story.6

もう少しでランとシルヴィアの唇が重なろうとしていたその時──


「ラン待て……私の目の前で本当にオオカミになるつもりか?」
「っ……!!!」

アランダインがランの腕の中からシルヴィアを取り上げ阻止した。その声と表情は密かな怒りが込められているのを感じられる。
そして、ランはアランダインに言われて我に返り、自分が今やろうとした行動が信じられなくて困惑していた。

「お前の気持ちには気づいている。私は身分が違うからという理由でお前の気持ちを否定するつもりはない。」
「っ……」
「だが、そうゆうことをする前にシルヴィアに気持ちを確認してからだ。それにまだシルヴィアは幼いんだ、そうゆうことをするにはまだ早すぎる……わかったな?」
「っはい……」

アランダインに念を押す様に言われ、ランは絞り出す様な声で頷いた。
それを確認して次にアランダインは腕の中にいるシルヴィアに視線を向けた。そこには眉を下げ、困惑からか瞳が揺れているシルヴィアがいた。幼いシルヴィアは今までのやり取りが理解出来なかったのだろう。

「シルヴィア、まだ幼いお前には理解できないかもしれないが──男は皆、心にオオカミを飼っている生き物なんだ。」
『うん…?お父様もオオカミさん…?』
「あァ、もちろん私もだ。だが、それを無闇に口にしてはいけない。そうしないとお前は簡単に男に食われてしまうからな。」
『わ、わかった…!!』

シルヴィアはアランダインの言葉を聞いて青ざめた顔で頷いた。アランダインの言った意味のと別の意味だと思ったのだろう。だがアランダインはそれでいいと思った。まだ幼いシルヴィアに教えるべきではないのだ。
アランダインとシルヴィアのやり取りをランは複雑な表情で見ていた。

「ラン、お前も早く宴の準備に戻れ。呼び寄せた"世界貴族"の"天竜人"達もこの国に着く頃だろう…」
「はっ!!承知致しました!!」

ランはアランダインの言葉に力強く頷き、準備に取り掛かるべく走り去った。

それを見送り、アランダイン達も歩き出した。

「シルヴィアに言っておきたいことがある。」

歩きながらアランダインがシルヴィアに話しかけた。その声は真剣味を帯びていて、シルヴィアも釣られるように真剣な表情で話を聞く。

『うん?』
「当主になったら自由がなくなる。国から出る事は疎か、城からさえ出る事が一切出来なくなるんだ……意味はわかるな?」
『うん…』
「お前はもう少し大きくなったら1度海へ出て世界を見て回りなさい」
『えっ!?ど、どうして…?』

シルヴィアはアランダインの言葉を聞き、驚きから目を見開いてアランダインを見た。そんなシルヴィアにアランダインは更に続けた。

「他の国や島には見たこともない様な、そして想像も出来ない様な事が沢山あるんだ。それを見て回りなさい。私はそれが出来なかった……」
『………』
「酷く後悔した……お前には私の様になってほしくないんだ……」
『………』

シルヴィアはアランダインに何も言い返すことが出来ないで、ただ聞いてることしか出来ないでいた。それは願いを語ったアランダインが、酷く切ない表情で語っていたからだ。

「そして私は海賊というものに憧れた」
『えっ!?……でも、かいぞくって悪い人達なんでしょ?』

ずっと黙って聞いていたシルヴィアだったが、アランダインの言った事に驚いて思わず言い返していた。

「確かに海賊には悪い者もいるが、海賊全員が悪いわけじゃない。それとは反対に、ただ自由を求めて航海して世界を見て回っている者達もいる」
『……うん』
「シルヴィアが生まれる少し前にこの国に来た海賊達がいて、そいつらがそうだった……そいつらに会ってから私は酷く海へ、そして海賊に憧れる様になった」
『そのかいぞくの人なんて名前の人なの?』

