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監督生が目の前にいる。男子校に唯一の女子生徒のこいつがなぜ俺の部屋にいるかと言うと、ジャックが連れてきたからだ。オクタヴィネルの奴らにオンボロ寮を取られたらしい。全くもって知るか、と言った話だったのになぜか俺の部屋で寝泊りすることになってしまった。

「...んな怯えんな、取って食うわけでもねーよ」

なんで女子が俺の部屋に。困った。面白いものでもみるかのように、ニヤニヤしていたラギーを無理やりにでも連れてくればよかった。
肝っ玉の座ったやつだとは思ったが、男の部屋、しかもサバナクロー、さらには百獣の王である獅子の獣人の部屋なんかで寝れるわけもないだろう。
困ったことに、床に座り込みながらモンスターを抱えてこっちを見てくる監督生に、なんともいえない気持ちを抱いた。

「チッ」

舌打ちをこぼす。食うわけじゃない。本気で、こいつは眼中にない。それでも男と女だ。貞操の危機でも抱いているのか、テコでもそこから動こうとしない監督生を見て、俺は徐にスマホを取り出した。
滅多に使わないそれ。俺は目当ての名前を探して、電話をかけた。

『もしもし?』
「今から来い」
『いや無理だから、ちゃんとこの前説明したじゃん』

祝福のシャワー。俺が望んだ時に現れると言うユニーク魔法を持った旅商人の娘、なまえは、電話越しに呆れたようにそう言った。
望めばくるが、いかんせん今はただ眠いと言う感情のみで特に望みはなかった。一度オーバーブロットを起こして、こいつを自分のものにしてから、心に空いた穴は埋まったわけではなかったが、それでも、何かを求めるほどに乾いた心が潤ったのはまた確かで。その分、こいつを求める頻度は減った。月に数回程度。それでも週に一回は現れるのだから、俺はこいつをとことん求めているのがわかっていた。

『それに私今からお風呂入るところだし。素っ裸だもん今求められてもいけないよ』

素っ裸。その言葉で、ちらりと床に座っている監督生を見た。今なまえを呼べば、服を脱がす煩わしさはない。が、こいつがいる。結局意味はない。

しかし、自分の色欲というのは従順で。獅子としての本能が、メスであるなまえを求めた。

『今話聞いてた!?』

透明になってきたのだろう。焦ったようにそう話すなまえがドタドタと動き始めた。

「裸なんだろ?」
『本っっっとにレオナは...!!』


バカ!!!!!


電話ではなく、目の前に現れたなまえの声で、そう響いた。
小さいタオル一枚だけで体を隠し、俺の足の間に嵌る形で出現したなまえを、監督生とモンスターが驚いたように見ている。

「俺の女だ、これで満足か、監督生」

裸のなまえに腰に腕を回して引き寄せる。ピタリとくっついたなまえを隠すように尻尾を巻きつけてそう聞けば、二人はこくこくと首を勢いよく縦に振った。
そんな俺に不思議そうな顔を見せたなまえが、慌てて後ろを見る。

「あの時いた子...!ご、ごめんね、この前は全く挨拶もできなくて...あ、私今服なくて、え、てかなんでレオナの部屋に...?」
「慌てすぎだろお前」
「レオナが急に呼ぶからでしょ...!私今裸だって言ってから明らかに呼んだよね!?」
「恥ずかしがることねーだろ何回見てると思ってんだ」
「そういう問題じゃないの!」

俺の頭を叩ける人間なんてこいつぐらいなものだ。パシリと鳴った乾いた音に、監督生の笑い声が響いた。

「すみません...!!」
「ううん、気にしないで」

なまえは笑顔を浮けべて監督生にそう言った後、俺の方を振り返り睨んできた。そして布団をばさりと奪うと頭からそれを被って体ごと隠し、のそのそとベッドの上を動く。

「君、名前は?」
「あ、ユウ...です」

芋虫のように近づいて、そんな自己紹介をし始める女たちを見て、俺はベッドに肩肘をつけて横になった。ふぁあとあくびをすれば、そんな俺の足を思いきり叩くなまえに、俺は足でこいつの尻を布団越しに蹴ってやった。

「シャワー浴びたいんだけど貸してくれる?」

尻尾をゆらりと揺らして寮長の部屋にだけ備え付けられたシャワー室へと向ける。なまえが監督生たちに「ごめんね」と一言告げると、ベッドを降りるついでに俺の足を叩き、ペタペタと裸足の音を鳴らして歩いて行った。

