「幸せにしてあげる」と君に言えなかった僕が、ひどく悔しかった。
「ねえ、四つ葉のクローバー見つけるの、得意?」
春のとある昼下がりのこと、僕の家へ遊びに来ていた幼馴染が突然そんな話題を振ってきた。
ソファーに寝転がって、天井を見上げて。僕からは、その表情がよく見えない位置。テーブルでコーヒーをすすっていた僕に、君が何の意図をもって問うたのかは分からない。
「クローバー? …まあ、なかなか見つからないから、どちらかと言えば苦手だ」
外は緩やかに午後。カーテンの隙間から柔い光が差し込んでいて、ソファーから投げ出された彼女の腕を甘く照らした。その手首は、あの頃と同じ傷だらけのまま。
彼女のセーラー服はいつだって手首を隠すように袖が長いというのに、僕の家ではそれが捲り上げられている。彼女が心を許している証。
けれどもきっと一生消えないあの腫脹した痕は、この女の心は癒えない、と言っているようで、僕にとって凄まじく目障りなものでしかなかった。僕がじんわりと睨んでいると、その視線を感じたのだろうか、君はごろんと寝返りを打って、完全に僕に背中を向けてしまう。
「そっか…」
目の前の背中が何とも言えない空虚を背負っているようで、僕は少しだけ切なくなった。
君はどんな答えを期待していたのだろう。少しだけ迷った後、僕は彼女に言葉を放った。君の心を半端で置いていくのは嫌だった。
「僕こんな話を聞いたことがあるよ」
「…なに?」
「四つ葉のクローバーって、実は五十本に一本くらいの割合で生えているらしい」
「……そんなに多いわけ、無いでしょう」
ふてくされたような声。
四つ葉のクローバーを見つけると幸せになれるのは、その四つ葉が希少価値だから。見つけることが困難であるからこそ、それは意味あるもの。
幸せも、きっと同じだ。ありふれた幸福になど、人は然程の価値を見出せないだろう。
「じゃあ、どうして見つからないかと言うと、四つ葉のクローバーっていうのは人がよく踏むところに生えているからなんだ」
「…人の、踏むところ?」
「そう。面白いよな、自分のいる場所を見ないで、別に生えている綺麗な四つ葉を探すんだ。こういうの、灯台下暗しって言うんだっけ。なんか、笑えない?」
背中は依然として無表情のまま、僕を睨んでいた。しかし、後ろ向きでも君がクッションをきつく抱き締めたのが、動きで分かる。
「…完全な、笑い話ね」
皮肉な喜劇。
人間が人間であるが故の、とても陳腐で悲しい性。
決まりきったラブストーリーのラストシーン。
君はひょい、とクッションをソファーから落とすと、代わりにその細い身体を抱き締めた。両手が少しだけ震えていた。
「本当、幸せと似てる」
「…え?」
「誰もかれもが自分が幸せだって事に気付かないで、綺麗な理想の幸せを求めてばかりでしょう」
ああ、だから四つ葉には幸福のジンクスがあるのかもしれない、と彼女は続けた。
嘲笑うかのような自嘲めいた台詞は、一体誰に向けられたものなのだろうか。僕か、それとも君自身か。
くつくつと笑う声は、泣いているようにも聞こえた。
ほどけるように涙を流すような。
ただれるように血を流すような。
「君は、幸せになりたいんだな」
後ろを向いたままの君は、一体どんな幸せを願うと言うのだろう。
綺麗すぎる君は綺麗であるが故に、生きづらいのかもしれない。無垢なまでの願い事は叶う事はないのかもしれない。
その手首の傷は、君の祈り。それを撫でて。
「変なの。わたしはもう、幸せよ」
それでも僕は、「幸せにしてあげる」と君に言えなかった僕が、ひどく悔しかった。
top/numbness/novel/11/?index=1