窓には相変わらずたくさんの雨が叩きつけられている。
時期は梅雨、じめじめと湿気の多いこの季節。私は1人、教室の椅子に座り外を眺めていた。

「んー、退屈…。」

仲のいい友人たちも先に帰ってしまい、シンと静まり返った教室に響くのは私の声と振り続ける雨の音だけ。
ざあざあ、ざあざあ。雨音は止まない。

「陽和、なにしとるんこんな時間まで。」

教室内に違う音が聞こえた。
ガラガラというドアを引く音と、

「におうくん、」

仁王くん、仁王雅治。同じクラスで…恋人。
そんな仁王くんは、なんじゃ、惚けた顔して。なんて言いながらこっちに歩いてきて、そのまま私の前の席にこっちを向いて座った。

「その、まだ居ると思わなくて。」
「それはこっちのセリフじゃき。とっくに帰ったと思っとったぜよ。」
「帰れそうなら帰ってたんだけど…。」

今日は確か仁王くんの所属してるテニス部はミーティングだって聞いたから、テニスしてる仁王くんを見ることも出来ないし、先に帰る予定だった。…予定だったのだ。

実はこの今もざあざあとうるさい雨が急に降ってきて、傘を持っていなかった私は帰るに帰れなかった。天気予報をろくに見てなかった私が悪いんだけど、暫く待っていたら少し雨の勢いもおさまらないだろうか、と教室で待っていたところに仁王くんが来たというわけである。

「…と、言うわけでして。」
「なるほどな、てっきり俺を待っててくれたんかと。」
「いつ終わるかわからなかったし…、っていうか仁王くんこそ、どうして教室に?」
「……雨宿り」
「雨宿り?」

そうじゃ。と呟いた仁王くんは窓から外を見下ろして、それからなにか思い出したようにポケットを探ると机の上に何かを出した。
コロンと転がったそれは、小さいプラスチックの入れ物で、中に何粒ものコロコロとしたカラフルの…

「…金平糖?」
「そうじゃ。」
「えっ、なんで?」
「昨日帰り道にある駄菓子屋で偶然見つけてのぅ、気まぐれで買った。」

そういいながら仁王くんは金平糖の封を開け始める。陽和、手だして。と言われたから慌てて出せば、プラスチックから金平糖が私の手へと零れ落ちてきた。

「なんだか可愛いね。」
「いろんな色があるしな。」

少しづつ金平糖を口に運ぶ。口の中でコロコロと転がすと溶けた金平糖の甘さがじわりと広がる。
仁王くんは食べないのかな、と顔を上げたら、バッチリと目が合って少し恥ずかしくなった。…だって仁王くん、すごく優しい顔で笑ってたから…。

「仁王くんは、食べないの?」
「ええよ、それ陽和のために買ったから。」
「私のため?」
「甘いもん好きじゃろ。」

そうだけど…なんでまた金平糖なんか…。いやほんとに気まぐれなんだろうけど…。

「それ、あれに似とると思わん?」

それとかあれとかちゃんと言わないとわかんないよっていつも言ってるじゃん…! とは思いつつ、まあこの流れならそれとはこの金平糖のことだろう。私はあれの正体を突き止めるために仁王くんの視線の先を追った。

「紫陽花だ、あんなところに咲いてたっけ、気づかなかった。」

中庭から少し離れたところに咲いていた紫陽花は、雨で視界が悪くなったこの窓からでも綺麗に咲いているように見えた。それから先程の質問を思い出し、未だ手のひらに乗っている金平糖を見る。

「確かに似てるかも。小さいお花がたくさん集まってる感じに。」
「コンペイトウ、って名前の紫陽花もあるんじゃと。」
「へえ、物知りだね。」
「参謀が言っとった。」
「ふふ、そうだと思った。」

そんなふうになんでもないような会話をしばらくしていた。やっぱり金平糖いらないの?ともう一度聞いてみたけど、だって砂糖じゃし。と返された。夢がない…それを言ったらおしまいなんじゃ…。

「そういや、紫陽花って案外いろんな花言葉があるんじゃと。」
「例えば?」
「辛抱強い愛情。」
「へえ、なんだか思ってたのと違うかも。」
「俺も辛抱強く待っとるんじゃがのぅ。」
「何を?」

その後仁王くんは、んー、と唸ったかと思うと私の手から金平糖を1粒つまみ、私の口に押し込んだ。

「陽和が、俺を名前で呼んでくれること。」

ガリッ。思わず噛んでしまった金平糖が口の中で粉々になる。それと同時に赤くなる私の顔。目の前ではニコニコと笑いながら私を見る仁王くん。なんだ、なんだこの状況は…。

「ほら、呼んで。」
「え、えっと…」

有無を言わせない声でそういう仁王くん。今更名前で呼ぶなんて恥ずかしすぎるんだけど…!

「ほーら、はよう。」

急かしてくる仁王くんの顔を見てられなくて下へと向ける。それでも勇気を出して消えそうに呟いた単語を、彼はしっかりと受け取ってくれた。

「…………まさはる、くん。」
「ん。なに?陽和。」

また1粒、私の口に金平糖を押し込みながら言った雅治くんの顔は、今まで私が見た中で一番幸せそうに笑っていた。