「 みいちゃん 」

美衣ちゃんが奏の部屋の隅で死んでいた。
動脈が噛み千切られていて、そこから漏れだした黒い血がカピカピに干からびている。
しばらく美衣ちゃんを見つめていると、遠くから奏の足音が聞こえてきた。
こっちに近づいてくる。
思わず奏のベッドに潜りこんでシーツを頭まですっぽりかぶると、部屋の扉が開いた。

「実依?」

奏の声だった。奏が、私の名前を呼んでいる。
おそろしいくらいにつめたいこえで。
どくどくどくと心臓が鳴りだした。

奏の手が、シーツの上から私の首を捕らえる。
うつぶせでうずくまるわたしの上に馬乗りになって、まるでブドウの皮を剥くみたいにシーツをはいだ。

「勝手に部屋に入るなんて、実依は悪い子だね」

言葉とはうらはらに優しく髪を梳かれて、ころんと仰向けに寝かされる。
奏は甘ったるく笑んで、私に覆いかぶさった。


私は奏がすきだ。同じくらい美衣ちゃんがすきだ。だからふたりが恋人になれてうれしかった。
うれしかったのに、これはどういうことだ。
奏は私の頬にいやらしく触れて、あの美衣ちゃんはピクリとも動かないでいる。

ねえ、どうしてきみの口に美衣ちゃんの血がついてるの?


「実依」

奏が私の名前を呼んだ。そして、サラサラの作り物みたいな髪が私の首元に埋められる。
美衣ちゃんのデコボコにへこんだ首筋が蘇って、私はごくりと喉をならした。
すると奏はバッと起き上がって、うれしそうに私の首を撫でる。まるで猫を悦ばせるときのように。

あ。

そういえば、昔も奏は殺していた。ミーちゃんって猫に噛みついて。
奏も美衣ちゃんも私もまだ年長のときだった。
べたりと尻もちをついた私の前にしゃがみこむと、奏はまっかな乳歯に糸をひかせた。

「こわくないよ。みいちゃんだけはころさないでいてあげる」

そうだ、そうだ。

「みいちゃんだけは、ころさないって言ったのに」

泣きはじめた私を見て、奏はにたりとわらう。
歪んだ瞳の奥でミーちゃんが鳴いていた。


「だから言っただろ、実依ちゃんだけは殺さないって」


そう言って奏は私の首にかぶりついた。
ギチリと音をたてて首の皮が引きつって、あと少しで破れそうなところで止められる。
ついた歯型を生温い舌でやんわりと舐められて、だ液が鎖骨の方へながれていった。

なるほど、確かに奏が私を殺すことはないのだろう。

奏は私の唇をがちりと噛んだ。
じわりと鉄の味が広がって、かすかに美衣ちゃんの味もした。