エクルのご先祖様編




そのありがたい生き物がどこから来たのかを知る者は誰もいない。
はるか昔、誰かがどこからか連れてきたのだと言われているが、なにしろ古老の記憶は時の砂に磨かれてところどころ擦り切れているので、意味のあるものではなかった。
とにかくはっきりしていることは、願いをなんでも叶えてくれるその生き物のおかげで、岩と砂礫ばかりのその土地に絢爛な城が築かれ、聖地のごとくあがめられるようになったという。
誰の願いもひとしく叶える神のごとき生き物たちは、いつもにこにこと機嫌がよく、願いをかけられればいとも簡単に頷いてみせた。だから例えば憎みあう隣人同士は相手の先を取って生き物に謁見することに必死になり、いがみ合う国同士は一歩でも先に願いを叶えて敵国を滅ぼしてもらおうと躍起になった。

やがてその不可解なありがたさ故に、その生き物は人々に倦まれはじめた。
このままでは諸共に滅び去る運命だと人々は気がつき始めていた。しかしだからといって願いをかけることを諦めきれもしない。じりじりとした焦燥が、願いを腹に聖地を尋ねる人たちと、あいも変わらずにこやかな美しい生き物たちと、欲のないその生き物を見出して聖地を作り、守り続ける者たちとの間でくすぶり続けていた。

薪が爆ぜるように、ある時一人の若者が世界を灼いた。
彼は「奇跡」を疑い、ありがたい生き物を敵とみなした。訳の分からない力に振り回される人のすがたをよしとせず、誰にでも明確に理解できる力、すなわち冷たい剣と熱い血を用いて疑心暗鬼を断ち異論を切り伏せ、聖地をぐるりと取り囲むころには若者は「覇者」と呼ばれるようになっていた。
ついに辿り着く聖地の、血煙晴れた玉座の上に、うつくしいまなざしで、ありがたい生き物は願い事を待っている。

「汝ら世にあらざるべし。死滅せよ」

覇者は鋭く命じる。かくあれという心は願いとみなされた。

「よろしい」

ありがたい生き物はにこやかに応じて、覇者の望みをすぐさまかなえた。
勝利の合図に応じて城には軍靴が泥の跡をつけまわり、豪奢なしつらえは無残にも剥ぎ取られていく。美しい生き物たちの美しい屍は、微笑みをたたえたまま庭に積まれ火を放たれた。
そうしておびただしい屍を足下に敷き詰め、覇者は凱旋する。


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