願ったやつ=ひねくれ男編




かつて男の周りではいつも人が死んだ。すぐ傍で、あっけなく、餓え病み衰え奪われ、死にたくない死にたくないといいながら、蹴立てられ踏みにじられて男も女も老いも若きもつぎつぎに死んだ。
ある人の死を今でも覚えている(男だったのか女だったのか、年頃は、容貌は、どんな人だったのかは忘れて久しいが)。腹だけを醜く膨らませ、老人のような皮膚に蠅をまとわりつかせたまま、そこだけがぎらぎらとつよく光る目が、男の傍でなにかを見つめていた。あまりにも強くみているから、男はよくその視線をたどってみたが、先には何もなかった。
なにもなかった。
なにもないことが死なのだと、そのとき男は悟った。
死をまぬかれるために、男は努力した。奪い逃げ犯し食らって、それでも生きることは心もとない綱わたりのままだった。

走り続けなければ死ぬ、そんな行路の上で、願いをかなえてくれるありがたい生き物がいると聞いた。
はぎ取った衣で身なりを整え、奪った金で城門をくぐり、玉座の前に額づいて「死にたくない」といった男に、人形のようにうつくしいその生き物は「よろしい」と微笑みかけた。謁見はほんの数瞬、痛みもなく温かみもなく、いとも簡単に男は死なないからだを手に入れた。

何日も物を食べなくても、心の臓を一突きにされても、毒の盃をひと息に飲み干しても、病を得て腐った血の塊がのどに溢れようとも、毛のひとすじほども揺らがない命。

不死身になった男は、ところがそのうち疲れてしまった。
死なないからだは死なないだけで、傷を負い病に臥し、いたみくるしみそれでも生きている。
その身は爛れ、四肢は欠け、内臓は腐り落ちてなお不死身の男は、生まれてはじめて安寧を求め、もういちど願い事をしようと、かつて尋ねたありがたい生き物に会いに行った。
だらだらと生きるのにはもう飽いた。もうなにもいらなかった。この命、この世、なにもいらない。すべてを消してほしいと願えば、あの生き物はまた「よろしい」と微笑みをうかべてかなえてくれるだろうと思った。(男はそのときまで、つまり不死に飽いたその瞬間まで、その生き物のことをすっかり忘れていたのだけれど)

ところが長い年月のうちに、そのありがたい生き物はみないなくなっていた。新しい王様に殺されてしまったのだと、見る影もない城跡にうずくまる浮浪者が、切り取られた短い舌で語った。新しい王様は賢かったな、と不死身の男はつぶやいた。
男はとてつもなく落胆していた。不死身の男はもう死なない。飽和した生を永遠に咀嚼して、吐き戻しては味わい続けなければならないのだ。
こんなものはまるで呪いじゃないか。

「畜生」

不死身の男は舌打ちをした。落胆の次にやってきたのは、激しい苛立ちだった。


back