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「あ…」

トレイの誕生日が近かった。幼馴染だし、毎年プレゼントを贈りあっている。今年の分はもらったから、私もきちんとしたものをお返ししたかった。
毎年毎年選んで買ってる。よーく悩んで、よーく考えて、トレイが喜ぶものをずっと、考えて。そんな時間が大好きだったし、多分永遠に好きなものになるんだろうと思ってた。

きっと、トレイも、そうだといいなと思っていた。
私にとってのトレイと、トレイにとっての私は同じような存在。

そう、思っていたのに。

「なまえ、どうかしたにゃ〜」

チェーニャが、フラフラと揺れながら私の近くに来た。彼に何をあげよう。1人で考えながら街を歩くのももちろん好きだったけど、どうせなら、同じ幼馴染のチェーニャにも助けてもらおうと思っていたのだ。

チェーニャは、私が足を止めてある一点をじっと見てる事を不思議に思ったのか、ゆっくりと顔を上げて私の視線の先を見た。

そこにいたのは、トレイ。




と、女子生徒。




ナイトレイヴンカレッジは男子校だ。チェーニャもトレイもリドルも全寮制の男子高校に行って、私も女子校に進んだ。お互い離れはするけれど、たまには会おうね、なんて約束をして。月に一回会ったりしていたのだ。だから、少しだけ安心しきっていた部分があった。

ミドルスクールの時にでも告白をしておけばよかったかなと後悔した事は何度もある。それでも、まめに連絡をしてくれるトレイに甘えていた。まだ、トレイは私を見てくれているのかな。通じ合えて、いるのかな、なんて。

言葉にしてない時点で、そんなもの意味のないものだったのに。

「ん〜トレイだ。おーいトレっもご!」

トレイに声をかけようとするチェーニャの口に手を当てて、私は慌てて彼を引きずる形で踵を返す。こんな状況でなにトレイを呼ぼうとしてるんだこの猫は。馬鹿なのか。

「えぇ〜なんで?呼ばにゃいの?」
「だってあれ…完璧デートじゃん…!」

別に聴こえるわけでもないのに小さい声でそう話す。背の高いチェーニャが無理やり屈んで私の口元に耳を寄せた。私の言葉に、チェーニャが首を傾げる。えー?なんてずっと言ってるけど、完全にあれは、そうなのだ。

「女の子って、いたっけ…?」

先ほども言ったように、NRCは男子校だ。彼の隣にいたのはNRCの制服のような女子用の服。完全に女の子だった。トレイを見上げて微笑んでいる横顔がとても可愛らしかった。恋をしてるのかな、なんて無粋な気持ちを抱いてしまうほどに。

「あっれ〜聞いてにゃいの?」

トレイから。

チェーニャはそう言うと、話を続けた。NRCの入学式で、前代未聞の侵入者が現れた。魔法も使えない別世界の女の子。それが、彼女らしい。

「聞いてない…」

そんな事、聞いていなかった。何かがあれば、いや、何かがなくてもトレイは私になんでも報告してくれるのに。入学式って言ったらもう半年ぐらい前じゃないか。
ずっと、黙っていたのだろうか。それは、あの子を守るため?

少しだけ、胸が痛んだ。少しだけじゃない。結構、痛かった。

「…よしよし、どうしたのなまえ。休む?」

足を止めて少しだけ俯いた私を心配したのか、チェーニャが頭を撫でてきた。もう、トレイへの誕生日プレゼントは買ったし、帰ってもいいかもしれない。
だけど、今1人になるのは少しだけ憚られた。学校に戻ったら、1人で抱えないといけない。同室やクラスメイトにこの話なんてしたら、一生付き纏われる。女子校は男子の話を渇望してるから、仕方ないけれど。

「…ちょっと、休みたいかな?」
「ん、いーよ。どっか入ろっか」

チェーニャは私の頭を撫でて手を引いた。チェーニャは優しい。私だけじゃなくて他の幼馴染の事もよく見てる。今だけはその、ふわふわとした生き方が羨ましく思った。

喫茶店に入れば、チェーニャが私の代わりに紅茶を頼んでくれた。気がきくじゃないか、なんて言えば、チェーニャは、ふにゃりと気の抜けた笑みを浮かべて、頬杖をついた。

「どーしたの?トレイ、呼べばよかったじゃん」
「デート中だったのに?」
「えー違うよーあれはー」

チェーニャがほっぺを膨らませた。絶対にそうだって、トレイを見上げてる顔がもうそれにしか見えなかった。女の勘は、あたるもの。あれはきっと恋だった。

「なんでそんなに泣きそうにゃの?」

よしよし、と私の頭を撫でるチェーニャ。今だけは少し甘えても良いだろうか。いつも一緒にいた幼馴染達だったけど、こればかりは耐えられない。

ずっと一緒にいたのに。
私の方が、トレイのことをわかっているのに。
好きだったのに。

なんて恨言も言えずに、私はただただチェーニャに頭を撫でてもらって、店員さんが持ってきた紅茶に口をつけた。
暖かい。美味しい。頬を上げて笑顔を浮かべれば、チェーニャが安心したように私の頭から手を離した。

「少し、落ち着いたかにゃ?」
「うん、ありがとう、チェーニャ」
「気にしにゃいで〜」

もう、潮時なのかもしれない。
トレイに買ったプレゼントの入った紙袋を眺めて、私はそう思った。
結局恋なんて、年数や月日なんて関係ない。ビビッときたらそれが恋。

私だって、そんな事を思っていたいけど。小さい頃から一緒にいたんだ。彼の大人っぽい余裕や、お兄ちゃんみたいな優しさ、皆を見守る瞳に、たまに意地悪してくる仕草とか、頭を撫でてくれる無骨な手、甘いケーキを作ってくれる優しい手、私の手を握って、名前を呼んでくれる声。そんなものを十数年も触れていたら、好きになるしか無いじゃ無いか。

だからトレイだって。もしも彼が恋をするなら、好きになってくれる相手は。


「……私だと、思ってたんだけどな」


つぶやいた声に、チェーニャが顔を上げた。私の事を見つめていた。
紅茶の入ったカップをゆっくりと机に置く。音を鳴らせちゃいけないとはリドルが教えてくれたっけ。その隣で、トレイがいつも、皆で食べてる時は気にしなくていいんだぞとリドルの頭を撫でていた。そんなトレイの性格が、私はなんとなく好きだったんだよね。

「なまえ」
「ん?なあに?」

私の名前を呼んだチェーニャを見つめ返す。ゆっくりと口角を上げて、首を傾げて。うまく笑えているだろうか。この幼馴染は優しいから。心配なんてかけたく無い。

「よしよし、なまえは良い子」

隣に座るチェーニャの肩に、こてん、と頭を倒す。あぁだめだな私。少しだけ浮かんできた涙を隠すように、私はチェーニャの肩に目を押しつけた。良い子、良い子、と頭を撫でてくれるチェーニャに甘えて。目を瞑りながら震える手で彼の小指を掴んだ。

諦められるだろうか。
うん、きっと大丈夫。
私はトレイを、諦められる。だけど今だけは、泣く事を許して欲しいんだ。



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