落丁


「隊を組め」

なにを言っているんだ、コイツは。
正直に言うと最初に思ったのはそれだった。鳩原の笑顔を「張り付いた」と表現したこの人もアタシからすれば十二分に「張り付いた」表情をしていたけど、それが感情を表に出さないよう自分を取り繕っているだけだと言うことくらい、アタシには見え見えだったので言葉にはしなかった。アタシはこの人のことを、冷たい人とは、言えない。

鳩原がいなくなった後、それを追いかけようとして風間隊と衝突したアタシを止めたのは二宮さんだった。最近は「鳩原の隊長」だとかそんな程度の認識で、その程度しか関わりもなかったし、ボーダーにも人が増えて以前よりも話す機会が少なくなり年の離れた友人という感覚も段々と薄れていた。
少し話さない間に、二宮匡貴という男は良くも悪くも大人になっていた。自分の隊の人間が異世界に密航したというのに嫌に冷静で気にした様子もないような態度が頭にきた。何か言いたいことがある癖に何もないように振舞って、自分一人で解決しようとしている姿に腹が立った。
鳩原に置いて行かれた悲しみと今更ながらの嫉妬心に頭の中がどうしようもなくなって、アタシよりもずっと鳩原の近くにいた癖になぜ止められなかったのだと、無意味に怒鳴って責めたてた。それでもこの人はそんなアタシを慰めることも理不尽な言葉に言い返すこともせずにただじっとアタシの言葉を受け入れるだけだった。

それ以来、なにかとアタシを気にかけて声を掛けてくるようになったこの人は今日ついにそんなことを提案してきた。「隊を組め」なんて、不器用なこの人のことだからきっと本当に隊を組めなんて思って言っている訳ではないんだと思う。どうせ目標を見つけろ、だとか時間を持て余すな、とかそんな意味だろう。一向に返事をしないアタシを不審に思ったのか少し顔を顰めた二宮さんに少しだけ、ボーダーが設立したばかりの、純粋に友人だった時のことを思い出した。

「隊を組めば、ランク戦に参加できる。A級に上がれば近界遠征にも参加できる。お前にとっても悪い話じゃない。......それに前までは___」

「隊は組まないってば。アタシが隊組んだところで遠征に行けるかわかんないし、それにもう良いんだ、そう言うのは。守れないのは、もう嫌だから......」

耐えきれなくなって俯いたまま二宮さんに背を向けて走り出したアタシの後ろで、伸ばした手が空を切る音がした。

怖い、と思う。変わっていくことが。まるで鳩原が居なくても大丈夫だと証明しているようで。足元が覚束無い。地面がガラガラと音を立てて崩れ去るような感覚に陥って気分が悪くなる。
それでも時間は少しずつ過ぎ去って行く。
いつかきっと、お揃いだった制服を脱ぎ捨てる時が来てしまうのだろう。


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