ダンブルドア先生に手を引かれて着いた場所は、イギリスの魔法学校、ホグワーツだった。本では見た事がある。世界には幾つかの魔法学校があって。ホグワーツはその中のどれよりも、威厳のある様相の写真だったはずだ。実際にこの目で見てもわかる。お城のようなその姿に、私は感嘆の息を吐いた。
「では、これからの話をしよう」
ダンブルドア先生の部屋に入り、まずはソファーに座らされた。ふかふかのソファーで、私が孤児院にいた時の布団よりも柔らかかった。目の前に出された湯気のたったマグカップを覗き込む。
ちらりと彼の顔を伺えば、彼は一つウィンクをして、どうぞと促してくれた。
ゆっくりと手を伸ばして、口をつける。少し熱くて一瞬舌を離す。もう一度ゆっくりと息を吹きつけて冷まして飲めば、それはとても甘いココアだった。誰かの誕生日の時に出される特別な飲み物。身体中を暖かくしてくれたそれに、私はほっと息をついて、それを机に置いた。
それを見たダンブルドア先生はもう一度机の上で手を組み、そこに顎を乗せて、私を見た。彼のアイスブルーの瞳がキラリと輝いた。
「...これからって?」
「君のこれから、じゃよリン」
マグカップを両手で包み込む。
ダンブルドア先生は私の顔をじっと見つめる。
「...君は、新しい家族を作る気はあるかね?」
「...と、いうと...?」
ダンブルドア先生は、一瞬口を閉じると、聞こえてくる足音に耳をすませた。私もその足音に耳をすませる。
その人物は、部屋の前に立つと、何かをつぶやいて、その扉を開き中に入ってきた。ゆっくりと後ろを振り返る。緑色のローブを着た魔女が、そこにはいた。
「おぉ、ミネルバ、よぅ来てくれた」
「アルバス...では、この子が...?」
「左様」
ミネルバと呼ばれたその方は私をちらりと見ると、そのお大きな目を少し潤わせて、ゆっくりと私の近くに歩み寄った。
そして、私の目に目を合わすようにしゃがみ込んで、その手を頭、頬、肩、とゆっくり添えて、優しく私を抱きしめてくれた。
「...辛かったでしょう」
その一言を言うと、彼女はそっと私を離して立ち上がり、ダンブルドア先生の方を向いた。
「リンよ」
「はい...」
ダンブルドア先生は私をちらりと見て名前を呼んだ。そして、その立派に蓄えて髭を揺らして、こういった。
「ミネルバの、娘とならんかのう?」
思わず、女性の顔を見上げる。彼女は元々、知らされていたのだろう。特に驚いた表情も見せず、私の方をちらりと見て、優しい笑みを浮かべた。
「...でも」
「良いのです、リン。私はミネルバ・マクゴナガル。ホグワーツで教鞭をとっている教師です。子供はいない身ですので、貴方さえよければ、私と家族になってはくれませんか?」
笑顔を浮かべながら、もう一度しゃがみ込み私を見つめるミネルバさん。頬に伸ばされた手に、自分の手を重ねる。
家族になってくれないか。なんて、そう言ってくれる人がいるなんて思わなかった。私は驚いたまま彼女の目を見つめ返す。
「...それは、できないと思います」
英語はまだ不慣れだ。ゆっくりと、わかってもらえそうな単語をつなげて話す。
「...どうしてじゃ?」
ダンブルドア先生がそう言った。私は一度彼を見て、次にもう一度、ミネルバさんを見る。
「私、英語がまだ、話せません」
「そんなことは関係ありませんよ、リン」
ミネルバさんは首を横に振りながら、私の頬を撫でる。
違うんだ、本当はそれじゃない。そんなことは特に問題ではないことは、わかっている。何がダメなのか。それは。
「...私は、犯罪者だから」
そういえば、ミネルバさんは目を見開いて、指先に力を込めた。頬から感じる。彼女の緊張に、私は彼女の手から手を離し、ストンと膝の上に手を乗せた。
「それはさして問題ではないんじゃないのかのぅ?ミネルバ」
「えぇアルバス」
ミネルバさんはそう言うと私の頬をもう一度なでて、ゆっくりと私の名前を呼んだ。
「リン...貴方は、犯罪者なんかではありません」
何度も何度も頬を撫でてくれるミネルバさん。彼女は私に言い聞かせるように、犯罪者なんかじゃないと何度も繰り返しそう言ってくれた。
「...誰よりも、貴方は心優しい子です...誰にも、犯罪者なんて呼ばせたりはしません」
ミネルバさんの頬に、涙が流れる。
泣きながらそう言ってくれる人が、お姉ちゃん以外にもいた。味方になってくれる人が、ここにもいた。頬にある彼女の手をぎゅっと強く握りしめる。
「...私...」
何かを言おうとするその前に、ミネルバさんは私をその胸にきつく抱きしめた。暖かい香りに包まれて。きっと、これがお母さんというんだとそう思った。
ミネルバさんの胸に、顔を押し付ける。初めて流れ落ちた涙を、彼女は優しく受け止めてくれた。