短編(amour en bouton)





「あ〜…疲れた」




クランスピア社の分史対策室で、自分のデスクで座りながら背伸びをする

今日はデスクワークしているのが、多かったからなぁ

そう思って、残りの書類を見てみると、あと短時間で出来る量だったから家でやろうと思い、荷物をまとめポニーテールにしている髪を結び直し、眼鏡をパソコン用から普通の眼鏡に変えて私はクランスピア社を出た















―――――――――






……ボヤーと重たい瞼を開けると、カーテンの隙間から白い朝日が差していた


あぁ、昨日は会社で途中にしてた書類を家に持ってやってて……


気付いたらベッドではなくテーブルに顔を伏せて寝ていた

短時間で出来ると思っていたのに、記入漏れを発見して修正してたから時間がかかってしまって、完成した時に寝てしまったんだ…

ん〜変なところで変に寝たから体が痛い。そう思いながら無理矢理動かして着替えを取りに部屋に行く

ついでに、さっきから鳴り止まない目覚まし時計を止める









そして時計の時刻を見て凍り付いた







「うわああああああああ!!!遅刻!遅刻!!」




そう、既に時刻はいつも家を出る時間の20分前!家から会社までだいたい15分くらいだけど、今から準備して間に合うかどうか…!

もう朝食抜いて行くしかない!

慌てて着替え、化粧をして…

鞄に一番忘れてはいけない書類を入れ、これで大丈夫だと安心して飛び出すように家を出た











―――――――――






「(ふぅ〜〜なんとか間に合った)」




頑張って走った結果、なんとかギリギリで会社についた

ぜぇぜぇと息が荒いが、早く私の上司のところに行かなければ…

そう思いながらエレベーターへ行こうとすると、ヴェルさんが入ってきた




「おはようございます!」

「お……おはようございます…」




挨拶をすると、返してくれたにはくれたけど……何か様子がおかしい




「?、?」

「(気のせいかな……なんかヴェルさんにちら見されているような…)」

「あの…イメージチェンジですか?」

「え?何がですか?」

「あ、いえ………では失礼します」

「?」




そう言ってエレベーターから降りるヴェルさん

普段、仕事以外であまり人と関わらない彼女が何故自分にあんな事を言ったのか……

口紅をオレンジ系ではなく間違ってピンク系を使ったのか?と思った

けど、どちらでも大丈夫だろうって上司の元へと急ぐ









「おはようございます」




私の上司って言うのは…分史対策の副室長でありながら、医療部門の室長

昨日までやってたこの書類は彼に提出で、彼が朝一番に来るとしたら、この医療室


そこに入ると、誰もいない室内にただ1人

私の上司である長い黒の綺麗な髪と赤い派手なスーツが特徴な男性――――リドウがいた




「……?」




彼は机で資料を見ていた顔を上げ私を見ると、そのままじっと見つめ続けた




「あの、書類を……って、どうしました?」




書類を提出しようとしたらリドウの視線に気付き、何があったか尋ねる

しかし、彼はまだ黙って見ていた




「リドウ副室長?」




再び尋ねて、リドウ副室長をよく見ると…

なんか、ぼやけて顔がよく見えない

まだ眠気が取れていないのか?と思って、瞬きをする


そして、リドウ副室長はそんな私に一言






「お前、誰だ?」






な………



…何ですと!?




「えぇぇぇー!?つい昨日まで一緒に働いていた貴方の部下のリルですよ!?」




まさか、こんな事を言われるなんて……信じられない!なんでそう言われたのか全く理解出来ない!

彼はふざけているのか?そう思ったけど、そう言えばさっきヴェルさんにもじっと見られて何か言われたたんだ…

それと同じ事か?って考えていたら、リドウ副室長は私の頭を指差して




「リル……今日は髪どうした?」

「えっ?髪……?」




そう指摘され、頭を触る

特に何も問題無い。何も付いてない

リドウ程ではないが、腰の上まで伸びる髪はてっぺんから先までちょっと絡まっているところがあるけど、普通の髪だ


そう思った矢先、ある違和感が………




そして、ようやく気付く




「あぁーーー!!髪を結ってくるのを忘れたーー!!!」




そう、いつもはポニーテールにしていた髪が全部下に下がっている…!




「(うぅ……テーブルで寝たからかろうじて寝癖は付いてないけど、なんだか超恥ずかしい!えっと…髪留めのゴムなかったかな…?)」




そう思って鞄の中を探すと、少し伸びかけてるゴムを発見した

もう、この際これでも…!




