story.3

レンとランの元から走り去ったシルヴィアは長い廊下を走っていた。

すると、前を向いて走っていなかったため、角を曲がった時に前方にいる人物に気づかなくて、シルヴィアはその人物に勢いよくぶつかる事となった。

『あうっ!!』
「うっ…!!」

ぶつかり合った2人は、呻き声を上げて衝撃から後ろへよろけた。シルヴィアはあまりの事に涙が引っ込んだ模様。

『ご、ごめんなさい!!!前をちゃんと見てなかったの!!!』
「い、いえ、こちらこそ…!!」

頭を下げて謝罪し合った2人は、そこでふと聞き覚えのある声に顔を上げ、その人物を見合った。

「シルヴィア!!」
『お兄様!!』

そこにいたのはシルヴィアの兄のクラウディだった。クラウディはシルヴィアの歳の離れた25歳の兄で、美形だがどこか妖艶な雰囲気があり、九本の尾を持っている。

そんなクラウディは、愛する妹の顔が涙で濡れていることに気づき、目線を合わさせるようにしゃがむと、シルヴィアの濡れてる頬へ手を伸ばし優しく触れた。
シルヴィアがびっくりしてクラウディの顔を見上げると、兄は怒りで顔を歪めていた。

『お、お兄様…っ!!』
「シルヴィア、何で泣いてるんだい?」
『こ、これは…!!』
「これは?」

シルヴィアはしまったと思った。クラウディは普段は滅多なことがないと怒らないが、怒った時はとても恐ろしいのだ。

これはレンの事を話すべきではないと、シルヴィアは幼いながらも瞬時に察知し、レンの身を守る為に嘘をつく事にした。
やはりあんなことがあった後でも、レンのことは嫌いになれないのだ。彼が本当はとっても優しい事を知っているから。

『お兄様これはね、顔を洗っただけなの!!ふくのを忘れちゃっただけよ!!』
「…ならなんで目がちょっと腫れてるんだい?充血もしてるよ。」
『せ、せんがんざいが目に入っちゃって痛かったの!!』

シルヴィアは幼いながらも頭の回転が早く、どもって視線が泳いでしまっているが、素早く頭を回転させて考えた嘘は上手い。

だが、やはりと言うべきかクラウディは騙せなかった。クラウディはシルヴィアに嘘をつかれ、表情を怒りから悲しみに変えて端麗な顔を歪ませた。

「シルヴィアに嘘をつかれておれは悲しいよ…」
『お、お兄様…』
「そんなにそいつが大事なのかい?」
『うん、とても大事な人なの!!うそついてごめんなさい、お兄様…』

クラウディは本当に悲しそうに顔を歪め、年の離れた小さな愛しい妹のシルヴィアを抱き締めた。
そんなクラウディに、シルヴィアは観念して嘘を認めて謝罪した。優しい兄を悲しませてしまった事に対しての罪悪感が半端なかった。

だが、この時抱きしめられているシルヴィアは気づかなかった。クラウディがシルヴィアを泣かせた人物が誰かとっくにわかっていて、シルヴィアの言葉を聞いてどれ程までに憎々しげに顔を歪めていたかを。
あまりにも禍々しいその表情は、見る者を凍り付かせる程までの威力がある。


「姫様ーっ!!どこですかーっ!?」

『!!』
「この声はランか…」

その時、遠くからランがシルヴィアを呼ぶ声が聞こえた。
クラウディは内心舌打ちしながら、名残惜しげに抱き締めていたシルヴィアを解放した。
それと同時にランが、シルヴィアとクラウディの姿を発見した。

「姫様、クラウディ様とご一緒でしたか!!」
『…ラン、レンは?』
「レン兄さんは宴の準備を手伝いに行きましたよ」
『そうなんだ…』

シルヴィアはショボーンと効果音がつきそうな程、見るからに落ち込んだ。
そんなシルヴィアにランは複雑そうな顔をした。

「あの姫様、レン兄さんのこと…」
『大丈夫!!大っ嫌いなんてうそだから!!』
「よかったです…!!レン兄さんあんなこと言ってましたが、心から思ってた訳じゃないんです…それだけはわかってください…!!」
『…うん、わかった』

ランに真剣な眼差しで言われ、シルヴィアは頷いた。いくらライバルと言えどもレンはたった一人の大切な兄なので、その兄がシルヴィアに嫌われるのは耐えられなかったのだ。

だが、この時ランとシルヴィアは忘れていた。厄介な人物がこの場にいることに。

「そうか、やはりおれの可愛い妹を泣かせたのはレンだったのか…」
「『!!?』」
『お、お兄様…!!』
「クラウディ様…!!」

クラウディは怒りで端麗な顔を歪め、禍々しい程までの殺気を全身から溢れ出させた。その殺気にシルヴィアとランは冷や汗を流し、身体を震わせた。

クラウディが歩きだそうとしたその時、シルヴィアが恐怖で身体を震わせながらクラウディの脚に抱き着き、引き止めた。

『だ、だめ…っ!!!』
「シルヴィア離れろ!!おれの大事な妹を傷つけた罪は重い!!それに次期当主のお前を泣かせたんだ、死を持って償うべきだと思わないかい!?」
『っ!!わ、わたしはそんなこと望んでないよっ!!』
「シルヴィアが望んでいなくても、おれが許せないんだよ!!いい子だから離れろシルヴィア!!」
『いや…っ!!』

シルヴィアは必死にクラウディにしがみついて引き止めようとした。
だがちっとも怒りが収まる様子のないクラウディに、次第に涙が流れてきた。このままでは本当にレンがクラウディに殺されてしまう。

「クラウディ様もうお止めくださいっ!!姫様が泣いています!!」
「!!?……シルヴィア」

恐怖に震えていたランは泣いてるシルヴィアに気づくと、恐怖から怒りに変わり怒鳴る様にクラウディへ伝えた。

この時クラウディは初めて気づいた。今まで目の前しか見ていなかったので、気づかなかったのだ。クラウディが足にしがみついているシルヴィアへ視線を向けると、そこには確かにその大きな目から涙を流し、恐怖からか身体を震わせているシルヴィアがいた。

気づいた瞬間に殺気は消え、どうしようもない程の後悔の念に駆られた。どんな理由があるにせよ、世界で1番大事な可愛い妹を泣かせてしまったんだ。状況は違うだろうが、これではレンと一緒だ。

「シルヴィア、ごめん…!!」
『っもうレンを殺そうとしない…?』
「うん、もうしないよ!!だから泣き止んでおくれシルヴィア…」
『よかった…っ!!!』

クラウディの言葉を聞いて、ランとシルヴィアは心底安心して息を吐いた。流れていたシルヴィアの涙は止まった。

そして、この時シルヴィアは誓ったのだ。今回の事があるので、これから先に何があろうとも兄のクラウディの前では絶対泣かないと──…