story.5

『お、お兄様…っ!!』

暫くクラウディがシルヴィアの頬に自分の頬をすりすりと擦り付けていると、シルヴィアが痛みに耐えるような表情をした。そんなシルヴィアを見て、遠い目をしていたランとアランダインは我に返り、クラウディとシルヴィアを無理矢理引き離した。その瞬間、クラウディは自分の腕からシルヴィアを取り上げられ、あっと悲しそうな声を出した。

「クラウディ、シルヴィアが痛がっていた」
「ずっと擦り付けてたらそうなりますって」

アランダインの言葉にランが付け足す様に言った。クラウディはその言葉を聞いてハッとしてシルヴィアを見ると、クラウディが擦り付けていた方のシルヴィアの真っ白な頬は、痛々しいくらい赤くなっていた。

「っ!!痛かったよな…?ごめんシルヴィア……」
『ううん、わたしはぜんぜん大丈夫だから気にしないでお兄様!!』

本当に申し訳なさそうに謝ってくるクラウディに、シルヴィアは健気にも笑顔を浮かべながら安心させる様に言った。するとクラウディは、安心した様にホッと息を吐いて胸をなでおろした。
その様子を見ていたランとアランダインは感心していた。

「さすがです姫様!!その年で既にもう慈悲深いお心をお持ちとは!!」
「さすがは私の娘で次期当主になる者だ。そうでなくてはな。」
『えへへっ』

ランとアランダインにそう褒められ、シルヴィアは頬を染めて嬉しそうに笑顔を浮かべた。そんな可愛らしい笑顔を見て、当然クラウディが反応しない訳もなく──

「ぐはっ…!!!」
「もういい加減にしろよあんたァァ!!!」

やはり鼻と口から血が飛び出した。
いつもならそのまま辺りに飛び散らかすのだが、今回は違った。瞬時に感知したランが懐から雑巾を取り出し、凄まじい速さで怒鳴り声を上げながらクラウディに駆け寄り、持っている雑巾をクラウディの顔面へ押し付けた。その事で辺りに飛び散ることは免れた。
その様子を見ていたアランダインとシルヴィアは感心していた。

「ハァ…ハァ……た、助かった…!!!」
「素晴らしい瞬発力だな、ラン。家来にしとくのが惜しいくらいだ」
『ランすごいわっ!!!見えなかった!!!』

血が飛び散るのを阻止できてホッとしてるランに、そう言って2人は褒めた。だが、それが気に入らない者がいた。誰か言わなくても、もう皆さんもお分かりだろう…。

「くそっ、ランめ!!!シルヴィアに褒められやがって!!!いい気になるなよ!!!」

そう、クラウディこの人である。クラウディは顔面に雑巾を押し付けられたまま、大好きな親に認めてもらえない子供が言う様な台詞を憎々しげに吐き捨てる様に言った。

「もう黙れクラウディ様コノヤロー!!!」
「ぐっ…!!!」

ランは雑巾をクラウディに押し付ける手を強め、般若の様な顔でそう言い返した。すると、クラウディが苦しそうな声を出した。

「ハァ……そろそろその辺にしろ。シンディがシルヴィアを着飾る為に待ってるはずだ。」

アランダインは今日何度目かわからない溜息を吐きながらそう言った。
クラウディが、アランダインの言った"着飾る"という言葉に即座に反応し、その後に取った行動は早かった。雑巾を押し付けているランを振り切って、アランダインに詰め寄り──

「父上!!カメラの準備は万全か!!?」

カッ!と目を見開きそう言った。ランに顔にぐりぐりと雑巾を押し付けられた事による広がった大量の血を、顔中にべったりとつけながら…。

『きゃああああっ!!!お兄様の顔こわい!!!』
「なっ…!!?シ、シルヴィア……!!!」

クラウディの顔を見たシルヴィアは青ざめて悲鳴を上げ、近くにいたランに飛び掛り、抱きとめてくれたランの腕の中で顔を埋めて震えた。それくらい恐ろしかった様だ。まあ、無理もない。カッと目を見開き顔面血濡れなその姿はゾンビの様だ。まだ6歳の女の子が見るにはキツいものがある。
クラウディといえば、愛する妹に恐怖された事にか、はたまた愛する妹がランに抱っこされてる事にか、いやむしろ両方にだろうが、ガガーンと再び大きなショックを受けていた。シルヴィアからランを引き離そうにも、このままシルヴィアに近づいても今以上に怖がられかねないので、憎々しげに嫉妬の眼差しをランに向けるしか出来ないでいる様だ。顔面血濡れなのが備わりその迫力は凄まじい。それはもう顔面だけで人を殺せるんじゃないかというレベルだ。

「ラン雑巾を貸してくれ!!今すぐにだ!!!」
「もうあんたが大量の血を飛ばしまくってくれたお陰で換えはないですよ!!」
「雑巾より水で洗う方がいいだろう。カメラの用意はしたから、お前は早くその血だらけの顔を水で洗って準備をしろ。もう宴まで時間が無い。」
「あァ、わかった!!」

ランとアランダインにそう言われ、クラウディは直ぐ様行動に移した。未だにランの胸に顔を埋めて抱っこされてるシルヴィアの方を向いて──

「シルヴィア!!おれはもう行くからランがオオカミになる前に早く離れるんだぞ!!」
「なっ、なんちゅうこと姫様に言うんだあんたァァァ!!!!!」

そうとんでもないことを叫ぶ様に言うと、シルヴィアの返答を求めずドタドタと激しい足音を立てながら物凄い速さで走り出した。
すかさずランがありったけの力を込めて般若の様な顔で怒鳴る様に叫んだが、クラウディは既にもう姿が見えなくなっていた。

「まったくあいつは……まだ6歳のシルヴィアにもうそうゆうコトを教えるつもりなのか……」

ランの背後ではアランダインが額に手を当ててクラウディの発言に呆れて、ご最もなことをそう呟いたその時──


「うははは!!!お前にはシルヴィアを襲う勇気なんてないか!!!」
「ふざけんなクラウディ様コノヤロー!!!!」
「………」

かなり遠くからまさかの返事が返って来たではないか。
ランがまたしてもありったけの力を込め、先程と同様で般若の様な顔で怒鳴るように叫ぶ中、アランダインは思わず呆気に取られて言葉を失っていた。なんという息子なのだろう。何故ああなってしまったんだ。
さすがにもうクラウディから返事は返って来なかった。

「姫様、あなたのおバカな兄はもう行きました。もうだいじょ──…」

ランは腕の中のシルヴィアへ視線を向けると、そこにはきょとんとしてランを至近距離で見上げているシルヴィアがいた。いや、抱っこしてるので至近距離なのは当たり前なのだが、近くで見るシルヴィアは益々可愛らしくてランは絶句した。今まで状況が状況だったので全然意識していなかったが、意中のシルヴィアが近くにいると認識した途端に全身に熱が溜まり心臓が煩く鳴り出した。

「ひっ、姫様…!!」
『ねぇラン、ランはオオカミさんなの?』
「えっ…!!?」

シルヴィアの口からそんな言葉が出て、ランは無意識に視線をシルヴィアの唇に持って行ってしまった。そしたらもうそこにしか視線が行かなくなってしまい、気づいたら今はただそのぷっくりとしたピンク色の美味しそうな唇を貪りたいとしか思えなくなってしまっていた。

「……そうかもしれません…」

そしてランはまた気づいたらそう無意識にシルヴィアに返していて、ランは自分の唇をシルヴィアの唇に誘われる様に近づけていた。