「すみません!今すぐまとめて来ますので…!」




そう言って化粧室に行こうとしたら




「待て」

「えっ…はい?」




呼び止められて、急いで行こうとした足を止め、リドウ副室長に何があったか聞くと




「今日は、そのままでいろ」

「え?」

「聞こえなかったか?その髪のままでいろと言ったんだ」

「えぇっ!?しかし、これだと仕事に差し支えますし、第一だらしなく見えて……」

「上司命令、だ」




何故か強い口調でそう言われた




「…………わかりました」




なんだか、不本意ながら髪を下ろしたまま仕事をする事に

あぁ…髪が少し邪魔なような…

あ、あまり不満な顔をしていると、リドウ副室長が不機嫌になるから、なるべくいつも通りにしないと

そう思って今度こそ書類を出そうとしたら…

まだ彼は私を見ていた




「あの…?」

「ん?なんだ?」

「…なんで、まだ見ているんですか?」




さっさと書類を出して仕事を貰おうって思ったけど、やっぱり視線が気になったからそっちを優先した




「まだ気付かないのか?」




そう言ったのを聞いて、まだ何か忘れてきたのかって体のあちこちを見た

……けど、目に見えるのは特に変わりない服装

まさか、どこかに穴が空いていたり、汚れがあるのか?

そう思って、あちこち探していたら


リドウ副室長はクスりと笑って私に近づいて、私の両頬に手を添えて正面からじっと見つめて




「本当にわからないのか?」

「え…え……?」




突然の事で、困惑していると


リドウ副室長はいきなり顔を近付けてきて、額を合わせてきた




「ええっ!?な、何を…!」

「俺の顔、見づらかっただろ?これならよく見えるか?」




よく見えるどころの話では無いような…!

それに、なんで私の視界がぼやけていたのがわかったんだろう?

あと、こんなに顔を近付けてリドウ副室長は平気なのかな?私の眼鏡が邪魔に…






……ん!?







「あっ!眼鏡…!」




そう、よく目の辺りを触ると眼鏡が無かった!

うわー!この視力悪い裸眼で無事に会社に来れた事に、我ながらすごいって思ってしまった

けどすぐに、髪だけではなく、眼鏡まで忘れてしまうなんて…って2つの身支度を忘れた自分に対してすごく悔やむ気持ちが湧いてくる




「思った通りだな」

「え?」




悔やんでいると、リドウ副室長はそのまま私を真っ直ぐに見て言った




「リルは、眼鏡取って髪を下ろせばかなりの美人だって」

「あ、ありがとうございます…」




いきなりの誉め言葉に、私は照れながらお礼を言う

実は私は、誰にも公言していないけど、リドウ副室長の事が気になっている

その彼から美人だなんて言われるなんて…素直に嬉しい



そう思っていると、リドウ副室長は私の額から自分の額を離した

けど、まだ両頬に手を添えられている

その状態で、彼は今日の私の仕事を命じた




「今日は1日ずっと医療での俺の手伝いをしろ」

「え、分史対策室での仕事は…?」

「明日でもいいだろ?」

「ですけど…医療の事はあまり存じませんし、分史世界が発見されれば…」




そこまで言うと、リドウ副室長がチッと舌打ちをした

あ、まずい!彼の機嫌を損ねてしまったかも…!

こうなると少し横暴になるんだよな…!

そう自分がさっき言ったのを後悔しながら、慌てて了解をしようとしたら…




「いい加減気付よ…」

「え…?」




どういう意味ですか?そう思った次の瞬間





私の額に柔らかくて温かい感触がきた

しばらく、なんだろう?って突然の事で頭が追い付かなかったけど…



リドウ副室長は私の額にキスをしたって数秒後にわかった




「なっ…!ええっ!?」




驚いていると、リドウ副室長が私の額から唇を離すと、耳元に移して呟く




「普段見れない今のリルを、他の奴らには見せたくない…独り占めしたい」

「っ!?」




そう言うと、彼は私から離れて、またこちらを向く




「わかったら…この資料の山を分類ごとに分けてくれないか?」




それに対して、私の答えは




「…わかりました」




そう、はにかみながら笑って答えるとリドウ副室長は満足そうに「O.K…いい子だ」って、機嫌の良さそうに言った





まさか、ド忘れでこんな事になるなんて…

あのリドウ副室長から色んな事を言われて…


仕事しながら、1つ1つなぜそう言ったのか聞きたいけど…

今は、激しく鳴る胸の鼓動を抑えるのに必死です



これは…なんだろう?

その答えを知るのは、まだ先になりそうだけど



今の時間がずっと続いたらいいなぁって思った




END

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