誰も知らない方が幸せだ。

あの後、欧州や欧米の魔法使いたちが応戦に来て、なんとかその戦いに終止符が打たれた。この戦いで命を落とした何人もの魔法使いに、非魔法族の人たち。

日本は今まで、争いごとの少ない平和な国だったから、闇の魔術に対する防衛が皮肉にも一番劣っていた。そこをついて襲ってきたのが今回の騒動で。
史上初の大きな犠牲の数に、日本の魔法界に激震が走っていた。



そんな中、私は一人学校の校長に呼ばれていた。
そこには我が校の校長先生と、髭をたくさん蓄えたサンタクロースのようなおじいさん、そして松葉杖をつきながら、痛々しい包帯を巻いたままのお姉ちゃんがいた。


「...率直に聞こう。桜田君、君は、許されざる呪文を使ったね?」


校長先生は、ゆっくりと、静かにそういった。
私はその言葉を頭で何度もかみしめながら、そしてゆっくりと、首を縦に振った。


「ですが校長先生...!!」


そのあとすぐに、お姉ちゃんが声を上げる。私の手をきつく握りしめながら、あれは仕方なかったことなのだ、この子にその呪文を使わせてしまったのは私が弱かった責任でもある、と。


「だから...だからどうか、リンを追い出さないでください...!!」


泣きながらそう訴えるお姉ちゃん。私はお姉ちゃんの手の上に、片手を重ねて、握った。

お姉ちゃんが、泣く必要なんて、どこにもないんだ。
隠れてろってお姉ちゃんは言ってたのに。
本当は優勢だったお姉ちゃんが、追い込まれてあんな仕打ちをされたのは、他でもない命令に背いた私のせいなんだ。


「...許されざる呪文を使ったことは本当です。だから、罰せられるべきであることは、わかってます」


だけど、事実は変えられない。
禁止だと言われていることを行ってしまった。真っ白になったローブが、それを物語っている。


「...無実にすることは難しいかもしれんが、罰を弱くすることはできるのではないかのう?」


その時、ずっと黙ったまま見ていた、もう一人の男性が口を開いた。英語で何を言ってるかはわからなかったけれど、単語だけ聞けば私の見方をしているんだろうと何となく理解できた。


「裁判で、私が証明すれば、それは叶いますか?」
「おそらくは」


お姉ちゃんが意を決したように、その男性に聞いた。その言葉に首を縦に振りながらいった男性を見て、お姉ちゃんは笑顔で私を見た。


「大丈夫、お姉ちゃんに任せなさい」








裁判は、順調には進まなかった。

証言として、そのことを話そうとするたびに、お姉ちゃんは発狂するようになったからだ。心的外傷が大きすぎて、公の場できちんと話せられるほど精神は安定していなくて。気丈に見せていたあの笑顔も、本当は空元気だった。

私のせいで、お姉ちゃんは。

日に日に、その感情は大きくなっていった。

せっかく入った魔法省も、仕事に手がつかないならクビになってしまう。自慢のお姉ちゃんの輝かしい未来を、私なんかのせいで台無しにしてしまってはいけない。


裁判が行われるたびに来てくれていた、白い髭を蓄えた、その方(名前はアルバス・ダンブルドアというらしい)にお願いをした。


「お姉ちゃんの、記憶を、消してください」


あの出来事に関する事全て。
お姉ちゃんの心を壊すんだったら、証明なんてされなくていい。

拙い英語でそう伝えれば、ダンブルドアさんは、静かな声で私の肩に手を置いてこういった。


「...君はそれで、いいのかね?」


優秀な、皆に好かれるお姉ちゃんが元気に過ごしていけるのならば。私は静かに、首を縦に振った。





本や服をトランクに詰めて。最後に、真っ白になったローブを詰めて。私はそれを持ち上げて孤児院を出た。お世話になった家だった。もう一生、来ることはないだろう。


「日本に戻ってくることがあれば、必ず来てくださいね」


優しい院長と、かわいい子たちが玄関で手を振る。
里親が見つかって、里親は海外で働いているからついてく。そういう設定で、私はこの孤児院を出ることにした。

もう一生入ることのない魔法処の校長室にて、苦々しい顔で私を見つめる校長先生がフゥ、と息を一つはいて、私の顔を見つめた。


「申し訳ない」


その言葉に首を横に振る。
謝られることは何もない。私は許されざる呪文を使った。
だから、日本を追い出される。それだけだ。


「...よいかのう?」


横に立つダンブルドアさん...いや、ダンブルドア先生の言葉に頷き、トランクをもう一度つかんだ。
その時、慌ただしく校長室の扉が開かれて、お姉ちゃんが肩で息をしながら、私の名前を叫びながら入ってきた。お姉ちゃんの後ろには、同僚なのか数人の魔法省に人間が、お姉ちゃんの肩や腕を掴んでいた。


「校長先生、何かの間違いです!!リンが許されざる呪文を使うなんて...!!この子はそんな子ではありません!!私が保証します!!」


大きい声でそう叫ぶお姉ちゃんに、私は目を開く。
記憶を消されても、なお、私の無実を訴えてくれるなんて。

やっぱり、お姉ちゃんはすごい。

私は笑顔を浮かべて、お姉ちゃんに近寄る。


「リン...!!ダメ、ダメよ!!永久追放なんて...!!お姉ちゃんがあなたの無実を証明するから、早まらないで...!!」


私の肩を掴んで、何度も揺さぶりながらそう言うお姉ちゃん。
そんなお姉ちゃんが見てられないのか、校長先生は視線をそらし唇を噛み締め、ダンブルドア先生は、悲しそうな目で私を見つめていた。


「...ごめんね、お姉ちゃん」


犯罪者の妹をもたせてしまって。

私は涙を流して、ダンブルドア先生に引かれるようにその場から消えた。

最後に見えたお姉ちゃんの顔は、毎日のように見ていた笑顔じゃなくて、悲しい、涙を浮かべる顔だった。



ALICE+