芽のうちに摘みましょう
「フリンズさん、物資ここに置いておきますね」
「あぁ、有り難う御座います。お礼に報告書を差し上げましょう」
支給品を届ける為に何時もの通りパパ島の夜明かしの墓へ行き彼の元へ向かった所、丁度机と睨めっこをしながら報告書を書いていたようだった。己の声にペンを持っている手を止めて顔を上げると微笑みながらそう告げてきたので溜め息を吐く。なんのお礼にもなってませんし、ちゃんと自分で報告書を書いて下さいと持ってきた荷物を置いて振り返る。いい加減にして下さい、と睨むようにフリンズを見遣れば、彼はやれやれとでも言いたげに肩を竦めた。
「……所で坊ちゃま。なにか悩み事でも?」
「え?……そんなに顔に出ていましたか……?」
「ええ。僕が愛しの坊ちゃまの事について気づけないとでも御思いですか?」
まるで全て見透かされてしまっているように感じる、と思った直後呟かれた言葉に再び溜め息を吐いた。またそのような揶揄いを、とじろりと軽く睨む。……相変わらずくつくつと笑うだけで悪びれもしないフリンズにこれ以上云っても無駄かもしれない。
「最近、ワイルドハントに襲われてた一般の方を保護したのですが、それを切っ掛けにその方とよくお話するようになったんです。そこまではいいんです、彼女とのお喋りはとても楽しいですし。ですが……」
「ですが?」
「……その方に好きだと云われてしまいまして。でも、話すようになった切っ掛けが切っ掛けですし、ただ恩人に対する感謝の気持ちを勘違いしているだけではないかと思えてしまって……その、どう接していいか解らなくなってしまいまして」
返事は保留にして貰ってはいるんですけど、と言葉尻が小さくなっていくのを感じながら言葉を濁す。そんな己の様子を見て、フリンズが顎に手を当てながらふむと呟いた。
「つまり、相手方の感情は吊り橋効果によるものではないかと考えていると」
「……そうです」
その言葉にこくりと頷いて返す。勘違いしているのでは、と思っているとはいえ、彼女の好意が嫌だというわけではない。ただ困惑の方が大きかった。だが、だからこそどうしたらいいのか解らない。自分はまだそういったことに経験がないから、余計に。
「――ええ。仰る通り、吊り橋効果の可能性もあると思いますよ。一度はっきり断わってみては如何でしょう?その上でまた告白してくるようでしたらその時は真摯に受け答えすればよいかと。……ただ、」
……その瞬間、何かが変わった気がした。さらりと告げられた言葉にえ?と思わず逸らしていた視線をフリンズへと向ける。一度言葉を区切ると椅子から立ち上がり、ゆっくりとこちらの前に立つと流れるような動作でするりと頬を撫でられた。それはまるで慈しむように、大切なものに触れるかのように。先程とは打って変わって真剣な眼差しで見つめられ、思わず息を呑むと同時にそっと頬に触れたまま親指の腹が目尻をなぞった。
「ただ――僕の方が貴方を心から愛しておりますよ、イルーガ」
「――、」
ぶわりと顔が熱くなったのが分かった。揶揄うのは止めて下さい、とか、どうして急にそんなことを云うんですか、とか云いたいことは沢山あった筈なのに何も言葉が出てこなく、ただただ心臓が煩いくらいに音を立てていた。触れられている頬は燃えるように熱くて、耳まで赤くなっているのが自分でも解る。そのまま抱き寄せられて額に口づけられても嫌悪どころか嫌悪感すら湧かない、もう悩み事なんて頭から吹っ飛んでしまっていた。まるで、上書きされたみたいに。
「……フリンズさんは意地悪です」
「おや、これは手厳しい」
震える声でなんとか絞り出した抗議の言葉にも何処吹く風で微笑む彼にもう何も云えなくなってしまった。嗚呼、これが世に聞く恋というものなのだろうか。だとしたらなんと厄介な感情だろう、こんなにも心を乱されるとは思わなかった。何時もの彼の冗談だと思おうとしても、こちらを見つめる目がそれを赦してはくれない。
「さて坊ちゃま。――僕の恋人になって頂けませんか?」
そうして手を取られ、恭しく甲に口付けられてはもう逃げ場がなかった。嗚呼、きっと彼に勝てる日などこないのだろう。そう思いながら小さく頷くことしかできなかった。