花のふる日に左様なら
「散りてこそ美しいというのはね、あれは、嘘ですよ」
見えない目を優しく細め、先生はゆっくりと言う。心の奥底を見透かされたような気がして、私は息もできなくなった。
このまま散らなければいいのに、ずっと咲いていればいいのに。
花が。
この若さが。
今をさかりと咲く花が重いのか、枝は風もないのに優しく揺れている。はらはらと涙のように落ちてくる白い花の破片が先生の黒い羽織りにつもる。あつらえたばかりの衣装を着ている先生は、人形のようで近寄りがたい。
「なぜ、嘘の言葉が称えられるのでしょう」
息を殺すようにして、こわごわと囁いた。先生はため息のように笑ったが、その顔はいつになく無表情だ。
「人間は可愛いですね。彼らが永遠に散らぬものを追い求めながら無様に散ってゆく姿こそが、何よりも美しいのだ」
先生は、ヒトではないのかもしれない。
石像のような鼻梁と白濁した瞳は、これから何千年経とうが変わらずそこにあるような気がした。
沈黙の縁側に花が落ちる。
はらはらと、はらはらと。

不滅の空に夢を見ていた。
求めてもけして手に入らぬものがあると、どうしていつまでも分からないのだろう。
船を漕ぎ始めた娘の頬を手さぐりで撫で、腕に絡みつく長い髪の艶めきを想像する。
見えずとも春の甘さを覚えているから。
命があるということの残酷さ。明日の朝目覚めるということを、いったい誰が確約してくれるだろうか。




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