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街に出ていた。学校しかこの世界を知らない監督生のために、エースとデュースが連れて行きたいと言ったのだ。それを聞きつけたケイトが面白そうだと言って、俺も一緒になぜか街に連れて行かれた。

楽しそうに笑う監督生を見て、まぁ連れてきてよかったのかな、とは思う。エース達は相変わらず暴走しがちだったし、ケイトもケイトで一年生達を連れて行くなんてのは建前で、自分が街に行きたかっただけだろうとも思えたけど。

上級生として彼らをしっかり引っ張り、監督生に街を案内した。監督生は見るもの全てが初めてなのか、いちいち感動しては俺の顔を見上げて、嬉しそうな顔をするのだ。

その顔が、いつだかのなまえを思い出した。長年一緒にいる幼馴染達の紅一点。隣の家に住んでいる同い年の女の子だった。好奇心旺盛で、昔はよくすぐに走り回っては転ぶ子だった。怪我をしても泣かないで笑う子で、俺はよく世話を焼いていた。

「トレイ先輩、連れてきてくれてありがとうございます」
「あぁ、いいよ、気にしないでくれ」

隣に立つ監督生を見下ろす。嬉しそうに目を細めて、グリムを抱きしめてる監督生はまるで妹のようだった。頭を撫でてやれば、彼女は少しだけ照れたようにはにかんで、前を歩いてるエース達に近寄った。

「あっれトレイ君ってば、もしかしてユウちゃんのこと〜?」
「はは、やめてくれケイト。可愛い後輩なだけだよ」
「本当に〜?」

ケイトが俺の肩に肘を置いて、スマホを揺らしながらそう言った。そんないじりにも笑いながらいなせば、ケイトは口角を上げてニヤリと笑うと俺から離れる。

「ま、君には幼馴染いるもんね」
「ん?言ってたか?」
「リドル君がよく話してるよ?幼馴染に一つ上の女の子がいて、彼女はとても気遣い屋さんなんだ、って」
「その話からどうやったら俺に繋がるんだよ」

ケイトはスマホで自分の口元を隠すと、目を細めた。まるで値踏みでもするかのように俺を眺めて、ニヤリと笑う。

「さぁ?トレイ君の付けてるそのストラップやアクセサリーを見て、かな?」

あぁ、よく見ているなこいつは。恐れ入った、と俺は両手をあげる。

毎年誕生日プレゼントに貰うものは、大体が彼女が選んだものだった。あまりガチャガチャしたものは好まない俺にも合うように、シンプルなデザインのブレスレットやアンクレット。
確かに、俺が自ら買うものでは無いし、リドルが買うものでも無いだろう。

「男子校だから出会いもないしね〜俺達。いいなートレイ君は幼馴染がいて」
「そういうお前だって、よく色んな女子と会ってるだろう?」
「あはは、バレてたー?」

マジスタを使って色んな人と出会ってることは知ってる。デートをする度に今話題のパンケーキ屋や、喫茶店の写真をあげてはいいねを稼いでる事だって。

ケイトが俺の隣を歩きながら笑った。全く、よくやるよ。俺もメガネをあげながら笑って、ゆっくり歩く。前を歩いてる三人を見守って、通っていく店の風景を見ていた時だった。

「…チェーニャ…?」

緑の屋根の、喫茶店。可愛らしいメニュー看板が店頭に置いてある店の窓際の席に、よく見知った顔が座っていた。
その隣にいるのは、なまえ。俺の、幼馴染二人だった。

なまえはチェーニャの肩に頭を乗せて、顔を埋めている。そんな彼女の頭を、チェーニャが優しく撫でていた。

息が詰まった。あの二人だけが、違う世界に見えた。昔から一緒にいたんだ。頭を撫でたり手を繋ぐのは、スキンシップとしては当たり前の領域だった。ああやって、誰かの肩に頭を乗せることだって、よくある事だった。
なんとも、思わない。ただ。ただ、彼女がそうやって甘えるのは。

「俺だけだと、思ってたんだけどな…」
「ん?どうしたの、トレイ君」
「いや…なんでもない」

メガネをかけ直して、俺は歩き出す。ケイトが不思議そうな顔をしていたがそれを無視して。

自分の胸の痛みさえも、無視をして。







誕生日がやってきた。リドルが今年は、なまえとチェーニャも招待すると言っていた。そうか、あの二人が来るのか。
この前見た二人の姿が思い出される。付き合って、いるのだろうか。もし違くても、良い雰囲気だったのは否定できない。

「トレイ先輩、誕生日おめでとうございます」
「あぁ、ありがとう、監督生」
「これ、誕生日プレゼントです」

考え事に耽っていたって意味はない。目の前に差し出されたプレゼントを受け取って、俺は笑顔を浮かべた。

ふと周りを見れば、後輩達がここぞとばかりに俺にご飯やプレゼントを渡してきた。それを受け取りながら、一人一人に声をかけて行く。ふと、リドルが生徒達の間を通ってやってきた。寮長が通るんだ、他の生徒も間を空けていて、さすがは寮長、と心の中で呟いた。

「トレイ、なまえたちがきているよ」
「そうか、呼んでくれていたんだったな」

リドルの言葉に周りを見渡す。寮の壁際に寄りながら、ツイステッドワンダーランド随一の女子校の制服を着ているなまえがいた。俺へのプレゼントだろうか、紙袋を手にしていた。話しかけに行こうと足を動かせば、彼女の隣にチェーニャが寄って行く。なまえの頭を撫でて、何かを話していた。

あぁ、そうか。
すっと冷めて行く自分の心。血の気が無くなるとでも言おうか。乾いた笑い声が、自分の脳内に木霊する。

「はは、まいったな…」

誰にいうでもなくそう呟いた。彼女のところへ行きたいのに動かない自分の足。チェーニャに頭を撫でられて、少し下を向いた彼女に、胸がざわつく。

「トレイ〜誕生日おめでとうにゃ〜」
「あぁ…チェーニャ」

俺の視線に気づいたチェーニャがやって来た。彼女の手を引っ張って。

手を、繋いでいる。

その事実が俺の胸をさらに荒立てた。その手は、俺だけが今まで引っ張っていたのに。

「誕生日おめでとう、トレイ」

なまえが俺の顔を見上げてそう言った。その笑みが、少しだけいつもと違うように見えるのは気のせいだろうか。

「ありがとう、なまえ。来てくれたんだな」
「リドルが招待しくれたの。優しいね」
「リドルも、変わったからな」
「そうみたい。私の知らない間に色々あったらしいし?チェーニャから聞いたんだからね」

口元に手を置いて、にこりと笑った彼女にどきりとする。あぁ、余計な心配をかけたくなかったんだよ。
彼女には何でも話して来たけれど、高校が離れてしまった今は余計なことを考えてほしくなくて、リドルがオーバーブロットを引き起こしたことも、全部黙っていた。

全部黙っていたことが、こうやって返ってくるなんて。

「はは…チェーニャも、ありがとうな」
「ううん〜パーティーすごいね〜」
「そうだろう?楽しんでいってくれ」

彼女とチェーニャを見るのが辛い。俺が何も話さないから、だからチェーニャに頼るのだろうか。彼女の拠り所は俺だと信じていたし、俺の拠り所も彼女だった。

きっと、なまえもそうだとおもっていたのに。

思っていただけで行動に起こさなかった俺が全て悪いのだけど。

俺は二人に手を振って、その場を離れた。プレゼント、と。俺に渡そうと手を伸ばしたなまえはみえたけれど、俺はそれを見えなかったふりをして。また後輩の集団に連れ去られるように、消えていった。



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