそうに動き回る家来を見てみると、そこには忙しそうにしながらも、確かに嬉しそうに笑顔を浮かべているのがわかる。

『ランもわたしで嬉しい?』
「はい!!そりゃもう!!あまりにも嬉しくて浮かれてたら、タライを料理と間違えて持って来てしまったほどですからね!!」

笑いながら少し照れ臭そうに言ったランを見て、シルヴィアもこの時初めて次期当主に決まった事を嬉しく思い、笑顔を浮かべた。
そんなシルヴィアを見て、ランも彼女の笑顔に頬を染めながらも益々嬉しくなった。

その時、前方から嘲笑いながら近付いてきた者がいた。


「おい、バカ姫様!!!」
「レン兄さん!」

その者はランの3つ上の16歳の美形の兄で、尾を七本持つ守護者のレンだった。

レンはずしずしと音を立てながらランとシルヴィアの前まで来た。
そして、手を繋いでいる2人の手をチョップして引き離した。その事にレンの横でランがギャンギャン吠えてるが、レンはガン無視である。

『むっ!!バカってなによ!!?』
「おいおい、バカ姫様はバカの意味も知らねェのか?」
『ちがう!!なんでバカって言うの!!?』

レンのあまりにも酷い言い草に、シルヴィアは真っ白で柔らかそうな頬をぷっくりと膨らませ、キッとレンを睨みつけた。そんなシルヴィアをレンは鼻で笑った。

「フンっ!!バカにバカって言っちゃ何がいけねェんだ!?」
『むっ…!!』
「レン兄さん!!姫様をいじめないでくれ!!」
『!…ラン大好きっ!!』

庇ってくれたランに嬉しくなり、シルヴィアはガバッとランの腰に正面から抱きついた。それは身長の問題なのでシルヴィアに何の意味も悪気もないのだろうが、腰ということはつまりはアレがある訳で…。
ランはボンっと音を立てて色んな意味で顔を真っ赤にして固まった。

しかも、運が良いのか悪いのか、先程まで大忙しで廊下を走り回っていた家来達が、今はすっかりその様子がなくなっていた。よって、止められるのは今現在レンのみになっていた。

「はあっ!!?お、おいバカ姫様ランから離れろ!!!色々やべェから!!!」

弟の様子に気づいたレンが、必死にランから引き離そうとシルヴィアを引っ張るが、シルヴィアは離れるどころか逆にいやだ!と言って抱き着く力を強めた。

その時、シルヴィアは気づいた。何やら自分の顔に硬いモノが当たってると…。
だが物心ついたばかりの純真無垢のシルヴィアは、それがどうゆうモノで何で硬いのか知らなかった。

だからこの後の発言もまったく悪気はないのだ。

『ねぇラン、このかたいのな「ああああああっ!!!!」っ!!?』

シルヴィアが最後まで言い切る前に、レンが叫び声を上げて遮った。突然の事にシルヴィアはビクッと体を震わせ、レンを振り向いた。相変わらず抱きついたままだが…。

レンは怒りやら嫉妬やら焦りやらで、美形の顔をとんでもない表情に変えていた。顔を怒りで赤く染め、米神には青筋を浮かばせ、眉間に皺を寄せ、変な汗を全身から滝の様に流し、身体をぷるぷると震わせている。

そんなレンを見たシルヴィアは、何故レンがそうなってるかわからないが、ただ事ではないと察しランから離れ、レンに恐る恐る近付いた。

『な、なに!?どうしたの!?』
「っんとにどうしようもねェほどバカな姫様だなおいっ!!!こんなバカ姫様が次期当主でいい訳ねェ!!!おれは認めねェ!!!」
『っ!!!??』
「なっ!!?レ、レン兄さん何もそこまで言わなくても…!!」

今まで固まっていたランはレンの言葉で復活し、非難した。
レンも言った後にハッとなり後悔するが、シルヴィアの顔を見て驚愕した。シルヴィアはその宝石の様な薄紫色の瞳から大粒の涙を流し泣いていたのだ。
ランもそんなシルヴィアを見て驚愕している。

『な、なによっ!!そごまで言わなぐだっでいいじゃん、レンのバカ!!レンなんで大っっ嫌い!!!』
「っ!!!??」
「姫様っ!!!」

シルヴィアは走り去ろうとしたが、ランの呼び止めに一瞬止まるも、振り返らず直ぐ走り去ってしまった。
だからシルヴィアは気づかなかった。その時、レンがどんなに傷ついた表情をして、どんなに切ない表情で見ていたのかを…。

そんなレンをランだけが見ていて、なんて声を掛けたらいいかわからなく、複雑な表情でレンを見ていた。

「レン兄さん…」
「わかってんだ…純粋で幼い姫様が理解できる訳ねェのに、おれが言っちゃいけねェこと言ったって事。お前に嫉妬して思ってもねェこと言っちまった……」
「……うん」
「いつも変にいじめんのも、姫様と仲良いお前に嫉妬していじめて気を引こうと必死なんだ…。おれは姫様が大好きなんだよ…っ!!」
「……わかってる」

レンの悲痛な心の叫びを聞き、ランは不器用すぎる兄を複雑な表情で見つめた。
ランもシルヴィアを想ってるためレンとはライバルになるが、素直に気持ちを表せられるランと違い、不器用な言動でしか気持ちを表せられない兄を同情していた。

「ラン、姫様の様子見に行ってくれねェか?きっと今も泣いてる…」
「…レン兄さんは?」
「おれは姫様に会わす顔ねェから宴の準備を手伝いに行く」
「…わかった」

レンにお願いされ、ランはシルヴィアが去って行った方向へ向かって歩んだ。そしてランとは反対方向にレンは歩んだ。

進む方向が真逆な彼等は、まるで性格が真逆なのを表しているかのようである。
だが、進む方向や性格が真逆でも、彼等が心から想う人は同じである。シルヴィアという彼等の姫君ただ一人だ。