試行

A

僕は大きく深呼吸をした。
部屋のドアは大きく口を開いて僕を待っている。
踏み出すのは容易いが、決して後には戻れない。
だが、その一歩を踏み出すほかに道はなかった。



無機質な部屋だった。
無表情なリノリウムの床。
無趣味な白い壁。
無意味に高い天井。
そして、
無造作に部屋の隅に座っている人形。
なぜここに人形があるのだろう?



なぜここに人形があるのだろう?
拾い上げてみる。
見た目よりも重い。
レースに飾り立てられたドレス。
きれいに巻かれた金髪。
陶器でできた顔と手足。
丁寧に描き込まれた青い瞳。
無機質な青い瞳。
あの子の人形によく似た瞳。



あの子の人形はどれも皆青い瞳をしていた。
あの子の好きな青い瞳をしていた。
人形たちはいつも僕を見ていた。
ガラスでできた無機質な瞳が、
飾り棚の上から、
ベッドの上から、
あの子の腕の中から、
いつもじっと僕を見ていた。
あの子は一度だって僕を見なかったというのに。



人形を壁に向けて座らせる。
青い瞳はもうたくさんだ。
僕も人形に背を向けて、白いベッドに腰掛ける。
白一色の部屋。
あの子が嫌いな色の部屋。
あの子がいない部屋。
ようやくここへたどり着いた。



あの子は一度だって僕を見なかったというのに、
僕はいつだってあの子を見ていた。
あの子が白を嫌う理由も知っている。
あの子は最後まで白を嫌っていた。
だからあの子の部屋から白は排され、
僕は白を身につけなくなった。



もういいのに。
あの子のことはもう考えなくていいのに。
近頃思うことといったら、あの子のことばかりだ。
まるで壊れた再生機のように、次々と脳裏に浮かぶあの子。
あの子の痩せた小さいからだ。
青白い肌の色。
大くて虚ろな目。
そして、
あの子のそばにはいつも人形が。
あの子のかわりに人形が僕を見ていた。



見られている。
あの時のように、背中に視線が突き刺さる。
そう感じて振り向くと、
人形がこちらを向いて座っていた。
人形が僕を見ている。
青い瞳が僕を見ている。



やめてくれ。
僕を見るのをやめてくれ。
僕を責めるのをやめてくれ。
どうしてここまで追ってくるんだ。
お前たちはもういないはずなのに。
あの子と一緒にいってしまったはずなのに。



青い瞳が僕を突き刺す。
お前に逃げ場はないのだと責める。
あの子のかわりに僕を責め続ける青。
無機質なガラスの瞳が、
いつまでも僕を見ている。
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