あなたの背中に這う絶望

時々、牢獄の中で生きているように思うのです。気付かぬうちに柵で囲まれたこの世界で、ひそやかにゆるやかに絶望に沈み、そうしていつか私は窒息してしまうのではないかと、そんなことを思うのです。


『私を連れ出して』

「…きみがその気になれば、」


いつだって、きみはそこから抜け出せるはずだよ。目の前の細い男がそう言い、奇妙な微笑をうかべるのは、いつものことでした。相変わらず、奇妙な微笑には、不可解な感情が込められているようです。男の空虚な瞳には、憐憫、悲哀、侮蔑、嫌悪…そのどれもが含まれているような気さえしますが、しかし限りない優しさを孕んでいるようにも感じるのでした。

不意に、すう、と目を細めた男は何も言わず、そのとき、轟々と闇が渦巻く音を、私は確かに耳にして、叫び出したくなりました。


『あなたは人間なの』


夜の、さみしさに取り込まれたこの部屋に、私の言葉が響いています。男は、ふ、と吐息まじりに笑いました。否定も肯定もせず、奇妙な微笑を深くして。この男は人の貌をしているくせに、どこか人ではないような、不可思議なにおいを漂わせているのでした。たとえば無人の商店街に、自分ひとりが延々と佇んでいるような、なにか嫌な、不気味な気配を、男はもっているのでした。


「僕は何に見える」


楽しそうに呟く男は、間違いなく人でないのです。


『……』

「夜更かしは身体に悪い」


もう、寝なさい。そう言われた途端、ひどい睡魔に襲われ、景色が歪み出します。重い瞼を開いた先に見えるのは、暗い部屋に溶け込みそうな、ひとりの痩せた男と、その背にある窓から覗く、細い細い、あの奇妙な微笑に似た、消え失せそうな月だけでした。

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