君がいない朝に酸化する

「きっと私がサヨナラを言うにも、あまりにも悲しい世界だったから、だから、行ってしまったのね」
真冬の乾燥した冷たい空気をゆっくり飲み込んで、彼女は優しく嗚咽した。頬をひやりとなぞる風は不器用にも慰めてくれているようで、それでいて突き放しているような錯覚を私に与える。ここにいるよ、すぐそばに。私の声は確かに私の唇から発せられて空気を揺らすのに、彼女は振り向きもしない。声が震える、胸が苦しい、そんな在り来りな表現しか出てこない私を、"馬鹿ね"と一笑して手を差し伸べてくれた彼女の遠くなっていく背中は、なんでこうも、やけに鮮明なのか。私は心臓が張り裂けそうなほどに切ない気持ちが胸の奥底からじわりと広がっていくのを感じた。それはまるで私を侵食するように吐き気にも似た感情が心を渦巻き、頭の天辺から足の先までじんわり痺れさせるのだ。行かないで。言葉だけが空回りしている、それは私の声が聞こえていないのか、彼女に声が届いていないのか、そんなのわからないけど、一回瞼を閉じてゆっくりと開いたときにのぞいた澄んだ瞳は、確かにこちらを向いていた。とても悲しそうな瞳の色だったけど、何故だか私は安心した。大丈夫、きっと生まれ変わったら、また会いに行くね。

---君がいない朝に酸化する、
---そんな夢を見た日曜の昼間。


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