普段表情を滅多に変えないアランダインが、懐かしむ様な表情で目を少し輝かせて語っているのを見て、シルヴィアは思わずそう聞いていた。

「そうだな、もしかしたら国から出た時に名を聞くかもしれないから言っておこう。
──そいつの名は"ゴール・D・ロジャー"」
『ゴール・D・ロジャー……』

シルヴィアはゴール・D・ロジャーという名を心に刻み様に呟いた。

「この世界で私は2人だけ友人と呼べる者が出来てな…そのうちの1人がロジャーだ」

父のアランダインが語ったこと、そしてその海賊の名をシルヴィアはこの先ずっと覚えておこうと思った。大好きな父が憧れた人で、友人だと言った"ゴール・D・ロジャー"という人の事を。









現在シルヴィアは母のシンディに着飾ってもらっていて、アランダインは"天竜人"達がシロノ国に到着したという事で、挨拶と迎えの為に城の外へ出ている。

因みに、母のシンディは歳は150歳で尾は八本あり、絶世の美女として知られている人だ。そんなシンディはシルヴィアの自慢の母だ。

『ねぇ、お母様』
「何かしら?」
『お母様はシロノ国から出たことあるの?』
「ええ、あるわよ」

シンディはシルヴィアのに、シルヴィアの髪を結いながらその美しい顔に笑顔を浮かべて頷いた。

『海に出てたどり着いた国はどんなとこだったの?』
「──…もしかして海へ興味が出たの?」
『お父様が、わたしが当主になる前にもう少し大きくなったら世界を見てこいって!』

シルヴィアがそう言うと、シンディの髪を結んでいる手がピクっと反応して止まったが、直ぐ再開されたためシルヴィアは気づかなかった。

「……そう、あの人シルヴィアにそんなこと言ってたのね…」
『お母様はわたしが海に出るのははんたいなの?』
「そうね、反対よ。海へ出るなんて許さないわ、絶対ダメよシルヴィア。」
『ど、どうして…?』

反対だと即答したシンディは、髪を結んでいる手を動かしながら、眉間に皺を寄せ静かに怒る様にそして念を押す様に、鏡を通してシルヴィアを見つめて言った。
シルヴィアはアランダインとシンディの意見の食い違いに、薄紫色の瞳を揺らして困惑した。それもそうだろう、1人は賛成もう1人は反対だったらどっちの意見を聞くべきかわからなくなるというもの。

「海は安全ばかりじゃなく、危険な事もあるのよ。私の可愛い娘に危険が及んだりでもしたら嫌だもの。」
『っ……』

シルヴィアはシンディの言葉に何も返す事が出来ず、ただただ息を呑んで困惑するしか出来ないでいた。
そしてシルヴィアはこの時思った、シンディに話すべきではなかったと。この事でシンディとアランダインが言い合いになるんじゃないかと……。だが、後悔しても後の祭りだった。

「──シルヴィア、出来たわよ」
『えっ…!?あっ…!!』

後悔の念に駆られていたシルヴィアだったが、シンディの言葉でハッとした時、鏡に写った自分の姿を見てみると、確かにそこにはシンディによって綺麗に髪が結われ、ほんの少しの化粧が施されたシルヴィアがいた。髪には沢山の色とりどりな花が咲いている簪を挿されている。

シルヴィアが鏡に映る自分の姿をボーッと見ていると──

「シンディ、終わったのか?」

アランダインが現れた。その事でボーッとしていたシルヴィアが我に返ってアランダインが立っている襖へ振り返った。

「ええ、終わったわよ」
「ほう…いいじゃないか、完璧だな」

シンディに微笑んで言われ、アランダインは着飾られているシルヴィアを見て満足気に頷いた。そして、シルヴィアに近づいて手を差し出した。

「さあシルヴィアにシンディ、行くぞ。皆が待っている」
『うん!!』
「ええ」

アランダインに言われ、シルヴィアは差し出された父の手に自分の手を重ねて頷き、シンディは優しい微笑みを浮かべて頷いた。
そしてシルヴィアはそんなシンディを見て安心し、ホッと胸を撫で下ろした。先程の怒りは感じられない様だ。出来ることなら、このままずっとこうであって欲しいと思った。大好きな2人が喧嘩するのだけは避けたいのだ。