消えた後ろ姿を見送って、監督生がこっちを見た。さっきまでの怯えた様子は何処へやら、まるで面白いものでも見たと言いたげな目つきで、口をモゴモゴとさせていた。

「...んだ、言いたいことがあるなら言え」
「なまえさん...でしたっけ?なんだかすごく仲良しですよね」
「恋人なんだろ〜?」
「裸で現れたのはびっくりしたけど」
「この前みたいに急に現れたんだゾ!」

遠くでシャワーの音が聞こえる。水が大人しげに床に落ちる音。何を申し訳ないと思っているのかいつも少量でシャワーを浴びているなまえに、一度聞いてみたことがある。そうしたら、水道代がもったいないと答えていたな。思わず笑ったのを思い出して、俺は少しだけ口角を上げて上半身を起こした。

「恋人とはちげえな、そんな甘いもんじゃねぇ」
「でもさっき、俺の女って...」
「そうだそうだ!あんなに見せつけてたじゃねーか!」

見せつけたわけじゃない。同じ同性がいればいいんだろうと思って呼びつけただけ。ただ、裸のまま俺の前に現れたから、引き寄せたに過ぎない。

「俺の女なだけだ。お前が思ってるような存在じゃない」

水の鳴る音が止まった。扉がゆっくり開いて、こっちに近寄ってくる足音が聞こえる。
俺が使ったそこらへんにおいていたバスタオルを体に巻きつけて、布団を引きずりながらなまえが歩いてきた。

髪から水が滴り落ちて、いつの間にか豊満になった胸の谷間に滑り込んでいく様子がやけに煽情的だ。もしもこの場にこの草食動物たちがいなければ、今すぐに食っていたものの。据え膳食わぬは男の恥とはよく言ったものだ。尻尾をゆらりと揺らして、ベッドの近くに立ったなまえの腰に巻き付けた。

「ユウちゃん、服何か貸してくれない?」
「こいつは制服しかねーよ」
「え、なんで!?今度私のあげようか?」
「いいんですか...?」

どんな理由で男子校にこの女子がいるのか、特に聞き出そうとしないあたり、人と人の信頼を糧に生きている商人らしいっちゃらしいが、そこでいう言葉が服をあげる、とは流石だな。思わず笑うのを抑えて、俺は尻尾の力を込めてなまえを俺の腕の中に収めた。

「寝るぞ」
「ごめんね、この王様わがままなの。今度服あげるね、後で連絡先教えてね」
「はい、ありがとうございます」

よくこの状況でスラスラと言葉が出てくるものだ。なまえだけでなく監督生さえも、商人の血が入っているのか。もう一度あくびをして、なまえを抱きしめたまま俺はベッドに体を沈ませた。

「手つきいやらしい」
「裸のお前が悪い」
「裸だって聞いてから呼んだ癖に」

背中に回した手をゆっくり下にさげて、頭を抱えていた手で優しく髪を梳いていれば、なまえが小さい声で反論する。俺はなまえを下に敷いて、わざとらしく笑みを浮かべて上に覆いかぶさった。バスタオルで隠れてはいるものの、ベッドに無理やり入れたのだその結び目は解けかかっている。

「何期待した目してんだ、寝るぞ」

薄らと熱のこもった目でこっちをみてきたなまえの額にキスを落として、俺は気怠げにベッドから降りて布団をとりに行った。ベッドの近くに丸まったまま放置された布団を片手で持ち上げて、ベッドに放り投げた。
その近くで、モンスターを抱きしめたまま座り込んでいた監督生を見れば、何やら頬を赤く染めている。月明かりで見えたその顔は、照れているでもなく恥ずかしそうに、俺たちから視線をわざと外していた。

「お前ら...見せつけ過ぎなんだゾ」

呆れたようにいうその言葉に、俺はにやりと笑ってやった。



「悪いな、こいつしか眼中にねぇ」



そこらへんに毛布を監督生に投げつけて、俺はベッドに戻る。枕に顔を押し付けて、なまえが耳を赤く染めていた。その姿が可愛らしく見えて、俺はまた笑ってしまった。
かわいいところもあるな、と。優しく髪を撫でつけて、布団をかぶる。抱けないのなら仕方ない。この騒ぎが終わればすぐにでも、抱いてやるしかない。そんな悶々とした想いを抱きながら、俺はこいつを抱きしめて夢に落ちた。



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